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寄付者との長期的な関係性を重視するオーストラリアの医療研究機関の実践知:F&Pファンドレイジング・フォーラム2023レポート③

2023年8月末、オーストラリアの非営利団体Fundraising & Philanthropy(F&P)がシドニーで開催したファンドレイジング・フォーラムに参加してきました。

本記事では、同フォーラムのセッションの一つ「Serious but spicy: How to fundraise when your cause doesn't make it easy」からの個人的な学びや気づきをまとめています。

このセッションのスピーカーは、西オーストラリア州にある心臓病やがん、代謝疾患、糖尿病などの治療研究をしている医療研究機関Harry Perkins Institute of Medical Researchにて、Chief Development Officerを務めるPaige Gibbs氏とImpact Managerを務めるLauren McDermott氏のお二人。

「(セッションのタイトルにもなっている)スパイシーな部分は、今日話す全てのことは計測することができず、マスターもできないということです。」と言って始まったセッション、何を話すつもりなのか非常に気になる導入でした。(笑)


まず何よりも登壇者のMcDermott氏のコミットメントの高さやパッションが伝わるプレゼンテーションがとても印象的でした。彼女自身が希少な遺伝性疾患を持つ家系であることから、自分自身の遺伝子テストを行い、子どもを産む決断をできたと言います。また、父親が亡くなる原因となったメラノーマの治療についても、Harry Perkins Institute of Medical Researchは研究を行っているため、今の仕事に対する情熱の源が、冒頭でよく分かりました。

寄付者に対して分かり易くあること、感謝を示すこと、倫理的で誠実であること

まさに、言うは易し行うは難しと思ってしまいますが、医療研究機関という専門性が高過ぎて一般の人には分かりにくい活動であるが故に、Harry Perkins Institute of Medical Researchは「寄付者に対して分かり易くあること、感謝を示すこと、倫理的で誠実であること」を大事な価値観として、組織全体で様々な工夫を重ねてきているそうです。

このような寄付者に向き合う価値観を言語化して、コミュニケーションを取っているHarry Perkins Institute of Medical Researchも数年前までは、寄付者に月次でニュースレターを送るという典型的な対応をしていたと言います。内容は、組織に関する情報やステッカー、いくつかのコミュニティ活動の情報、関連する催し物の日程などをまとめたもので、あるタイミングで30%未満の人にしか読まれていないことに気づいたそうです。
そして、寄付者にとって分かりやすいアプローチに変え、複雑な科学論文を分かりやすく分解して伝えられるようにし、治療研究という自分達の活動がなぜ重要であるか、なぜやっているのかを伝えるように変えたと言います。

つまり、What(何をやっているか)から、Why(なぜやっているのか)を伝えるように変えたというわけですね。

徹底した寄付者中心(Donor centered)の取り組み

あらゆる資料でフォーカスされる寄付者たち(スライド資料より)

Harry Perkins Institute of Medical Researchの寄付者一人ひとりに焦点を当てた取り上げ方には、目を見張るものがありました。

上記画像の左上、寄付者の一人であるChloeさんとその娘さんがチャリティウォークに参加した写真を広報物に掲載したそうです。
上記画像の左下のJoanneさんの写真は、彼女自身ががんのためにチャリティウォークに参加した時のものだそうです。
上記画像の右上の寄付者Veronicaさんは、数週間ごとに庭で育てたグレープフルーツを車いっぱいに詰めて、オフィスに持ってきてくれるそうです。スタッフ達は、彼女のグレープフルーツを使用したアルコールの入っていないレシピを作成し、それを彼女の名前を冠した「Veronica」として機関誌に掲載したスクショが右上部分だそうです。

また、Harry Perkins Institute of Medical Researchでは寄付者への感謝月間(Gratitude Month)を独自に設けているそうです。手書きの感謝状を送ったり、その年にスタッフの誰からも連絡ができていない寄付者には電話をかけてコミュニケーションを図ることもしていると言います。
上記中央の写真は、寄付者向けに「あなたたちは私たちが行っているすべてのことの中心です。ありがとう(To our incredible supporter, You're at the centre of everything we do. Thank you)」というメッセージとともに、寄付者への感謝を伝えるために作成されたペーパーとのことです。

また、寄付者にはQ&Aセッションのパネリストとして参加してもらったり、研究助成金を得るためにコミュニティへの影響を示す必要があるので、寄付者には研究者と連携する機会を提供もしていると言います。

シンプルに伝える上で最も重要な「ストーリー」

登壇者の二人いわく、自分達のやっていることの複雑さによって、寄付者を遠ざけないように様々な工夫をしているようです。そこで示されたのが、下記のスライド。DMを送ったり、電話で会話する時の寄付者コミュニケーションでいかにシンプルに伝えるか、心掛けているかがまとめられています。

左側が、Harry Perkins Institute of Medical Researchが寄付者コミュニケーションで心掛けているポイント(スライド資料より)

McDermott氏いわく、医療研究機関には受益者に相当する患者がいないので、伝えられるストーリーがほとんどないとされることが多いと言います。しかしながら、Harry Perkins Institute of Medical Researchには、自分達のストーリーを共有したいという情熱的な寄付者がいるらしく、アンケートやイベントを通じて既存寄付者からストーリーを集めるそうです。
特に、年間に2つの大規模なイベントがあり、一つは200人が参加するサイクリングイベント、もう一つはがん啓発のためのチャリティウォークイベント。それぞれから素晴らしいストーリー(Incredible stories)が手に入るようで、もちろんストーリーの使用を了解している人達がストーリーを提供してくれているとのことです。

マンスリー寄付者へのシンプルなメッセージ(スライド資料より)

メタファー(比喩)を活用して、活動の意義をイメージさせる

また、寄付者に活動の意義を伝える際に、メタファー(比喩)を使うことも効果的であると言います。
セッション内でシェアされた例は、メラノーマの専門家であるゴメス・ニールセン教授が発見した、がん細胞が自分たちの上にドーナツのようなものを作成する動きのメタファー。そして、この細胞に対して免疫療法を行えるそうで、体内の細胞がドーナツに向かって移動します。
そのため、スタッフ達は大口寄付者向けのランチョンでドーナツを用意しました。おそらく、上記のような説明をあわせて行ったと思われますが、その翌日にランチョンに参加した全員にドーナツを送ったそうです。とても良い反応を得られ、実際に大口寄付を得られたそうです。

ランチョンに参加した大口寄付者に送ったドーナツ(スライド資料より)

その他の寄付者中心の取り組みティップス

セッションの中では、様々な具体的な取り組みが紹介されていたので、ティップス的に箇条書きで紹介することにします。

  • 医療研究への寄付募集のため、寄付者には全ての研究が成功するわけではないことを伝える。

  • 集まった寄付の30%は、研究者の実験スペースやオフィススペース等のインフラ稼働のための費用に使われるのを寄付者に説明する。

  • 定期的に寄付者にビデオメッセージを送り、新しい寄付者1人ひとりに自己紹介をし、歓迎の意を示す。

  • 研究者を表彰するPerkins研究賞を、寄付金を原資に立ち上げて、研究者と寄付者の接点となる仕組みと機会をつくった。

  • 組織としての透明性を高め、寄付者がHarry Perkins Institute of Medical Researchの社会的な影響力を知ることができるように、いくつの助成金が申請され、いくつが失敗し、いくつが成功したかを調査し、私たちはすべての統計データを集め、いくつの論文が発表されたか、世界中の他の論文や実験で何回引用されたかを調査して、公にする取り組みを始めている。

短期的ではなく、長期的な関係性をつくる寄付者中心のファンドレイジング

ここまで、セッションで共有されたHarry Perkins Institute of Medical Researchの寄付者中心の工夫例の数々をご紹介してきました。誤解のないように補足をしておくと、医療研究機関であるが故に寄付を必要とする非営利団体と捉えられにくく、登壇者の二人とも日々頭を悩ませ苦労しながら、寄付者中心のコミュニケーションを模索し実行し続けているとのことです。

直接の受益者に社会課題の当事者がいない医療研究機関の特有の状況を踏まえて、寄付者中心のファンドレイジングに振り切っているHarry Perkins Institute of Medical Researchは、寄付を財源にしている研究機関や中間支援NPOにとって参考になる事例だなと思い、記事化しました。

特に、前回の記事にまとめた同フォーラムでのThe Smith Familyのセッションで共有された、受益者のフィードバックを真摯に受け止め、今まで成果を出してきたファンドレイジングのスタイルを変えるのとは違う方向性なのが、まさに100団体100通りの成功モデルがあり得る「ファンドレイジング」という一分野の多様性を感じられた点です。

「私たちは短期的な成果を求めることで多くの損害を被ってきました。私たちは本当に長期的な視点を持つ必要があります」と、McDermott氏は強調していました。
短期的な成果を求めるのではなく、寄付者との長期的な関係づくりに本気で取り組んでいる医療研究機関がオーストラリアにあることを知ることができた貴重なセッションでした。

最後に

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