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折り紙からソフトウェア開発まで ー私達につきまとう「計画錯誤(Planning Fallacy)」

私たちは、何かをする時ぼんやりと「どのくらいの時間がかかりそうか」を見積もっている。

日常にありふれた「計画」

例えば、朝起きて家を出るまでの時間を思い出してみてほしい。

髭をそって顔を洗って、朝食を食べて、食器を洗って、歯を磨いて、着替えて、ゴミを確認して、といった具合に手順は簡単に思い出せるだろう。さらに、毎日行っているこれらのルーティンに関しては、だいたい髭をそって顔を洗う時間は10分程度、朝食には30分程度、といった具合に時間配分も正確にすることができる。

しかし、ホームページをつくりはじめて、つくりきるまでに指定された納期や、試験で問題を解いていく時間など、「これからはじめて対処する問題」に関してはなかなか正確に見積もることができない。

あたらしい課題が見つかって大幅に納期を過ぎてしまう場合もあれば、逆に思っていたより簡単だった問題を想像の半分程度の時間でとききることができたりもする。

では、これらの「完了するまでの時間」を正確に見積もることができたり、できなかったりするのはなぜなのだろうか?

このことを研究する分野が「計画錯誤(Planning Fallacy)」である。

ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンは、彼の最も顕著な業績である「人の損失回避の傾向」を示したプロスペクト理論以外にも、たくさんの研究業績を認知心理学の分野で残している。この「計画錯誤(Planning Fallacy)」もその一つだ。

今回は、タイトルも面白く、幅広い「作業時間の予測タスク(judgment-based predictions of performance time)」をレビューした論文を紹介する。

Halkjelsvik, Torleif & Jørgensen, Magne. (2011). From Origami to software development: A review of studies on judgment-based predictions of performance time. Psychological bulletin. 138. 238-71. 10.1037/a0025996.

著者らは、様々な研究をサーベイした結果、5つの結論にたどり着いた。

1.人はよく知らない作業の作業時間を過小評価する傾向がある。
2. 作業の分割(Decomposition)は作業時間の見積もりの精度を上げる。しかし、「予想外のこと」が起こると大幅に誤差が出てしまう。
3.人は、「小さい作業では作業時間を過大評価しがち」であり、「大きい作業では作業時間を過小評価しがち」であった。
4.作業への経験が増えれば増えるほど、楽観バイアスが働いた。
5.「予測との誤差をフィードバックする」ことが、予測の精度を上げるために効果があった。しかし、性別、年齢、楽観性・怠惰・慎重さなどのパーソナリティ、時間管理スキル、暗示のかかりやすさ、GPA、読むスピードでは、効果がなかった。

1.人はよく知らない作業の作業時間を過小評価する傾向がある。

人は、よくわからない作業を始めるにあたって、そもそも作業自体を正確に見積もることができない。そうなった場合には、「悲観的に作業時間を長く見積もる」よりも、「楽観的に作業時間を短めに見積もる」傾向があった。

「計画錯誤(Planning Fallacy)」の研究分野では、これを「楽観バイアス(Optimistic Bias)」と呼ぶ。

2. 作業の分割(Decomposition)は作業時間の見積もりの精度を上げる。しかし、「予想外のこと」が起こると大幅に誤差が出てしまう。

仕事をするときには「マイルストーン」を考えることが多い。どこまでやって、どんな手順でやっていくか、ということを考えれば、作業時間もだいたいの見積もりをすることができるのだ。

しかし、予想外のことが起きてしまうことも往々にしてあり、この分のバッファをうまく見積もることはなかなか難しい。ゆえに、過小評価してしまう傾向があるのだ。

3.人は、「小さい作業では作業時間を過大評価しがち」であり、「大きい作業では作業時間を過小評価しがち」であった。

不確実性(作業のわからなさ)がやはり、小さい作業では小さく、大きい作業では大きくなってしまう。これによって、過小評価しがちな傾向であった。2のマイルストーンのはなしともつながってくる。計画の精度を高めるためには、可能な限り「不確実性を下げる」努力が必要なのだ。

4.作業への経験が増えれば増えるほど、楽観バイアスが働いた。

人はだんだんできるようになってくると自信をつける。すると、だんだん作業時間を過小評価するようになってくる。

作業時間の過小評価は、「全くわからない」状況と、「自信がある」状況のどちらかで引き起こされるのだ。

5.「予測との誤差をフィードバックする」ことが、予測の精度を上げるために効果があった。しかし、その他の様々な要因は関係していなかった。

具体的には以下の要因が関係していなかった。

実際にそれぞれの能力が上がったからといって、向上するものではない。

作業時間の見積もりにおいてただ必要なのは、その特定の分野での「時間感覚の学習」なのだ。

どうすればうまく見積もれるようになるのだろうか。

本論文中では幾つかの実践への示唆が含まれている。

・人によってバイアスやアンカリング(どんな文脈に置かれているか)は違うのでその点を十分に考慮して見積もる必要がある。
・多くの場合過小評価の可能性があるので、今までのデータに基づいて作業時間の推測する必要がある。
・不確実性を下げるために、今までの最長時間と最短時間を伝え、推測してもらう。
・(様々な要因が絡んでしまうため)プレッシャーのない範囲で作業時間の精度を上げるためにフィードバックをし続ける。

ということだった。誰かと一緒に仕事をしていく上で重要であり、いつも引っかかってしまう計画錯誤(Planning Fallacy)とうまく付き合っていくには、特に楽観バイアス(Optimistic Bias)を意識した関わりが必要なのだろう。


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