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【エッセイ】差し入れの「最悪」とは何か考える記事

差し入れとは、ねぎらいの意味を込めて飲食物を送ることである。

発表の場を多く経験した私は、多くの差し入れをいただき、多くの差し入れを送ってきた。
差し入れとは、相手が喜ぶことが大前提であり、最優先事項であり、常に「最高」を目指しながら、人々は何を差し入れにしようか熟考するのである。

そこで私は考えた。

逆に「最悪」を目指すと、差し入れは一体どのような形態になるのだろうか。
そこで今日は、最悪な差し入れをできる限り考えていきたいと思う。
きっと最後には、最悪を知ることで最高の差し入れを目指すためのヒントを掴めるのかもしれない。
では、研究開始だ。

ゆで卵

絶妙だ。絶妙に嫌だ。
殻を剥き、塩などをまぶすなどの「過程」が絶妙に嫌だ。
楽屋の机の隅で殻をコンコンコンコンとヒビをつける姿は、これから発表するor発表が終わった者に似合わないし、なんだか滑稽ではないか。
それに殻という、絶妙に扱いにくい独特な可燃ゴミが嫌だ。
「から」という音が嫌だな、うん。
客席が「空」になるとか、そういう縁起的にも良くないのかもしれない、知らんけど。
でも卵を茹でるという過程を、あっち側もやってくれているのが心苦しい。
自分達のために「水を沸騰させる」という大仕事をやっている姿を浮かべると、どうにも受け取りざるを得ない。
よって、ゆで卵は最悪ではない。

お好み焼き(調理前のボウル状態)

どういうつもりでしょうか。
まず、食べられる状態で持ってこなきゃ。ボウルに色々つっこんだだけじゃない。
調理器具は?こっち持ちなの?ないよ?
まだ粉もんの舞台(なんだそれ)だったら小道具でなんとかなったかもしれないけど、ヘラとホットプレートを常備している人間はあまりいないよ?
あと、ゆで卵と別で「過程」に加えて「準備」がいるのが腹立つ。
お好み焼きくらい、打ち上げで皆で食べに行きますって…今じゃないよ…。
となるから、結構お好み焼き(調理前のボウル状態)は最悪に近いかもしれない。

生卵

茹でなきゃ良いって話じゃないのよ。
生卵をそのままグイッといけるようなタンパク質にストイックな人はいません。
お好み焼きの時もそうだが、調理をして欲しい。
いや、なんか「調理してほしい」だけだと凄い厚かましく聞こえるんだけど、そういう他意はなくて、誰でも食べられるような状態にして欲しいものだ。
生卵は、自由度が高すぎるのも問題かもしれない。
茹でたり、焼いたり、好きな調味料をつけたり、こちら側でどうにもなる感じが逆に怖い。
まあ、そんなことできる器具は恐らく無いだろうけど。
自由が目の前にあるのに、そこまで手が届かない感じがどうにももどかしい。
でもやっぱり、アスリート集団とかだったら嬉しいのかもしれない。
そう思うと、生卵は場合によってはアリかも。

商品券

あ〜〜〜〜そういうことじゃないのよね。
交換後のものが欲しいのよね。
「っしゃ、後で使おう!」と喜べるっちゃあ喜べるんだけど、なんだかね。
紙なのが嫌かな。チケット貰うのこっち側なのに、なんかこう、別の効果を持つ紙同士を交換するのが、なんかどうにも、ね?
それとやっぱり、生卵を超える自由度の高さが怖い。
調理法とかじゃなくて、文字通り貰える商品を選べるんだもの。
試されてるみたいで怖い。
「ふぅ〜ん。私が差し入れした商品券、加湿器買う時の足しにしたんだ?」
とか言われた頃には、恐怖で足がすくむ。
ありがたいけど、なんだか困る商品券。
ある意味、最悪かもしれない。

ディアゴスティーニ5月号

なんでこう、その場で解決しないものを差し入れるのだ。
なんだ、来月も買えということか。
それは「差し入れ」として機能するのは、何ヶ月後になるのだ。
君はそれで良いのか。私が今日喜ぶ顔を見たくないのか。
差し入れをこっち側の今後の活動に託すな。
「ふぅ〜ん。私が差し入れしたディアゴスティーニ、作るのやめたんだ?」
すぐ人を試すな。というか差し入れで新たな挑戦を作るな。
ディアゴスティーニ、結構最悪かもしれない

ディアゴスティーニ7月号

なぜ先月くれなかったんだ。
そりゃ買わないさ、6月号。あの場で終わると思うもん。
なぜ間を空けて渡してくるのだ。
今から買っても、どこかの部品が足りないじゃないか。
君はそれで良いのか。もはや一ヶ月空けたことで、「差し入れ」として機能することは今後あり得なくなったぞ。
あと先々月に言い忘れたが、もはや飲食物でも無くなってるよね。
商品券みたいにまだ飲食物に変わる可能性があるなら良いけど、ディアゴスティーニはどう組み立てても、食べられる完成品はありえないよね。

まとめ

以上のことから、差し入れに適していない条件をまとめてみよう。

1.過程が必要なもの。
2.相手側に準備がいるもの。
3.自由度が高すぎるもの。
4.交換が必要なもの。
5.人を試すもの。
6.その場で解決しないもの。
7.飲食できないもの。

今回の研究のおかげで、この7か条に該当するものは、差し入れに適していないことが分かった。
そして、1つ恐怖しなければいけないことがある。
7か条全てに該当するのが、まさかのディアゴスティーニであるということだ。

つまり、差し入れとして最も最悪なもの、それはディアゴスティーニである。
だからこれを読んでくれた皆さんは、差し入れにディアゴスティーニだけは用いないでください、ディアゴスティーニだけは。
もはやディアゴスティーニ以外であれば、何でも喜ばれるような気がしてきた。
これを知れただけで、なんて価値のある研究、記事だったんだろう。

では皆さん、良い差し入れライフを。

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