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サマードレスを着ながら、初夏の夕暮れを見ていた【クロアチア・ザグレブ】

19:30。部屋の中での作業に少し疲れたし、お腹が空いたから外にでも行こうかと出かける準備をする。

いつものポシェットにワンピース、お気に入りのサンダルを履いて、11インチのMacBook Airと充電器、コンセントの変換プラグなど仕事道具一式を折りたたみ式のバッグに入れる。

ザグレブでは珍しくドミトリーにいたから(ちなみに人生2回目だ)、同室の人に軽く出かけくるね、と声をかける。

昼間は少し曇っていたけど、夜は青空が見えていた。夜なのに暗くない。頭では分かっているけど目がまだ信じられない、と言っていて、日暮れ前の時間帯をゆっくりと歩く。

ザグレブの中心から、私のいるホステルまでは徒歩で5分、大通りを直進すればすぐだった。最初はカフェにでも入ろうか、と思っていたけど、空がきれいだから街が一番きれいに見渡せる丘へ行こう、ともう少し歩くことを決める。

お腹が空いたからなにか買おう、と思って、広場でひときわ人が集うピザ屋の前で足を止める。

私の顔よりも大きそうなピザが5種類ほど並んでいて、それとポテト、唐揚げみたいなスナックのセットをみんな買っているようだった。旅に出てから私は小食になったし、正直に言って炭水化物は1日に2度食べれば良い方で、今日はまだ果物やヨーグルトみたいなものしか食べていなかった。と思い出して私はピザを一切れだけ買う。今日は日がな、昨日のビールがお昼を過ぎてもまだカラダに残っているような気がしていたのだ。そんなに飲んでいないはずのに、アラサー女のカラダは難しい。

ピザは、一切れ12クーナだった。1クーナは2016年6月現在で約15円。クロアチアの中でもとびきり物価が安い。ハムとチーズ、サワークリームやマッシュルームに、少しピーマンが載せられたスタンダードなピザを袋で持ちながら、街の中心からすぐの小高い丘へ向かって歩いていく。

風が気持ちよかった。湿気というものをザグレブはどこかに置いてきてしまったのだろうか。朝は、タイで買った薄い素材の肩が出たワンピースにサンダルだけでは少し肌寒いような気がしたけれど、お昼前には肌がジリジリするような太陽が照って、そして夕暮れ前のいまは着ているものなんか関係ないぐらい、完璧な風が吹いて涼しかった。

小道を抜けて、細い階段を上がって、小さな踊り場でギターを弾きながら歌う男のひとたちを見ながら、もう少しだと頂上を目指す。

ザグレブのランドマークである大聖堂の2つの塔は、街のどこにいても目に入る。昨日の昼にザグレブに到着してから、一番きれいな姿をしているなと見ていて思う。

坂を登りきると、やっぱり同じようなことを考えるひとは多いようで、今日の心地よさを丘で楽しもうとする先客がそこここに見えた。

石段に腰掛けて、さっき買ったピザを食べる。

右下からは、さっき通ってきた階段のギターの音、彼らの声、左上からは、今夜ザグレブの絶景ポイントを貸し切って、ライブを行うらしいステージと、その近くのスピーカーから流れる陽気な音楽が聞こえていた。

赤に、青に、緑に、ストライプ。ロンドンではアジアのワンピースは少し浮くような気がしたけれど、ここクロアチアにはカラフルなサマードレスがよく似合っていた。ロンドンでは多少なりとも都会仕様?だった私も、ドゥブロヴニクに着いてからはまたアジアのワンピースたちを引っ張り出して着たりする。

日本へ帰るまで、あと1ヶ月を切った。一度帰ってもまた旅に出るけれど、再びヨーロッパに来るかどうかは分からない。青い空がピンクに、オレンジに変わっていくのを見ながら、さっき部屋で予約したスロヴェニア、オーストリア、チェコ、デンマーク行きの旅程を思い返す。

ここへくるまで、2つ先の旅程は決めていなかったけれど、ハイシーズンに入るヨーロッパでは先手必勝。たぶんユーロも手頃ないまのうちに、決められることは決めておいたほうが楽だろうと思って、気が向いたルートはとっておいた。

気の向くままに進む旅も、2ヶ月経った。移動が多くて、カラダが少し疲れたよと言っている気もした。気持ちは、2泊ずつでも3泊ずつでも、行ける限りたくさんの街を訪れたいと言っていたけど、カラダと気持ちを合わせて行くのも旅では重要な仕事である。

たくさんの国へ行くのもいいけれど、そのためにはホテル、交通、治安、言葉、通貨などさまざまなことを事前に知らねばならなかった。少し、思考を整理したい。先にルートを決めておけば、あたまの隙間もカラダの休憩も、今より多くできるだろう。

彼らのギターの音が、日暮れに向けて盛り上がってきていた。女の子のグループが数組、やっぱりその音に熱心に耳を傾ける。旅に出てからというもの、生の音楽というものに触れない日がない。東京には、こんなに音があっただろうか。毎日忙しく同じ道を歩いていたから、違う音に気付かなかった。

ピザを食べながらこのnoteを書いて、私はもうすぐ食べ終わりそうだった。喉が渇いた。そういえば飲み物を買うのを忘れていた。いや、この丘を出たらカフェへ行って仕事をしようと思っていたから、そこで頼めばいいかとそういえば思ったのだ。

仕事があって、くそぅ、と思うこともあるけれど、仕事があってよかったなと思うことも多い。暇だな、と感じたことがまだない。寂しい、と感じたこともまだそんなにない。

この長い旅に出る前にも、私は何度かひとりの旅に出た。そうすると、時折自分の輪郭を失いそうな感覚に陥るときがあった。もし、日本での住所も、仕事も、肩書きも家族もなければ、私は今回も、自分の輪郭を新しく描かなければという気持ちになっていたかもしれない。

良くも悪くも、私は日本を出たときからこれっぽも変わっていなかった。幾分心が解放的になって、傍若無人ぶりがパワーアップしたような気はするけれど、でも私はウェブメディア『灯台もと暮らし』の編集長で、フリーランスのライター・編集者で、そして、本の原稿を書いていて、どこまでいっても妻だった。

気持ちの良い風を受けながら、食べ終わったピザの袋をたたみながら、あぁここはザグレブだ、と思う。

鳥の声や、ギターやトランペットの音、デジタルの陽気な音に、恋人たちのキスの音や、大聖堂や教会があちらこちらで鳴らす鐘の音が混じって聞こえる。日本人の姿は見かけない。

サマードレスを着ながら、夕陽を見ていた。今日も、平和な夕暮れだと思った。


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