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世界遺産の街並みに響く、サッカーの声【クロアチア・ドゥブロヴニク】

サッカー。という言葉が自分から出てくることが、少しなんだかこそばゆい。

それくらい、私にとってサッカーは馴染みのないものだった。昔好きだったひとがサッカーをしていた。夫が、サッカーを愛している。

時折夜に飲むお店でサッカーを観て盛り上がったり、学生時代は「サッカーを観る」というイベント自体に浮足立って、笑ったり手を叩いたりしていたくらいで。

サッカー、というカタカナ自体が私にとっては少しゲシュタルト崩壊だ。Soccer、だとどうだろう? Sock(靴下)?

「ヨーロッパに行くなら、その国の言語を覚えるよりも、サッカーについて知った方が、絶対に友だちを作れるよ」と誰かが言っていた。

フランスで開催されているらしい「UEFA ユーロ2016」と聞いても「……うん、サッカーね?」となる私が、昨日、サッカーは本当にすごいんだ、と、クロアチアで思った。

***

ドゥブロヴニクの街は、美しい。

ひしめく路地のうちひとつを曲がると、視界が開けて広場に出る。あれ、昼間はここに青空市場があったのに。明日から数日ホテルに引きこもって原稿を書くために、新鮮なフルーツやクロアチア名産のいちぢくのジャムがほしかったけど、やっぱりもう、18時だから閉まっちゃったか。と残念に思う。

......と、ふと周りを見渡すと、青空市場の代わりに、昼間と同じくらい、いやそれよりも多い数の人だかりができていることに気が付く。

なんだろう? ロンドンでも大道芸は人気だった。ドゥブロヴニクでも、なにかそういったことがあるのだろうかと近付いてみる。

......途中でわかった。

みんな、サッカーを観ているのだ。もとい、人数に対しては少し小さいのではなかろうかというサイズの画面を見ていた。

老若男女、という言葉は今のような状態にこそふさわしい、と思う。なにか、クロアチアの国旗を模したようなユニフォームを着たカップル、赤と青のカラフルな帽子を着た男性、サッカーボールを抱える子ども、顔にペインティングをした女性たち。時には全身仮装のような格好をして、けれどじっと画面を見つめる若い男の子たち。

みんな、サッカーを観ていた。笑ったり、盛り上がったり、誉めたり、くやしがったり、叱ったり怒ったり、じっと静かに見つめたりお酒を飲んだり。

とにかく広場にいるみんなが観てた。たぶんこれは、大げさじゃない。

(ちなみに後に分かったことだけれど、この日は夕方からクロアチア対チェコの試合だったらしい)

いや、それよりももっと。路地にある店という店がテレビをつけて、ホテルのロビーまでテレビをつけて、観光客も住民も、ジェラート屋のスタッフまでも、口を開けて画面を観てた。

みんな笑ったり、盛り上がったり、Oh my goodnessと言いながら。

道理で、少し前からメイン通りの通行人の数が減ったわけだ。夕方だからかなと思ってた。きっと違う、ひとつにはサッカーが始まったからだ。

サッカーってすごいんだ! って思う。

ドゥブロヴニクは昔ひとつの国として機能していた歴史を持つ、城壁の街だ。

ぐるりと囲まれた城壁の中に、磨かれた石畳、ずらりと並ぶオレンジ色の屋根の建物、小さな狭い路地がこれでもか! とひしめきあう街並みが徒歩1時間圏内くらいにずぅっと並ぶ。

大通り沿いに面したレストラン以外は、え、ここに!?という路地にテーブルを並べて、道行く人と瞳を交わしながら、美味しそうに地中海でとれたシーフードのフリットにワインを傾けてた。

点が入ったときに、ちょうど大きめのレストランの前を通った。わあぁぁぁぁぁ! と、街が揺れる。広場が震える。人々の歓声に心が震える。

城壁に囲まれた石畳の街全体に、サッカーの歓声がこだまする。

点が、入ったのだ。誰か私の知らないひとが、今どこかでゴールを決めた。

街はまだ音を震わせてた。壁が響く、誰かの歓声が遠く、壁を通って隔てて、私のところまで届いてくる。歩いても、歩いても、サッカーの展開が手に取るようにわかる。

笑う顔につられて、私も楽しくなる。あなたは観ないの? と席とビールを勧められた。

ああ、なんてサッカーってすごいんだ。伝わるかな、伝わらないかな、ドゥブロヴニクの街がこだまして、街が、ひとが、椅子が、食べ物が。サッカーの歓声に包まれる夕暮れの少しオレンジがかった空の下。

サッカーってすごい、と思った。

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