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"できない理由"より"できる理由"を探したい。前例がない、に負けない心。

もう幾年も前のことになってしまったけれど、会社に入ったばかりの頃、「前例がないからねぇ」という言葉に打ちのめされそうになったことがある。

「誰もやったことがないこと」
「誰も挑戦したことがない分野」

それは果たして、やってはいけないことなのか…。


「上手くやっておいてよ」という言葉に違和感を抱いたこともある。

◯◯については、どうお客さまにご説明すればよいですか? 整合性は? 言い訳は? 「それは上手くやってよ」

……何それ。誰も傷つかないように、何かを上手く調整して、帳尻合わせて、事実の角を丸くして、何もなかったと演出するの?

血気盛んな20代前半のワタシ。どうすればよいのか分からなかった。

今も、「前例がないからねぇ」「上手くやっておいてよ」という言葉が、どうしても得意になれない。前者はまだ分かる。私もいつまでも子どもじゃない。「前例がないこと」自体が悪いことでは決してなく、「前例がない」からこそ、周りの人を説得するスピードが、速くならないことがある。


何かを始めよう、というときに、「それはこれこれこういうところが難しいからねぇ」「あー、だれだれさんも、それに挑戦しようとしていたよ」と「できない理由」をあらかじめ聞いてしまうこともある。

「ワタシ」は知らない。「できなかった昔」の姿や背景を知らない。「歴史は繰り返される」「過去に学ぶ」「すべての悩みは本の中に詰まっている」そのこと以外の何かの部分で、私の心が「やりたい」と叫ぶ。

***

できることなら、誰かが何かを始めたい、と言った時、賛同できる大人でありたい。「やってみなはれ」と神山町の人は言う。「大人が本気で遊ぶ場所」と嶺北地方の人は言う。

たとえそれが「やってみなはれ、あなたの力で」だったとしても、「あなたが本気でやれるなら」という条件付きだったとしても、話の端から「それはムリちゃう」とかぶせる大人にだけは、まだ私はなりたくない。

やってみて、「ムリだった」ならもう一度引き返してみればいい。昨日までは東が正しい、と頑なに一方向を見つめ続けていたけれど、もしかしたら西にも楽しいことがあるのかも、と新たに目を向けるきっかけになった、といつかどこかで言えればいい。


私がこう考えるようになったきっかけは、同じく会社に入ったばかりの頃に、「金融業界では、こういったことがままあります。いえ、大人の社会では、おそらく同様にままに。新入社員のみなさんへの餞として、"猿シャワー"の話を贈りましょう」と話してもらったことがあると思う。

猿シャワー。

***

同じ部屋に3匹の猿。そばには美味しそうなバナナの木。登ればすぐにバナナが手に入るのに、木に仕掛けた細工が、登る猿にシャワーをざーっと振りかける。

「あの木は危ない」学習する猿の子たち。

やがて1匹が部屋から出ていき、新しい猿がやってくる。次の猿も「バナナだ」と木を登ろうとするけれど、「シャワーの経験」を見た猿たちは、みんなで彼を止めにかかる。

1匹、2匹、3匹と交代は続く。「最初のシャワー攻撃」を見た猿が、やがて部屋からいなくなる。でも、いつまでもいつまでも、「あのバナナの木は危ない」と、猿から猿へ、引き継がれていく話。

どこかの時点で、シャワーは降り注がなくなっているかもしれないのに。あなたたちは誰も、「シャワーの攻撃」を受けてなんか、いないのに。「あれは危ないらしい」と誰かが言うから、バナナはいつまでも実ったまま。

***

たしかこんな話だったのではないかと……思う……。

先人に学ぶことと、目の前の状況を自分の目で見つめること。両極端に見えるものは、きっと両立できることだと、まだ私は信じたい。


ただし。夢だけを語る大人になっても、仕方がない。し、なりたくない。ずっと同じ場所で、ずっと同じことを、ずっと同じ範囲で語る人。だせぇ。

「一歩進みたいなら、なにか一つでいいから、カタチあるものを私に見せて、触らせて」

そうでなければ、いくらアナタの夢がキレイな花を咲かせるものなのだとしても、私は無色透明の花のままでは、触れられない、感じられない、想像できない。鮮やかな赤色なのか、青色なのか、はたまた虹色の花弁になるのか。夢を一緒に見るためには、言葉以外の「質量」がそこに在るべきで。


一歩踏み出すか、踏み出さないか。踏み出したほうが楽しいけれど、踏み出したからこそ絶望することもある。絶望しても進みたいなら、清濁併せ呑んで自分の嫌なところも見つめなおしていかねばならぬ。

前例がなくても、上手くやりきれなくても、誰かが何かを止めたとしても。それでも目が向くことがあるなら、きちんと頭で考えたい。

"できない理由"を探し続けていくよりも、"できる理由"と"やり方"について馬鹿でいいから案出ししたい。

後ろよりも、前を。目の前のことよりも、少し先の未来を。どこにたどり着きたいのかを、きちんとワタシが考えて。


……と、最近、話すにつけて愚痴が多くなってきた気がするので、反省中。聖人にはなれない。完璧にもなれない。今日もきっと、私は誰かを傷つけたりしたのだろう。でも、嘘はつけない。嘘もつけない。私は私に、嘘がつけない。

何を大切にしたいのかは、考えることよりも、きっとすでに答えを知っていることなのに。明日の私は、今日より少し、賢くなっていますように。

いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。