「旅先で受けた恩は、次の人へ渡しなさい」【アメリカ・ロサンゼルス】

初めて世界一周の旅に出た2016年4月のあの日、私は世界がすべて敵になってしまうんじゃないかと怯えて、性善説を覆して生きていかねばならぬのだろうか?と震えていた気がする。

けれどマレーシアのクアラルンプールで、偶然出会った陽子さんに助けられ、家に泊めてもらって、最後に「Bon Voyage」とインドネシアへ送り出してもらったとき。

プラナカン料理を一緒に食べたり、隣で暮らすインドのママが作ってくれたインドカレーをいただいたり、時おり手巻き寿司を巻いたりして、洗濯機をお借りして、おはようとおやすみを。息子さんはかわいくて、Tomomiと呼ぶ声がまだ幼かった。

「さぁ、これをどうやってお礼しよう?」そう考えたくて、たまらなかった。けれどできることは少なくて、言葉を尽くしたり、お金を使ったり、何かを贈ったり?

そんな時に、先回りして彼女たちは言ったのだ。

「何かお礼をしようと思っているでしょう。いらないのよ。私たちもそうだった。昔旅をしていた時にね、たくさんのひとに助けてもらったの。だからあなたも、次に誰かに出会った時に、やさしくしてあげなさい。私から受けた恩を、私に返そうとしないで。次の人に、渡しなさい――。

※全体的に、私の視点で要約・意訳をしています

その言葉は、のちに長く私のカラダを貫く芯となって、強く深く残ってゆく。

インドで、スウェーデンで、チェコで、オーストラリアで。ニュージーランドで、モロッコで、スペインで、もちろん日本でだって、毎日、まいにち。

「次の人に、渡しなさい」

さぁこのカラダいっぱい受けた愛を、私は世界に、どうやって還してゆこう?  旅先だけじゃない。この人生いっぱいに受けた愛を、さぁこの先。どこで、誰に、何をもって。

***

そしてまた、アメリカでも。「#旅と写真と文章と」クルーのえみさんが、ロサンゼルスで暮らしていて、「もしよかったら」と一緒に街を回ってくれた。それはとても楽しくて。ひとりでは行けない場所に、たくさん連れて行ってくださった。ルームメイトの方は車を運転してくれて、朝から、夜まで、楽しい時間を。

***

ひとりで世界を歩くこと。自由気ままに、片道切符で地球を存分に遊ぶこと。得意になってきた。この日々を愛してる。

「けれど、このままこれを続けても」という気持ちもあって、そろそろ世界に家を探しそうな、気配もしてる(三軒茶屋に家を作ったけれど、私は世界2〜3拠点くらいで生きていけたらそれが一番いいんじゃないかと思っているのだ)。

一周目と二周目で、私の中の何が変わったんだろう? たしかに名字は変わった。生きるために必要な荷物も、すごく減った。

けれど今日も明日も移動をするし、見知らぬ人と目を合わせて、やっぱり都度都度助けてもらって、そして笑って、一緒に居たり、切ながったり、愛しくなったり。

そして仕事をするのだ。MacBookに向かい合う。カメラを手に取り、そして晴れた日の朝に、通りへ出てファインダーをのぞく。

描いたような、人生だった。目指していた。憧れていた。けど、さぁここからどこへ進むの、と、まるで結婚がゴールだった女の子みたいに、「あれこのさきは?」ってたまに戸惑う。

贅沢だと知っている。万全でないこともわかっている。永遠にできるなんて思ってないから、カラダが動くうちに日本を出たの。海外の風、私をやっぱり、生き生きとさせるそれ。

ロサンゼルスは、美しい街だった。たしかに少し夜は怖いし、電車がなければ動きづらいところはあるし、けれどそれでも。日差しの強さ、海辺の輝き、ロスを愛する人たちがそれを語る強さに惹かれ、そして私もその中でまどろむ。

陽子さんにも、えみさんにも、家族にだって、まだ愛を返せてない。すべてのひとに愛を渡すのは、難しいのだろうか? 何をもって、誰に、どうやって、いつ、それを。


まだそれは、旅のはじまり。一周目に最初に訪れたクアラルンプール。二周目の最初のロサンゼルス。あの時から思えば、随分と旅慣れたものだ。けれどいつだって誰かに助けられて、進むのか、きっと。今回も。


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伊佐 知美

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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