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いよいよ2拠点生活、はじめます

数年前(コロナ以前)から、ずっと我が家のアジェンダだった、「いつ中国いく?」がいよいよ、今年実行されました。

夫と娘はすでに渡航して1ヶ月。

私は一人暮らし(いや実家暮らし)を謳歌しつつ、彼らから中国話を聞くのを毎日楽しみに待っているという状況。

夫は地元に戻るんだから、大したことはなかろうが(決めつけ)、娘は、、娘は一体どうなのや?!

・・・と、親らしく心配したりもしたけれど、結局毎日まいにち、あっけらかんとした顔面でwechatしてくる。

「今日さー。これ食べた」とか、「ここ行ってきた」などと、まるで近所のコンビニやスーパーに行くみたいな報告ばかりについ、

ストレスは? 不安は? 混乱は?

どこをほじくっても、出てこない。なんか、悔しくなってきました。

***

3歳から5歳半までを中国で過ごしていた娘ですが、そんな小さい時の記憶、頼りにならんでしょう、中国語もわからなくなっているし、と思っていたら、

当時、何の疑問も偏見も持たず、中国暮らしを当たり前だと思って受け入れた人間は、強い。

楽しい記憶しかなかったみたいで、今はその記憶を頼りに、「串焼肉食べたよ!」とか「あそこのスーパー気に入ってたのに潰れてた!」とか、そんなことばかりを伝えてくる。

すごいなあ、と素直に思います。

というわけで、娘は中国暮らしをとても楽しんでいて、それにつられて、というわけではないが、私も今年、どこかで合流予定です。

娘に比べて私は、前回の中国暮らしで、本当に「参った!」と思うくらい嫌な気持ちにもなったし(大半が夫に対して)、

中国のいいところも知ったし、改善の余地大アリだろ!と突っ込みたくなるところもあったし、

悲喜交交とにかく経験してみれば、

私の肉体と精神が耐えうる期間や場所というのはある程度見えてきて、だからこそこの中国行きが決まった時、

「ずっと中国にいるのは、私は無理だと思うので、いつでも自分の意思で帰れるようにしておきたい」

と夫に高らかに宣言しておりました。どちらかというと夫と娘を中国へ送り出し、私はもう子育て終了宣言兼ねて、自由にやらせてもらいたいと思います。(いや実際は、自分のために、なんてそううまく問屋が下さないであろうけれども、出来るだけそうあれるよう努力したい)

最近の発信を見る限り、10年前の中国とは、もうすっかり変わってしまっているようすです。一方で、大丈夫かなと思うようなことも、増えました。

良い点を挙げるとしたら、どこもかしこも、綺麗(に見える)で、何となく人もサービスも穏やかで優しそうだし(世代交代が起こってる)、衛生管理もそこそこ、表面的には整ってきているように見える。

面白みがないといってしまえばそれまでですが、以前と比べ、私のような中国初心者にとってはだいぶ楽になっているのは間違いなさそうです。

と思っていたら夫から

「昨日さー、娘の歯医者に付き添って、ついでに親知らずがあるんだと話したら、その場で3分で抜いてくれたんだよ」

と報告されました。親知らずね。抜くタイミング、よくわかんないんだよね、さすが中国すばやいなあー、なんて感心していたのも束の間。

「でもさ、先生(治療するとき)手も洗わなかったんだよ。すごいよね中国って」。

私の中で、「すごい」の意味変が起こった瞬間でした。

というわけでまあ、楽しみではあります!!

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今日は中秋の名月。先ほど中国にwechatしましたら、昼間から飲んでいるようで話になりませんでした。国慶節、楽しんでください!

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