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その満月を見るために~プランB~

 title 「夜」  2020 . 5 . 7

 私はこの満月は特別だと思ってスマートフォンを空にかざしている人々を遠巻きに見ながら、ただ、ベンチに座っていた。いつか私は自分の進みたかった人生へ進んでいくのだ。その時にまたここへ来る。いつもより大きく見えるというこの特別な満月が見られるのは半年後の11月だ。その時までに人生はきっと大きく動いているんだろう、そう思いながら私は高台にあるそのベンチから立ち上がって空に向かって約束をしているような心境だった。

「私の人生の本来の姿ってなんだろう?」

 最後にとっておきの星空が見えるベンチに座ってみていた月は雲が薄くかかって神秘的な美しさがあった。大切な風景になるって思ったから私は写真はとらず、心に焼き付けよう。国境線をいくつもまたいだこの国が私の人生を進めていく場所になる、必ずそうするのだ、決心を固めて、借りておいたレンタカーのある駐車場まで坂を下りていく。さようならこの街。ここで出会った人々との別れもしばしのことなのだ。車に乗り込んでバックミラーを確認した時に私は少し泣いていたことに気がついて、ちょっと笑った。

-1-

title 「    」    .     .


さようなら、この街。
出会った人が大切にしてくれて、何よりうれしかった。
私の話を、言葉もほとんど分からない私に、みんな親切だった。
出会った人の中には性格が悪い人だっていた。
けれど、誰一人として自分の胸の内を隠さず、自分の生活の範囲に他人が入ってくることを恐れてはいなかった。
ここにいれば、私は私の考えていることを素直に話せると思った。

また帰ってきます。
ありがとう。
またね。



-2-
 

 日記を閉じて、私はどうしても苦い気持ちになっている。半年たった今も、私は日本にいる。街はハロウィンの盛り上がりが終わって急ぎ足でクリスマスの準備をしているようだった。ハロウィンが終わればクリスマスを、クリスマスが終われば年越しの準備を、そうやって過ぎていく毎日の中で私は自分の自由はどこにあるのか疑問を感じていた。

 人生は選択の連続だ。その言葉が私は嫌いだ。あらかじめ用意されているモノの中から選んでいく人生に私という人間のすべてが詰まっているだなんてつまらなくて考えたくもない。タイにいた時、日記を書いていたこの日、私は胸を躍らせていた。けれど今は、そんなに人生ってうまくいかないよね、と、心の中で常識的な誰かが私の心に問いかけていた。
 もう11月になってしまった。外は肌寒く、薄いコートを着て外に出る準備をしていた。学生時代の友人から同窓会の手紙が来ており、出席することにしていたのだった。

 私は特に、日本が嫌いというわけではない。イチョウの木が立ち並ぶ街並みも、真上を見ないと高さが分からないようなギュウギュウにビルがひしめいている雰囲気も、どちらかといえば好きだ。寒いのは少し嫌いだけど。

 会場に着く前に早く到着しすぎたので通りすがったカフェに入った。じんわりオレンジ色のライトに低い座席、ネルドリップの自家焙煎のコーヒー、やっぱりホッとするんだよなぁ、そう思っていたら隣の席の男女が話しかけてきた。同級生だった。

 ひととおり学生時代の話をきいて、私は海外に将来住みたいという話をしたところ、二人は結婚すると話していた。おめでとう、と私はいい、3人でカフェを出て会場に向かう。

 会場の案内の看板を見た時、私は違和感がひどくて、入るのをためらっていた。私の中で、ここはやっぱり私の居場所じゃないと心が訴えていた。「おめでとう」と、私は素直に言えたのだろうか、そう疑問ばかりが頭に浮かんだ。飲み物を片手に話している同級生たちと過ごす時間がかえって昔を思い出すどころか早く自分の家に帰りたいような気持ちになって、2次会を断って早々に同窓会を後にした。会場を出るとき背中で誰かが、
「あいつ、昔からちょっと変わってるよね」
 そう言った言葉が私に向けられた言葉のような気がしてならず、苦しかった。


 帰りの電車は自分の家の最寄りより一つ前で降りてみた。少し歩いて気分を変えたかったのだ。この駅で降りてみたのは初めてだった。気の利いたバーのようなものを探しながら歩いては見たものの不毛な努力だったようで、どんどん街並みは住宅街になってしまい、22時ちかくのこの道を歩いている人はどうやら私だけのようだ。
 遠くによく知っている私の住んでいる街の大通りが見えてきて、このままでは何の発見もないままになってしまうと思って、一本裏道をあえて右に曲がった。ちょっと遠回りするだけで疲れてしまうだけだろうと思ったけれど。
 大通りの車の車輪の音を聞きながら細い路地が何本も交差しているのを通り過ぎていく。右手に細い路地があり住宅が並んでいる。一階建ての木造の家々。一番奥の行き止まりに、カラフルな光がぽつぽつと綺麗だったので、私はその光の正体を見に行った。

 あぁ、あぁ、私はこの景色が見たかったんだ。

 そう確信した私は、ちょっと泣いていた。

 だってこれは泣いちゃうよ。誰かに問いかけるように、心で声がしていた。小さな、両手の中に納まるような小さなライトに和紙で作ったランプシェイドがかぶせてあるようなものだった。赤と青のコントラスの照明や、黄色と白と花のモチーフの照明と・・・10点ほどのランプが木製の棚に飾られていた。

 売り物だろうか?そう思い隣の家を見たら人影はなかったけれど、ポストの下に名刺入れがあり、一枚もらった。名刺にはタイ語で連絡先が書いてあり、私は心底驚いてしまった。家に帰ったら連絡をしてみよう。この住所、タイの中のどんなところなのだろう。なぜこの人物は今、日本に作品を飾っているのだろう。色々考えていたら帰り道はあっという間だった。もしかしたら、再来週の満月に間に合うかもしれない。根拠のない想像が頭の中でぐるぐるしていた。この弓のように光る月が満月になった姿をタイで見たい。



title 「 日本に戻って最近考えていること   」 2022   .  11  . 3 

 私の選択は間違っていたと思っている。2年前に過ごしていたタイでの出会いが私にとって本当に大きいからだ。ここにいれば家族がいて自分を知っている人がたくさんいて、仕事があって、将来をある程度予想しながら生きていくことができる。けれど、私はそうじゃない選択がやっぱりしたかった。


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 無謀なことかもしれなかった。私は日本での安定した生活を急に捨てて思い出したように2年前の名刺の連絡先に電話をしてみたのだった。照明や絵をかくアーティストらしかったその人物の顔すら私は知らない。けれど、たくさんの知っているようなことをこなしていく人生よりも、私はたくさんの知らないような出来事に囲まれて生きていく人生を選んだ。きっと、家族も友人も、いつかのように旅立った私のことを「ちょっと変わってるやつだよね」と言っているのだろう。

 でもインターネットでいくら海外を調べても現地のにおいや風景や、外国人の私の様子に寄り添ってくれるあの人々のそばにいたいと、ただそれだけなのだ。

 私の人生はプランBだ。あの時、私がそのままタイにいたら、あるいは日本に帰るという選択をしなければもっとはやく自分の望んだ世界に入っていけたのかもしれない。

 タイへのフライト中にそんなことを考えていた。雲の上はいつも青空なんだよなぁというのに、気持ちを明るくさせながら。私はもう最後のページになってしまった大切な日記帳に、ちょっとした文章を書いて長いフライトを寝ながら過ごすことにした。11月8日、その夜に満月をまたみるために。


title 「空にある窓 」 2022   .  11  . 5

 空には国境線がない

 私たちは同じ空を見ているのだ。

 しかし窓はある。

 見上げた空には雨に打たれないように、

 あるいは他の誰かに自分たちの声が聞こえないように、

 常識が壊されないようにするために、

 私たちは心の中で窓を閉めて、

 世界がたった一つのものであることを忘れようとしている。

 私はきっと、みんなと違う自分になるために窓を閉めている。

 でもいつかきっと窓をすべて開けて、私はもっと自由になろう。

 望んで選んだ人生が、

 望んだような姿ではない不幸があるかもしれない。

 でも、それでいいのだ。

 私が選んだ私の人生。

 後悔はしない、そう決めた。


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 2022年11月8日、私はこのベンチにまた座って、満月を眺めている。

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