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気ままに #読書感想文 『魯肉飯のさえずり』 by 温又柔

この本を読んでいて、夫(交際中当時)を母に紹介したとき、
「食の好みは合う?」
と聞かれたことを思い出した。

父が特に「好き嫌い」が多い人だと思ったことはなかったけれど、妙なこだわりみたいなものはある人で、毎日食事を作っていた母が嫌な思いをしたことが少なくなかったことは容易に想像がつく。
だから母は、「食の好みが合わない人と生きて行くのは大変よ」と、少ししつこいぐらいに私に言った。
食べることは毎日のことだからこそ、気持ちや捉え方の違いが顕著に現れるのかもしれない。

この本の主人公・桃嘉にとって魯肉飯は母の味。
つまり彼女にとっては「ふつうの料理」。
それを夫に作った時の反応ったら、読んでいるこちらが悲しくなる。

聖司は、こういうの日本人の口には合わないよ、と苦笑いしながら箸を置く。あとは桃嘉が食べてよ、俺は鯖缶でも開けるから、と言ってから、こういうのよりもふつうの料理の方が俺は好きなんだよね、と言った。
 ふつうの料理。その一言がなければ、桃嘉は魯肉飯をもう一度つくったかもしれない。

第一章 ふつうの女の子
ーー二〇〇五年、東京 桃嘉ーー

でもこの会話、世界中の多くの恋人・パートナー間で繰り広げられてきたに違いない(魯肉飯ではないにせよ)。
人はまず、自分が育ってきた食卓しか知らない。
育っていく過程で、祖父母や親戚、友人の食卓が自分のそれとは少しずつ違うことを知る。
それも毎日のことではないから、自分の知らない食卓は「非日常」と捉えがちかもしれない。

けれど、誰かと共に暮らしていくことになると、自分にとっての「非日常」を日常にmerge(統合)していく必要がでてくる。
食に限ったことではないけれど。
努力を要することもあるし、努力しなくても自然とできちゃうこともある。

努力しなくても自然とできちゃうような関係性がいいよね、ということが「魯肉飯」を通して見えてくる。

「よくおぼえてるわ。あなたのお父さんとはじめて会ったとき、母さんのこの魯肉飯を三杯もおかわりして……」
「そうそう!オイシイオイシイ、って連呼してね。あたしたち、妹が日本人の彼氏を連れてくるというからどきどきしながら待ちかまえてたのに、あの食べっぷりを見たとたん、安心したのよ」
「このひとなら、台湾人を女房にしても大丈夫だって」

第三章 母の源
ーー二〇〇六年、台北 桃嘉ーー

この小説では、夫との関係がうまくいかない主人公・桃嘉と、主人公の母・雪穂(私の中ではもう一人の主人公!)が桃嘉を育てながら感じてきた葛藤、が交互に描かれている。
子どもの頃(特に思春期)、母に抱いていた苛立ちにも似た感情に対し、母の立場では何を思っていたのかが描かれている雪穂の章は、読んでいて苦しくなる。

私もそうだったなぁ…母に対してお世辞にも褒められない態度をとったことは数えられないほどある。
今、この歳になり、私自身も母になり思うのは、「母だって一人の感情を持った人間なんだ」ということ。
反抗期を経験(実践?)した人は、母に謝りたくなることでしょう…キツく当たってごめんなさい、と。

そして娘との関係に苦悩する雪穂(秀雪)は、台湾に住む自身の母に電話をする。
母は娘の様子から苦労を察して、優しい言葉をかける…

「だれといても、どこにいても、自分のいちばん近くにいるのは自分自身なのよ。だからね秀雪、だれよりもあなたがあなた自身のことをいちばん思いやってあげなくては。自分自身をないがしろにしながらひとさまのことを大事にしようだなんて、そんなのできっこないのよ」

第二章 異国の子育て 
ーー一九九三年、東京 雪穂ーー

この言葉、沁みる。
子どもが生まれて、子育て始めたばかりの私が、これから大切にしなければならない心持ちだと思った。
そして、人のことを想い、悩んでいるすべての人にかけてあげたい言葉だと思った。

雪穂は、娘との言葉の壁が故に、もどかしさを感じている(娘は日本で育ち、日本語が流暢なのに対し、母である雪穂はわからない言葉も多い)。
それに対しても、やはり一つ大きな気付きを与えてくれる。

「ことばがつうじるからって、なにもかもわかりあえるわけじゃないのよ。あなたとあたしだって、そうだったじゃないの?」
 ママとあたしが? と雪穂は母の言葉をなぞる

第二章 異国の子育て 
ーー一九九三年、東京 雪穂ーー

もちろん、言葉の理解度・流暢さが同じであれば、その言葉でコミニュケーションをとれば、とても詳細に分かり合える…気がする。
でも、たとえそうだとしても、言葉の限りを尽くして相手とわかり合おうとしなければ分かり合えないこともたくさんある、というのは誰もが経験しているのではないだろうか。

ああ、私と子の間にも、【分かり合えない】ときがやってくるんだろうな。
そして、無力感やもどかしさに苛まれることもあるんだろうな。
なんてことを考えながら読んでしまった。

この本、夫や子どもとの関係に悩んだら、また読もう。
シンプルであり根本的な、家族の関係性についての気づきがもらえる気がする。


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