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年中休業うつらうつら日記(2024年1月13日~1月19日)

24年1月13日

前夜のZOOM飲み会では5年使ったPCがノート、デスクトップ両方動作が怪しくなってきたので、新しいものに買い替える相談をしてみた。
さすがPCにもオタク属性を持つ人々の集まりで、MacにするのかWindowsにするのか(うちはずっとWindows)、最近は小型のデスクトップも出ており、マンガを描くとかの難しい作業をさせるのでなければ充分使用に耐える、いや、そもそもデスクトップ必要か、などなど侃侃諤諤。
いささか熱にあてられた状態で、すごすごと引き下がった。
大画面のモニタやキーボードを別組みしているような人たちばかりなので、素人にはちょっと難しすぎた。
参考にさせてもらって、新規購入を試みようと思う。

今日はせいうちくんが昼からコロナワクチンを打ちに行くので、午前中は寝ていて、午後に病院に行き、帰りに買い物してきてくれた。
最近何だか肉が食べたくてステーキばかり食べている。
でもそれだとエンゲル係数が上がり過ぎるので合間には豚と白菜のミルフィーユ鍋とか焼きそばとかをはさむ。

今日の収穫は半額の加熱用牡蠣で、フライヤーでカキフライを作ろうかと思ったけど、白菜がたくさん余っているのでここはひとつ牡蠣の土手鍋を。
小さめの鍋に赤味噌ベースの汁を作って白菜と豆腐を煮て、牡蠣は食べる分だけ各自数えて3つとか4つとか入れ、ちゃんと見張っていて食べごろになったら引き上げて食べる。
これは私の父からの直伝で、妙に細かい彼は新婚の頃うちに遊びに来た時、「各自、自分の入れた牡蠣の場所を覚えておいて煮過ぎて固くなる前に引き上げるべし」と鍋奉行して行ったのだ。
なぜか逆らい難く、30年以上経った今でも牡蠣を入れた鍋を食べる時はいつもその点を順守している。
彼の名言には「寄せ鍋に銀だらは贅沢過ぎないか」「2人暮らしの新婚にしては冷蔵庫が大きすぎるのではないか」などがある。
基本的にケチな、いや、合理的な人であったのだろう。

心配していたワクチン熱もモデルナアームも起こさず、せいうちくんは元気だ。
今はやたらとTELASAで相棒を観続けている。
成宮寛貴のカイトくんが相棒を務める1本目、SEASON 11を観終わり、12に入って、今は時々出てくる前任相棒の及川光博の神戸くんが気になっている。
13で成宮くんがダークナイト化し終わったらひとつ前のシーズンを観ようか、それともいっそ薫ちゃんで始まるSEASON 1からの大踏破にしようかと悩んでるところ。

もちろんTELASAは無料期間中の15日をとっくに超え、月々500円払う羽目に。
これもサブスクの罠だよなぁ。
「相棒」は昼に毎日やっていて録画も結構しているんだが、順不同でしかも全部そろっているわけではない。
サブスクを使う方が簡単ではある。
長老などは「決してサブスクには金を払わん。NHKはサブスクの親玉だ!」と言って地上波で観られるNHK以外のものを楽しんでいるらしい。
深夜アニメが好物なので、それで全然困らないようだ。

うちも、このままでは通常のドラマが溜まってHDデッキがパンクするし、「相棒」は何年たってもどこかで必ず観られる気がするので、今回どこまで追跡していくかは大いに悩んでいる。
長老なんか、「『科捜研の女』なんて、今でも毎日観られるぞ。録画したりサブスク入ったりする必要なし!」と言い切ってるよ。

24年1月14日

最近、何もかもがめんどくさい。
食事も、お風呂もトイレも面倒。
マンガだけは読み続けているが、それすらもややかったるい。
こういう時は読んだことのある古典か、いっそ読んだことのない派手なものを読むか、悩んだ末に迫稔雄の「嘘喰い」全49巻を読み始めた。
こないだ甲斐谷忍の「ライアーゲーム」を読み返したら意外と面白かったので、そういう系統でもっと暴力的な「嘘喰い」を選んだわけだ。
息子が好きで持っていたものだから、私の趣味にも合うかもしれない。
「嘘喰い?面白いよ!」と太鼓判はもらっている。

絵柄の平和な心休まる横山光輝の「三国志」と交互に読んでいると、「人生に『たられば』はない。どの瞬間も一度限りの賭け」という気分になる。
せいうちくんとの結婚という大博打は、今のところ大勝。
彼も幸せだし私も幸せ。
困ったことと言えば、「うさこさんにマインド・コントロールされて」自分の言うことを聞かなくなった息子に対するせいうちくんのお母さんが妹さんを抱き込んで盛大に怒っていることだろうか。

私だって息子に嫌われたら悲しいと思うが、彼の妻より大事な人間になろうとは全く思わない。
家族が平和なのが一番ではあるが、その中心核はそれぞれの夫婦であるべきだと思うからだ。
お義母さんがせいうちくんに「私の母も姉たちも悩みを聞いてくれた」とくるから、「今度は私があなたの悩みを聞く番」とくるのかなと思ったら、「だからあなたも私の悩みを聞きなさい」と来た時は昭和的にずっこけた。
そういうのって、準繰りでしょう。
全方位的に自分に良くしてくれるべきだ、と本気で思っているらしいので、せいうちくんはもう完全に逃げ腰である。

正月からせいうちくんとの電話で、娘が生まれた時にどっちの親がどっちにクレームをつけたかという話になった時、「そっちがクレームの電話を入れたんだよ」といくら言っても、「あちらはそんなこと言ってるの?!あの人たち、おかしいのよ。キチガイよ。ウソばっかりつく、ウソつきなのよ。生きてたら乗り込んでやりたいわ」と言われた。
こっちは初めての子供が障害を持つことになるという見通しに絶望してたので、日記にもつけてあるし毎日2人してせいうちくんの親の非常識さと非情さを語り合っていた。
「うさこの家にクレームの電話入れるの、やめてくれ」とせいうちくんが言ったのも覚えてる。
でも、向こうが「私の言ってることが事実」と言い張る限り、互いに本当に証明することはできないのだ。

それでも私たちは彼女を「頭がおかしい」「キチガイ」などとは呼ばない。
彼女が思い込んでる真実が別にあるんだろうなぁ、と無力に感じるだけだ。
こういう水掛け論では「相手にも相手の言い分があるんだろう」と考える、良識のある方が負ける。
私の母はともかく、父は墓の下で彼女の言うことなど歯牙にもかけず、全然気にしてないだろうから無理に彼らの名誉を守ろうとするのは止めよう。
それより我々の生活の平穏を守りたい。

24年1月15日

マンガ友達のミセスAから借りた沖田×華の「やらかしシリーズ」7冊と発達障害の女児を描いた「ニトロちゃん」を読み終えたので、謹んでお返しした。

いやー、沖田×華ってADHDとアスペルガーとLDのトリプル発達障害持ちだとは聞いていたが、20代の頃風俗嬢をしていたと描いてあってびっくりした。
人とコミュニケーションを取りづらい発達障害の人間にとって、風俗の仕事はキツイと思うからだ。
私も、こんなにアスペ気味では客もつくまいと自分で思っているのもあり、究極の接客業である風俗はもちろん、およそ接客のバイトや仕事をしたことはない。
それとも風俗って意外と普通のコミュニケーションを必要としないのだろうか?

整形マニアであることにも驚いた。
私の考える発達障害持ちは、自分を変えよう、変えなければ、というイメージを持てずにいる人たちだったからだ。
よく自分が考えるように、「どこか間違っているに違いない。しかしそれがどこかがわからない。したがってどう変えたらいいのかわからない」と思っているものだとばかりだった。

容貌失認や左右盲、手順や予定が変わった時のパニック感や二次障害としてのうつ病には十分なじみがあるため、発達障害の研究が進むにつれて自分はアスペルガー気味なんだろうなと思ってきた。
それゆえの生きづらさをマンガにして読ませるとは、なかなかできない芸当だ。
産婦人科を描いた「透明なゆりかご」や老人ホームを描いた「さよならホスピタル」もいい作品で、発達障害から起こりがちな現象(物忘れ、パニック、空気が読めない、など)を自分の中できちんと対処法を見つけて場面場面でうまく適用できれば、そのいっぷう変わった感性も武器になるものだなぁ。

24年1月16日

今日はせいうちくん出社。
帰りは20時ごろだろうか。
不安定が続いてちょっと自傷気味なので、できれば薬をのんで寝ていたいが、さすがにデータ化すべきマンガの山と、家計簿につけるレシートの山が溜まってきてしまった。
かつて最大で半年分のレシートを整理したことがあるが、もうあんなしんどい目には遭いたくない。
だがもう2カ月分近く溜まっている…

この「やらねば」という気持ちが大敵だ。
毎日穏やかにすごすよう言われているのに、マンガを買い込みレシートを矯めて気に病んでいるようでは逆効果だ。

とりあえず寝てから考えようかなぁ…

で、せいうちくんが帰ると俄然元気になって動き始める。
やっと「相棒」のSEASON 12を観終わった。
映画版も観て、今は時々出てくる前任相棒の及川光博の神戸くんが気になっている。
13で成宮くんがダークナイト化し終わったらひとつ前のシーズンを観ようか、それともいっそ薫ちゃんで始まるSEASON 1からの大踏破にしようかと悩んでるところ。

だがこのままでは通常のドラマが溜まってHDデッキがパンクするし、「相棒」は何年たってもどこかで必ず観られる気がするので、今回どこまで追跡していくかは大いに悩んでいる。
長老曰く、「『科捜研の女』なんて、今でも毎日観られるぞ。録画したりサブスク入ったりする必要なし!」と言い切ってるよ。

それにしても「相棒」は面白い。
さすがSEASON 22(しかもワンシーズン20話)を誇る長寿番組だ。
よくあんなに脚本書けるな。
チーム「相棒」の脚本家が20人ぐらいいるのではないかと想像する。
今回観た映画版は「八丈島の先の小島で、民兵の訓練と称して生物兵器を開発しており、メンバーの1人が事故死したかのように見えたが右京さんとカイトくんが乗り込んでその実態を暴く」かなりアクションものに偏った作品。ランボーかと思った。
自衛隊と警視庁の確執とか、全然わからないのでせいうちくんのレクチャーつきで、とても楽しめた。
さあ、明日からはSEASON 13だ。
カイトくん、いつダークナイトになるのかな。

マンガの方は、ドラマの「パリピ孔明」に触発されて途中でやめてた原作マンガも最新巻まで買ったし、横山光輝の「三国志」を去年から読み始めてやっと全60巻を読み終えた。
孔明って、劉備玄徳が生きてる間より死後の方が丞相として活躍してた。
関羽が死に、張飛が死に、やがて劉備玄徳も病に倒れる。
「桃園の誓い」で約束したように「死ぬ時はともに」とはならなかったわけだが、登場人物は多いわやたらに首を切られてさらし首にされるわ、広い中国での戦史譚は大河ドラマに慣れた私にはちょっとスケールが大きすぎるようだ。
名作には違いないので、いつか歴史書としての「三国志」や「三国志演義」を読んでみたいものだ。
40年若かったらもう読み始めてるだろうな。

「源氏物語」も瀬戸内寂聴、谷崎潤一郎、田辺聖子は集めてみたものの(今年の大河が始まるより何年も前だよ)、なまじ部分的に授業で習ったりしてるもんだから、なかなか腰を据えて取り組めない。
いっそ大和和記の「あさきゆめみし」に走ろうか。

24年1月17日

起きたら少し元気があったので、とりあえず2カ月分ぐらい溜まったレシートを月別、日付順に整理し、クリップで留めるところまで作業が進んだ。
あとは裁断してしまった山をスキャンし、机まわりが少し安全になったぐらいかな。
どうも何をするにも気力が出ない。

せいうちくんのテレワークが終わるのを待って、奥嶋ひろまさの「入浴ヤンキース」に出てくる銭湯に行ってみる。
徒歩15分ぐらいだが、「おお、こんな路地の奥に銭湯が!」と驚くようなところにあった。
手前にコインランドリーがなければ気づかないほどのささやかな銭湯だ。

しかし520円に300円足すとサウナに入れて(独特のカギをタオルと一緒にビニールバッグに入れてくれる)、水風呂が実に冷たくてたっぷりとしていていい銭湯だった。
3つある浴槽も少し熱めで私の好み。
19時ごろという時間帯のせいか、女湯には5人ぐらいしかいなくてすいていた。
(あとでせいうちくんに聞いたら男湯も2、3人ほどだったそうだ)
道の駅や温泉旅館、スーパー銭湯というのは高級で、シャンプーやリンス、ボディシャンプーが置いてあるが、そのようなものはいっさいなく、石鹸もない。
一応用心して旅行用のセットを持って行ったから大丈夫だったけど、やはり銭湯は「小さなせっけん かたかた鳴って」と自分で持って行くのが正統なんだろう。

でも雰囲気のいい、昔ながらの銭湯だったので、今度息子夫妻が遊びに来たら一緒に行ってみようかしらん。

ドライヤーも20円かかるのでやめておいて、「洗い髪が 芯まで冷えて」の状態で帰ってきたら、せいうちくんの妹さんからメールが来ていた。
「10枚の手紙を簡易書留で送った。最後まで読んでください」とのこと。
お正月にお義母さんと言い合いになった件だろうと思う。
何が書いてあって10枚にもなったのか、楽しみ半分怖いの半分。
家族信託を引き渡せ、とかだったら面倒くさいなぁ。

24年1月18日

マンガ友達のミセスAが遊びに来てくれた。
忙しい彼女は、11時半に着いて13時には離脱しなければならない状態だったが、私のお気に入りのパン屋さんで買った総菜パンなどを食べながら、中身の濃い話をいっぱいした。
ただ、あまりにあわただしかったので話題の多くが積み残しとなり、お互い「もっとおしゃべりしたいですね~!」と言いつつのお別れだった。
今度は私が彼女の家の近くの駅まで行って、ランチをしよう。
少なくとも往復にかかる時間の分だけゆっくり会えると思う。

ちょうどAmazonからまとめ買いの「辺境の老騎士 バルド・ローエン」10冊と、中村明日美子の「王国物語」や雨瀬シオリの「松陰に憩う」などの最新巻が4冊ほど届いたので、ミセスAは「あいかわらずですねー!」と驚いていた。

子供たちのこと、お互いの実家の癖と闇、夫たちの仕事、話題は尽きなかった。
ちょうど彼女の訪問中に問題の「せいうちくん妹さんからの10枚の手紙」が簡易書留で届いたので、せいうちくんは書斎に引っ込んで読んでいた。
やがてリビングに渡しに来たので、罵詈雑言が書いてあったら面白いからミセスAにも見せようと、まず私が読んだ。
せいうちくんはその間、ミセスAと話をしていた。

うーん、これは何だろう。
家族信託を任せておけない、という抗議でもないし、「お母さんが可哀そう」という罵りの手紙でもない。
表面的に読めば彼女からの詫び状であり、便箋10枚にわたってこれまで自分が母親と兄の間に立って母親をかばおうとしたことが余計な混乱を招いた、という反省だった。
そのうえで、子供時代からのせいうちくんとの楽しい思い出、せいうちくんの優しさ、人格をほめたたえる文章が続く。

私に関しても、前に電話で八つ当たりしてしまったがうさこさんには何の非もないことだった、「せいうちくんはお母さんのことを嫌っていますよ」と言われたため激昂して言わなくてもいいことをたくさん言ってしまった、うさこさんはさぞ怒っているだろう、に始まり、結婚式で初めて会った私が年上と聞いていたが若々しく綺麗で純白のウエディングドレスがよく似合っていたこと、「Tちゃん」と優しく挨拶してくれたこと、家に遊びに行った時は何時間も煮込んだビーフシチューをご馳走してくれ、彼女の結婚生活を気づかってくれた、こんなお姉さんとならきっと仲良くできるだろうな、と思ったこと、などが延々とつづってあった。

「もうあきらめました」と書き、ただお母さんを傷つけないでほしい、無力な老婆を傷めつけて何の得があるのか、と訴えてくる。
下手に出られるのは意外だったが、それで彼女との間がすべてうまくいくというものでもない。

せいうちくんのお母さんはさまざまにウソをつく。
こちらの記憶が違ってしまっているのだと主張するが、それなら彼女の記憶も変わってしまったのでは、という自問自答が全く行われない。
障害を持つ娘が生まれた時に私の親からクレームが来たという主張も、私たちの記憶とは正反対だ。
しかも、結婚に反対されてせいうちくんが家出してやっと結婚した私たちはどんなことがあっても親には頼らないと決めていたのに、
「『お母さんの力を借りなければいけなくなった』と電話で頼まれた。うさこさんのお父さんが『こちらでフォローしますから』と言ってたので怖くて手が出せなかった」という話になっている。
頼んでもいないことを頼まれたと言い、しかも実際には何もしていないのは他人のせいにする。

彼女が「確かにこうだったわよ。忘れちゃったの?!」と言い始めたら、お互いに記憶違いの可能性は五分五分で水掛け論になる、ということがわからないようだ。
「私は1日たりとも忘れたことはない」というのが得意の台詞で、記憶違いは起こりえないらしい。
私たちだって、楽しみにしていた初めての子供が出生時の突然の無呼吸で緊急帝王切開をしたが仮死で生まれ、無酸素状態が長くて脳にダメージを負った、という大事件の中で、起こったこと、言われたことは生涯忘れられない。

せいうちくんが出世した時に「黒塗りの車が来るの?」と嬉しそうに聞くから、
「もう一段偉くならないとこないよ。僕はこれ以上偉くなるとは思えないし、黒塗りが来たらいいとも思わない」と答えたのに、翌年さらに昇進した時は、
「よかったわね、あなたの乗りたがってた黒塗りが来るじゃない!」と1人喜び、
「そんなことはひと言も言っていない。僕は出世したいとは思ってないから、言うはずがない」と訂正しても、
「そんなことないわよ、もっとえらくなりたいって言ってたじゃない。忘れちゃったの?」と言い返される始末。

事実をまったく無視したあの思い込みには到底ついて行けない。
妹さんが手紙で懇願してきたように「お母さんの心を傷つけないでくれ」を実行しようとするなら、我々がのみ込んでガマンしなければならないことばかりになるってことだ。
「老人なんてそんなもんだから、多目に見てあげなよ。まともに相手をするからこじれるんだよ」いう意見もよく聞くが、「私はすごく頭がはっきりしていて、記憶も確かなんだから!」と言う人相手からいいように扱われるのはたまらないなぁ。

妹さんは息子の結婚を祝福してくれ、「でも、やっぱり又聞きじゃなくて本人から聞きたかったな…」と悲しんでいたが、どうしてそうなったか、忘れてしまったのだろうか。
アメリカからせいうちくんの従姉が子連れでやってくるので親族の集いをしようとした時に、息子が当時はまだ同棲中で入籍してないし結婚するかどうかも2人で決めてはいない、という状態のMちゃんを連れて行ってもいいか、とせいうち母に聞いた。
「どうぞ。いいわよ」と言ったにもかかわらず、数日後、「やっぱり連れてこないで。結婚もしてないのに相手の実家に来るってのはちょっと…」とお母さんは意見を翻した。
当然息子は気分を害し、「行くことは行くけど、あまり気が進まない感じにはなったね」と言っていた。
せいうちくんがお母さんに「ひどいじゃない」と電話すると、「私はいいと思ったんだけど、T子(妹さん)がね、『そんな非常識な人と同席したくない』って言うのよ」と得意の人のせい。

妹さんものちには「だって非常識でしょう!」と言っていたから母娘の意見は一致していたのだろうが、そんな扱いを受けた2人が、「僕たち、結婚します!これで家族の一員に入れてもらえますね!」なんて報告する気分になるわけがない。
結婚することも知らせたくなくなっても全然不思議じゃない。
それを「又聞きなんて、寂しい…」と不幸がってみせるなんて、自分の言ったことしたことを忘れているとしか思えない。

いずれにせよ、これはせいうち家の問題なので、私はせいうちくんを慰め励ます以外にやることもない。
せいぜい日記に書いて後世に事の真偽を問うことにしよう。

すっかり置き去りにしてしまったミセスAだが、彼女からはいろんなマンガを教わった。
一緒に「鋼の錬金術師展」を見に行ったこともあったなあ。
息子に次ぐ、私のマンガのお師匠さんである。
末永くこの友情を大事にしていきたいものだが、これから彼女もダンナさんももっともっと忙しくなるだろうし、せいうちくんは会社を去る日が来る。
その時どういう交友関係として残すことができるのか、とても気になるし不安だが、できればずっとマンガの話をしていたい。

24年1月19日

週中に念願のキャラバンがGくんに引き渡された旨、せいうちくんにも中古車屋さんから連絡があったので、2人で盛り上がっている。
私はどうでもいい、ってわけではないんだが、スタッドレスかチェーンかフォーシーズンタイヤか、というたぐいの話はちょっと荷が重いのだ。

「オトコノコ」たちはよほど車が嬉しいと見え、Gくんは自宅に連れて帰った車に自室のベッドやらマットレスやらいろんなものを積み込んでみては挫折している。
せいうちくんは「布団の方が寝袋よりよく眠れる。ただ、床との間に水が発生し、敷布団がびしょびしょになる」と言って荷台を30センチぐらい全体に上げ、下には荷物が置けるようにする棚を希望している。
セコハン屋で、Amazonなら13000円ぐらいする高級寝袋を2千円ぐらいで入手したGくんは徹底的に寝袋派で行きそうだ。
車を買うところまではあれほど気が合っていた2人なのに、いざ内装などを決め始めると意見の違いがはなはだしく、ありゃあそのうちケンカをおっぱじめるかもしれないなぁ。

とりあえず明日の昼頃Gくんにこっちに来てもらいコーナンとか内装のヒントになりそうなものを探し、ついでに車を停めておく場所を無料で手に入れる。
お昼ご飯も駐車場付きの「かっぱ寿司」とか行こう。
20時から翌朝8時までは300円ぐらいで停められるコインパーキングがあるから、そこを使ってGくんはお泊まり。
翌朝は8時前に帰る、と。
とりあえずその辺をぶんぶん走り回ってみたいね。

そんな中での悲報その1.
Gくんの腕をもってしても、家の車庫スペースにキャラバンを突っ込むのは相当難しいらしい。
私は絶対手を出さないからいいんだが。

悲報その2.
走行中、謎の音がして無茶苦茶うるさいらしい。
Gくんが送ってくれたスマホ録画ではあまり気にならんかったが、乗っていて気が滅入るようだと困る。
一度中古車屋さんに聞いてみるか、という姿勢。

ああ、楽しみだなぁ。
荷台に敷いた布団1枚の上でせいうちくんとぺったりくっついて寝ると、本当に良く眠れるんだ。
Gくんのケチだがロマンを追う性格と、せいうちくんの「とにかく買ってみようよ」という思いつきは非常に相性が悪そうだ、とは心配しながらも、クルーズのことなんかすっかり忘れて車中泊に夢中になってる私。
毎日食べるフレンチよりも、ファミマで買ったおにぎりやネギトロ巻の方が美味しいという不思議な事態。

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