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【#人生文庫】17LIVEでの青春を振り返る。好きを仕事にして思うこと|今井 遵(いまじゅん)

こんにちは、高城(たき)つかさです。
突然ですが、この度、不定期で代筆屋をすることになりました。

はじめに代筆をするのは、今井 遵(いまい・じゅん)さんです。

友人の紹介をきっかけに知り合った私たち。ふたりで話していくうちに、今井さんは、相手を想って選択肢を広げてくれる人だと感じました。

そんなとき、ライブ配信プラットフォームの株式会社17 Media Japanを卒業すること、エンタメ企業で新しいコンテンツづくりに携わることを聞きました。

いろんな人の想いに触れてみたい私と、転職を機に人生を振り返ろうとしていた今井さん。その想いを言葉に残すお手伝いができないだろうか。考えた結果、代筆屋「人生文庫」をオープンすることになりました。

01. 一対一で話を聞いて
02. 必要であれば、影響を与えた人にもヒアリング
03. 私の感想も踏まえて記事を生み出す

方法は、この3ステップです。

「代筆」というと、私が受け身のような印象を受けるかもしれませんが、私は「共同作業」と呼びたいです。このnoteも、何度も電話をし、推敲を重ね、今井さんに大きな影響を与えた方々とお話して生まれました。

印象的だったのが「人脈はつくるものではなくできるもの」という言葉。お話を聞いたり、記事内に出てくるFujikoさん尾崎さんとお会いしたりするなかで、ご縁を大切にしていることが伝わりました。

あらためて「代筆」という形を提案してくださった今井さん、ありがとうございます。

これは、いわゆる退職エントリではなく、今井さんと、今井さんを支える方々の、青春の1ページです。

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好きを仕事に。新しいエンタメとの出会い

 みなさん、こんにちは。サラリーマンの傍ら司会者をしている、今井 遵(いまい・じゅん)と申します。

今回、私がイチナナに在籍した3年間を振り返ると、様々なキーワードが浮かんできました。1年目は“初体験”・“必死”、2年目は“チームメンバーへの愛”……とにかく毎日がむしゃらに業務をこなしました。私を支えてくれた方々への感謝を込めて、みんなと駆け抜けた青春を、noteを通して振り返りたいと思います。

 大学1年の終わりから司会業を始めた私にとって、エンタメ業界は憧れの場所でした。大きなステージに立ち、多くの人を喜ばせ、拍手をもらうことに喜びを感じていましたし、それがエンタメなのだと思っていました。

しかし、就職活動を通して、エンタメという“好き”を仕事にしたくても、世の中はそんなに甘くはありませんでした。司会の仕事やラジオのパーソナリティを担当させていただく機会はあったものの、それは“頑張っている大学生”に大人が用意してくれた経験でしかなかった。そんなことを痛切に感じた新卒時代でした。

結局、新卒で入社したリラクゼーションサロンの店長を経て、2社目となる民泊を扱う企業では、社長秘書を経験。司会業を受けることはあってもエンタメとは無縁な仕事をこなしていた、第2新卒の時期を終えた2017年夏。私に転機が訪れました。

当時、友人の経営するゲストハウスの清掃を手伝いつつ、転職活動をしていたのですが、ある日ファッションショーの司会者をすることが決まりました。そこで審査員をしていたのが、イチナナの社長・Hiroさん(小野 裕史)でした。

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▲Hiroさんとのツーショット

 転職を決意したのは、社長のおおらかな性格に惹かれたから。いつも楽しそうな姿を見て、素敵な人だと感じたのを覚えています。

水曜日に知り合って、木曜・金曜日には人事部長、当時のCMOと面接。週明けには、入社しました。今ではありえないプロセスですし、あのタイミングだからできたことだと思います。

これが、約3年間に渡る「イベントのスペシャリスト」、そして「ライブ配信のプロフェッショナル」としての人生の始まりでした。

イチナナで送った青春の日々

 入社してすぐ携わったイベントでは、社長も内見から同行してくれ、ライバーさんに対する考えや価値観を近くで学べた、貴重な時間でした。

特によく考えたのは、「圧倒的な“WOW”感」。普段自宅から配信をするライバーさんに対し、オフラインイベントでは驚くほどの非現実・非日常を味わえる空間づくりをしなければならない。それを模索しながら、必死に食らいつきました。

オフラインイベントの準備は、番組の大道具のセットを組み立てるような感覚でした。非現実・非日常を感じられるセットがあり、その世界観の中で活躍してもらうために「圧倒的な“WOW”感」を探し続けました。

 入社当初は「イチナナにイベントのことを分かる人は誰もいない」と、社長に刃向かってしまうこともありました。当時、まだ多くはないユーザーから投げ銭という形で大金をもらう様子を見て「オーディエンス(ファン)の方からいかにお金を払ってもらえるか」に重きを置く、エンタメの新しい形を理解できるまでに、時間がかかったのです。

 さらに、業務を進める中で、私は自分の未熟さと向き合わなければいけなくなりました。そのきっかけが、部署の異動が決まったことです。

私は進行管理だけでなく、簡単な事務作業が本当に苦手でした。入社当初、何度注意をされても改善できず、多くの人々に迷惑をかけていたのにも関わらず「もっと教えてくれればいいのに」「自分は悪くない」と思っていました。いわゆる「他責」です。

 異動先では、ライバーをプロデュースする新規事業を担当。2017年末から流行り始めていたVTuber(※)にライブ配信をしてもらうという「V-LIVER」事業の立ち上げでした。もともとサブカルチャーへの苦手意識を持っていた私ですが、業務を通してVRなどの日本の技術力、アニメ業界のコンテンツ力の凄さを知りました。

ライバー愛に溢れたチームメンバーと共に、嬉しいときも、悔しいときも全力で涙を流しながら、みんなと“熱狂”して業務に取り組みました。

※V-LIVERとは
バーチャル技術を駆使して、2D・3Dキャラクターとなってライブ配信を行う配信者のこ と。17 Liveでは800体以上のV-LIVERが、業界全体では約10,000体のVTuberが活躍。

 チームリーダーであるFujikoさんは、さまざまな面から僕の「できないこと」「できること」を見極め、なんとか仕事を与えてくれていました。そのことに気づけたのは、少しずつ成功体験を積み上げられるようになってからです。

例えば、資料作成は苦手だけれど、チームメンバーが作ってくれた資料を初対面の人に分かりやすく説明することはできる。とっさの出来事にも対応でき、場を沸かせることもできる。細かい作業ができない僕にも、できることがあると気づけました。リーダーのおかげで、3年目に入る頃には、頭でっかちな“プライド”ではなく、自分の仕事に“誇り”を持てるようになったのです。

また、業務の一環として、V-LIVERと司会者として共演したり、他部署の大会で司会をしたり、今までの経験をイチナナでも活かせました。そして、幕張メッセで行われたキズナアイさんとのコラボや台湾進出など、V-LIVERが羽ばたいていく瞬間を見られ、イチナナの成長も感じられました。

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▲幕張メッセで行われたキズナアイさんのステージ

 理想の自分を作り上げている人、分身を作っている人……様々なライバーと出会うなかで、私は、V-LIVERとファンの結束力を知り、新しいエンタメに愛を持てるようになったのです。

ライブ配信で大切なのは、本人だけが頑張るのではなく、配信ルームという空間のなかでいかにチーム感を出せるか。まさに「団体戦」であり「共感」で成り立つ場所なのだと感じます。V-LIVERと応援してくださるファンのみなさんとイベント会場などや日頃の配信で接したことで、より尊く、大切な存在になりました。

転職の決断まで

私たちの仕事、一区切りしたんじゃないかな?

 転職を考え始めたきっかけは、台湾でのイベントを終えた頃、Fujikoさんからもらった一言でした。新しい道に挑戦してみたくなったこと、イチナナを通して【エンタメ×デジタル】という強みができたことを踏まえ、ひとまず、立ち上げのフェーズは完了できたんじゃないかなと思うことができました。

また、この度、新しいものを取り入れるコンテンツホルダー側に立ち、これまでとはまた違う、新しいエンターテインメントに取り組める会社への転職も決まりました。

この数ヶ月で世の中の流れは大きく変わり、ライブ配信は様々な人が口にする単語になりました。ライブ配信には、上司も大切にしていた“生感”、つまり「時を共有している」ことで生まれる力がきっとあります。その力を活かせるよう、新しい会社でも己と向き合いながら、エンタメ業界に貢献できたらと思います。

イチナナに入るまで、私は、携わる仕事のどれもが本業ではないと思っていました。

リラクゼーションサロンの店長だけど司会をやっている、民泊事業だけどイベントも立ち上げている……。副業を言い訳に逃げ道を作っていました。すぐに折れてしまう、薄っぺらいプライドしか持ち合わせていなかったのです。

しかし、エンタメという“好き”を仕事にしたことで、周囲のせいにするのではなく、自分の未熟さとも徹底的に向き合わなければならなくなりました。もし折れたまま立ち上がれなかったら、好きなことも、人としての逃げ道もなくなる。さまざまな出来事がありましたが、この決断は間違っていなかったと思っています。

支えてくれた上司とメンターへ

 ここまで、私がイチナナで送ってきた青春を振り返りました。改めて、様々な出会いのおかげで今の私が成立しているのだと実感し、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

最後に、私が青春を送る上で欠かせなかった「メンター」の存在についてお話します。

私がイチナナでの3年間を駆け抜けられたのは、社外で支えてくれた尾崎さんのおかげです。

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私にとってのメンターは、一言で例えるなら「全幅の信頼を置ける人」。尾崎さんは、思考の整理が苦手な私の話を「うんうん」と優しく聞いてくれます。歩むべき方向を示すのでもなく、肩をポンポンと叩いて現在地を教えてくれる、そんな存在です。

私が仕事で異動を考えた際も、親身に相談に乗ってくれて、選択肢が広がるような一言をくれました。尾崎さんは深夜に電話をしても出てくれますし、忙しい中でも時間を空けてくださいます。

 メンターは、フェーズによって変わりますし、必ずしも社内の人である必要はありません。1人でなければならないという決まりもないです。ただ私は、会社とも、自分自身とも、一定の距離感を保てる人をメンターに選ぶのが望ましいと思います。私は、社内と社外それぞれにメンターがいたからこそ、良い青春を送れました

最後に

 会社メンバー、友人、家族、関係者各位の皆さま、お世話になりました。

今後のライブ配信を活用したオフラインイベントやV-LIVERは、より拡大していき、次のフェーズへと向かっています。イチナナを支えてくれるライバーさん達とチームメンバーに対し、1番の理解者としてイチナナの発展を見守りながら、外部からも盛り上げられるよう、サポートしたいです。

 また、入社時に社長と約束した「司会者としても自立する」ことを叶えて次のステップへ行けることを嬉しく思います。イチナナの経験から「コメントを取り入れながら番組を進行していく」オンラインへ特化した経験値を身につけることが出来ました。この特殊スキルは、様々な配信コンテンツで活かせると思います。

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ご縁があれば、私も誰かのメンターになりたいと考えています。尾崎さんや上司にしてもらって嬉しかったことを、誰かにしたい。その連鎖が、ずっと続けば良いと思います。

イチナナを通して関わった、多くのみなさん。今まで、本当にお世話になりました!
これからも、17LIVEを、V-LIVERをどうかよろしくお願い致します。

そしてFujikoさん、尾崎さん。
このような振り返る機会をくださった、高城つかささん。
本当にありがとうございます。

このnote、そして私のエンタメへの想いが、画面越しの誰かにも届きますように。

編集後記 (高城つかさ)

 代筆するにあたって、多くのやりとりを重ねました。ときには電話で、ときには他の人も交えて。今井さんの人生を通して、新しい視点を得られました。本当に、ありがとうございます。

「いろんな人の想いに触れてみたい」と言いながらも、誰かの人生へ足を踏み込むことはしたくないという気持ちがずっとありました。言い方は不適切かもしれませんが、ライターという立場を利用するようなことはしたくなかったのです。

“人生”は誰にとっても大切なものです。誰かが評価したり、批判したりするのではない形で、言葉に残すお手伝いはできないだろうか? そんな話をしたときに「代筆」を提案してくれたのが、今井さんでした。

「代筆」は客観的なインタビューというよりも、主観的なインタビューのような感覚です。人生に踏み込むのではなく、重ねる。じっくりと共同作業をしたい方とご縁があれば、また人生文庫をオープンしたいと思います。

協力してくださったFujikoさん、尾崎さん、デザイナーの庄野さん、そして、一緒に作ってくださった今井さん。本当にありがとうございました。

【話し手】今井 遵(いまい・じゅん)
Twitterhttps://twitter.com/jujuuuuun
【代筆】高城つかさ(たき・つかさ)
Twitterhttps://twitter.com/tonkotsumai
【デザイン】庄野 萌(しょうの・もえ)


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