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【300字小説】花冷えの夜

 残業で帰りがだいぶ遅くなってしまい、コンビニで適当な夕飯を買って家路を急ぐ。春の夜はまだまだ冷える。ふと大学生くらいの男女3人組とすれ違う。なんとなくあのボブの彼女は、学生時代のわたしに似ている気がした。

 とたん、過ぎた日々に意識が引っ張られる。訪れなかった未来を懐かしみ、いたずらに想いを馳せる。恋人同士になれなかったわたしたち、選ばなかった仕事、引っ越さなかった街。始まらなかった物語は、ふとした瞬間そのしっぽを思わせぶりにちらつかせる。それらは永遠の憧れとしてわたしの内に在り、感傷的な甘酸っぱさは、魅惑的でずるい。

 早く帰って猫のゴローにご飯をあげなくちゃ。地面を踏み締め歩く速度を早めた。

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