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透明たゆたえば

 つらくなったら透明の気持ちを想像します。くらげのような半透明の生き物とかじゃあなくて、真に透明なぺらぺらの、無機質な。ほら、あのコロナ禍に店員さんがレジカウンターのところで守られていたような、あんな、薄いビニールシート的な透明なものの気持ちと言ったらわかりやすいかな。

 想像上のビニールシートだから手垢なんかもついてなくて、透明度が100%を超えていて。ぺらぺらでひらひらで宙をご機嫌にゆらゆらとたゆたっている。

 光もそのまま通すわけだし、下手したら風や湿度も通しそう。ああなんて軽くて中身も意味もない、すがすがしい存在だろう。もちろん食べたら無味無臭で食感もきっと思ったよりほとんどないはず。不味くもなく、美味くもない。まあ食べれないんだけど。

 そうやって思う存分透明の気持ちをなぞっていって、いい加減すがすがしさがほんのすこしさみしさや不安に変わって来たなってタイミングを、でも必ず逃さないようにする。そうしてその瞬間、きちんとシュルンと人間のカタチに戻るのです。

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