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雨の門番

 雨粒は、雨の国から降り注ぐ。それは遠すぎず、けれど高い高いあの空の上方にある。地上へ降る前、雨粒たちはかならず雨の国の門をくぐるのだが、そこには門番がいる。それはわたしたちの世界でいうところの猫のカタチによく似た、毛足の長い白くふわふわの生き物だ。門番はふたつのまん丸い目で、瞬きもせず雨の旅立ちを見守る。豊かな被毛は雨で湿気をふくみ、毛並みがすこししっとりしている。ほとんど鳴くこともないけれど、ごく稀に本音がついて出る。「信じらんニャーい」

 雨の国はものすごい湿度の、一面白んだ世界。きらきらと降り止むことのないシャワーのごとき雨が永遠に続くその様を、門番は愛していたから。一身に門から飛び出す雨たちの気持ちを理解できない。けれど旅立ちを決めた彼らを、門番は決して止めたりせず、ただ不思議そうな目で雨粒を見つめる。お前たちはどこへいくのか。地上へ降りてどうしようというのか。

 わたしは海に溶けてみたい。
 ぼくは緑燃える深い森へ。

 無邪気な雨粒たちを、大きな目を時折細めて送り出す。行ってらっしゃいちいさきものたち。さようニャら。
 門番は決してここを去ろうと思わないが、ふと、なぜだかすこしうらやましいような気持ちになる。あんなにもきらきらと輝いて地上に降り注ぎゆく、まるで祝福のような、ちいさなちいさな雨の粒たちよ。

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