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自民党が「出産を条件に奨学金減免」を検討(前編) 国民民主党などの野党は、奨学金負担軽減のまたとない機会を潰すな

 自民党の「教育・人材力強化調査会」が、学生時代に貸与型奨学金を借りた人が子どもをもうけた場合に、奨学金を減免するという施策の検討に入ったと報じられた。
 これに対して、SNS上では賛否両論が相次いでいるが、出産を条件としている点について、野党議員が次々と反対を表明している。

 国民民主党の伊藤たかえ参議院議員(愛知県選出)は、「最近メディアでよく見るハンガリーの真似」だとし、「徹底して若い時に産め!一杯産め!産んだら即復職!働き続けて!を奨励する国の制度のつまみ食いは慎重に」とツイートし、出産を条件とした奨学金減免に反対の立場を明確にした。

 立憲民主党の塩村あやか参議院議員も、「異次元におかしい少子化対策!こどもを産めば返済減免!?」とツイートし、嫌悪感を表明している。

 これらの野党議員の投稿を善解すれば、「出産を条件」という点だけに的を絞り、あくまでもっと予算をかけて広い対象への支援を行うべきだという趣旨であろう。しかし、これらの批判は以下に述べるとおり多くの問題点を孕んでいる。

 この記事ではまず、「奨学金の減免」という発想がどこから来たと考えられるのかについて述べ、

そもそも「奨学金の減免」という発想は、どこから出てきたのか?

 ここで問題となっている奨学金は、貸与型奨学金すなわち借金である。民間のローンに比べれば、考えられないほどの好条件で貸し出してくれる制度ではあるが、長年の経済停滞やそれに伴うワーキングプアが顕在化する中で、奨学金を返せない人の発生が問題となっている。仮に奨学金を返せているとしても、控除なしで手取りから吸い取られてしまうので、元奨学生の返済中の生活は苦しくなることが多い。

 奨学金をめぐるこれらの問題は、平成の頃から起こってはいたものの、クローズアップされることはなかった。しかし、時代が令和に入ったときに、奨学金問題に取り組む政党が登場した。2019(令和元)年に、国政政党で初めて奨学金問題を大々的に扱い、公約に「奨学金チャラ」を明記したのは、れいわ新選組だ。

 もちろん、借りている人の奨学金を全額免除することについて、実現可能性やすでに返した人との公平性などから疑問視する声があるのは事実だ。しかし、れいわ新選組と山本太郎代表が奨学金を巡る社会問題を正面からクローズアップしなければ、今回の自民党の減免案も出てこなかっただろう。そういう意味で、れいわ新選組と山本代表の問題提起には、意味があったものといえる。

 その後、2022(令和4)年の参院選時点では、主要な野党も奨学金問題への対応を公約に入れ始めた。国民民主党は給付型奨学金の全面的導入を前提に、奨学金債務の減免を盛り込んだ。立憲民主党は、奨学金の返済額を所得から控除する案を提案している。いずれも、奨学金返済の負担軽減を意図していることは明らかだ。

 なお、これらの野党の政策では、子どもの有無を奨学金の負担軽減と結びつけてはいない。子どもをもうけた夫婦の奨学金を減免するという発想は、ハンガリーの少子化対策を一定程度参考にしたと考えられる。ハンガリーでは、第三子をもうけると学生ローンの返済が全額免除される。

 国内では、れいわ新選組が提起した問題を、立憲民主党、国民民主党などが繋ぎ、自民党までも奨学金の負担軽減を検討するようになった。自民党より先に奨学金減免・免除を検討した政党は、上記の自民党の検討を頭ごなしに否定するのではなく、自民党より先に検討を始めたことを有権者にPRし、この問題に対する議論をリードしてほしい。

自民党の「出産を条件とした奨学金減免策」に対する野党議員の批判の問題点

 それでは、今回の自民党の「出産を条件とした奨学金減免」施策に対する野党議員の批判の何が問題かを、端的に解説していきたい。

① 「奨学金減免」という政策の実現可能性を摘んでしまうトーンでの批判

 上記で振り返ったとおり、奨学金減免という施策は、そもそも、れいわ新選組や国民民主党などの野党が求めてきたものだ。野党が求めてきた奨学金減免を、出産という条件がついたとはいえ、部分的に自民党が実行しようとしているのが今の局面だ。これまで、給付型奨学金の整備など、そもそも貸与型奨学金を借りなくていい方向での施策はあったが、既に返している人への支援は皆無であった。今回自民党が検討中の施策は、現在返済中の人にも恩恵があるという点で、画期的なものである。

 ところが、野党は、自らが求めた施策の一部が実現しようとしているにもかかわらず、とんでもなく強いトーンで批判している。自民党の案をここまで全否定するようなトーンで批判すれば、せっかく俎上に載せられた「奨学金減免」自体が、そもそもまったく実行に移すことなく有耶無耶になってしまうかもしれない。奨学金を受給している人(これから返済する人)や、現在返済している人にとっては、奨学金減免はどのような形であれないよりあったほうがマシである。野党の強い批判によって、奨学金減免の話自体が吹き飛んだら、当事者の怒りは野党に向くことはいうまでもない。

 加えて、与党としても、野党の政策の一部を取り入れようと思っても、面倒なことになるからやめようという話になるだろう。

 いずれにせよ、自民党の提案を頭ごなしに批判するのは、何らかの奨学金減免制度が実現する芽を摘んでしまいうるもので、仮にそうなったら、当事者にとっても、野党にとっても不幸なことだ。まずは、自民党の案でもいいから一旦実行に移した上で、導入後に徐々に対象を拡大させることも、現実的に考えるべきである。

② 対案が対案になっていない

 「対案」というのは、元の案と問題意識を共有した上での別の解決策であって、問題意識を共有できていなければ、対案だとは言い難い。問題意識を共有した上で、より効果的な、解決性のある策を示すのが対案である。

 上記の批判をもとに考えよう。国民民主・伊藤たかえ議員は、対象を絞らない奨学金減免を主張し、立憲民主・塩村あやか議員の批判は、奨学金減免ではなく学費の無償化を対案として主張している。そうすると、伊藤たかえ議員の批判は、対象を広げるべきという点に帰着しているので、かろうじて対案だと言えなくもない。しかし、塩村議員の主張を実行しても、現在奨学金を返済中の人には一切の恩恵がない。塩村議員の主張は、一見対案のように見えて、奨学金返済のせいで結婚・子育てを諦める人を減らすべきだという自民党の問題意識を解決するものではないため、全く対案になっていないことがわかる。

 また、伊藤たかえ議員も、真に自民党の考えている問題意識を理解しているか怪しいところである。この点に関しては次の③でより詳しく扱いたい。

③ 相手の意図を決めつけている

 野党の批判の中で最大の問題は、自民党の案を、「産めよ増やせよという意図のある政策」だと決めつけるが、「自分たちは違う」と言わんばかりの態度を示しているという点だ。

 確かに、与党側に「産めよ増やせよ」という意図、すなわち、奨学金の減免を受けられることによって子どもを授かる決断をする夫婦が増えればいいという意図があるのは間違いないだろう。しかし、そのような意図が、奨学金返済の負担によって結婚や子育てを諦めてほしくないという意図と併存しているのは言うまでもない。実際に自民党教育・人材力強化調査会の柴山昌彦調査会長は、「一定の年収があるために貸与型奨学金しか使えない人も子育て世帯ならしっかり支援する」趣旨だと説明している。

 そもそも、自民党の奨学金減免案は、奨学金全額を免除するというものではないため、親1人当たりせいぜい100万円程度の減免である。他方で、国民民主党が既に子育て支援策として用意している政策のパッケージは、政策として具体化していない部分(高校、大学の無償化部分)を除いても、子どもひとり当たり600万円以上を新たに支援するというものだ(所得制限世帯の場合)。筆者としては、いずれも子育てをしたい者の希望を最大限叶えるための政策であり、単なる多子礼賛的な政策ではなうと考えているが、生まれてくる子ども1人当たりに支出する金額が高い国民民主党案こそ、どちらかといえば「産めよ増やせよ」に近い政策だといわなければならない。よって、今まで考えられない金額の支出を行うという点で、国民民主党にも上記のような意図が全くないとはいえないだろう(だからといって、それ自体を否定するつもりではない)。

 それにもかかわらず、相手の意図を決めつけて批判する資格は、国民民主党と伊藤たかえ議員には、認められない。「相手は〜という悪い意図を持っているが、自分は違う」という思い込みは捨てて議論に臨んでほしい。

現実に困っている人を救うための行動を取るべき

 野党は国会の中で少数派であり、正しいと思う考え方や政策があったとしても、それを100%そのままの形で実現するのは困難だ。そうであれば、そのままの形ではなくとも、現状よりはマシな状況を作るために汗を流すべきだ。

 国民民主党は、昨年、ガソリン価格の高騰を打開するため、トリガー条項凍結解除を主張しつつ、なかなか減税を受け容れない与党を前にしても、次善の策である激変緩和措置を飲ませた。このように理想の形で政策が実現しなくての、問題解決のために少しでもマシな状況を作るのが、一強他弱時代の野党議員に求められた役割だ。

 しかし、残念ながら、自民党の奨学金減免案に対する国民民主・伊藤たかえ議員や立憲民主・塩村あやか議員の反応は、与党の前進を無にしてしまいかねないような苛烈な批判であった。野党が、このような態度で議論に臨むのであれば、今後も野党が浮揚することは難しいだろうし、「結局は自民党しかない」という有権者の思いを一層補強することになるだろう。

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