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職場でやらかしてしまった恥ずかしい話

 大問題が起きた。なぜ、家を出るときに気づかなかったのだろうか。私はひどく後悔した。


 今日、私は家にスマホを忘れてしまった。職場のお昼休憩は、皆、外に出るわけでもなく、順番に休憩室で取ることになっている。その日のメンバーによって、お昼休憩が賑やかになることもあれば、沈黙の時間が流れることもある。今日のメンバーを確認してみると、後者になることが予想される。

 よりによって、こんなときにスマホを忘れてしまうとは......。タイミンが悪いにも程がある。こうなっては、もう仕事どころの話ではない。その時間をスマホなしで過ごすにはどうすればいいのか、そればかりが気になってしまう。

 それでも、やらなければならない仕事は山のようにあって、自分の悩みをじっくりと考えている暇なんてない。先輩や同僚に「スマホ忘れちゃったんですけど、どうすればいいと思いますか?」なんて片手間に聞いてみても、採用したいと思う回答は得られない。


 とうとう、私の悩みを解決してくれる答えを導き出せないまま、お昼休憩の時間がやってきてしまった。

 まずは、持ってきたおにぎりを大人しく食べることにした。どうせやることもないのだから、少しでも食べている時間を延ばしたい。極力、一口を小さめにして、いつもよりも長めに噛むように心掛けた。なんて健康的な食事なのだろうか。

 だが、忙しい仕事に追われた後の、アドレナリンが大量に分泌されて興奮状態にある私にとって、それは苦行でしかなかなかった。完全に仕事モードであるにもかかわらず、仕事をする10倍も20倍も遅いペースで動かなければならないと自分に言い聞かせても、脳が言うことを聞いてくれるわけがない。

 奮闘はしてみたものの、結局20分足らずで昼食を終えてしまった。私に与えられた休憩時間は50分。あと30分も残っている。さて、これから何をしようか......。

 とりあえず、トイレに行くことにした。鏡の前に立ち、歯に食べ物のかすが付いていないか入念にチェックする。口紅を塗り直し、唇の色を整える。ファンデーションを塗り直し、汗や皮脂で崩れてしまったメイクを元に戻す。

 一通り終わると、用を足しに個室へと入る。トイレットペーパーを手に取る前に、腕時計を確認し、休憩時間があと25分も残っている事実を目の当たりにして、ため息をつく。ずっと便器に座っていたいとも思ったが、本当にトイレを利用したい人にとって、それは大迷惑だろう。トイレに居座り続ける図太い精神もなかったので、すぐに個室から出て、入念に手を洗う。そして、入念に手を乾かし、入念に少しだけ乱れた髪型を整える。

 いつもよりも少しだけ多く時間を消費しているものの、ここまでの流れはいつもと変わらない。問題はここからだ。休憩時間はあと20分も残っている。外に出られるわけでもないので、仕方なく休憩室に戻る。

 やはり、朝予想した通り、休憩室は沈黙に包まれている。皆それぞれスマホの画面に夢中で、会話は一切ない。こんなときに皆に話しかけて、場を盛り上げられるムードメーカーになることができれば、私の悩みなんて一気に吹き飛ぶのだろうが、残念ながらそんな力量は持ち合わせていない。それに、皆それぞれ自分の時間を大切にしているのに、邪魔をしても悪いだろう。

 何もすることのなかった私は、飲んでいたペットボトルのお茶のラベルをずっと見ていた。一文字一文字丁寧に読んだ。それなのに、内容は全く頭に入ってこない。お茶の成分や注意書きなど、私にとってはどうでもいい内容でしかなかった。それよりも、周りが気になり過ぎる。

 そして、ついにお茶のラベルの文字を全て読み終えてしまった。残り15分もある。とうとう、本当にやることがなくなってしまった。少し仮眠を取ることも考えたが、突っ伏して寝るとメイクが崩れてしまう。そうかと言って、皆の前で寝顔を晒すのも嫌だ。

 どうしようもなくなった私は、腕を組みながら、虚ろな目でテーブルをぼーっと眺めた。ひたすら、真顔のまま遠い目をした。傍から見たら、確実に怪しい人にしか見えないだろう。もし私が傍観者の立場だったら、引いてしまう、確実に。

 でも、仕方がないじゃないか。暇を潰す道具なんて持っていないし、やるべきことも全て終わらせてしまったのだから。皆は自分のスマホに夢中だし......。

 虚ろな目のままチラチラと時計を見た。5分経過したことを確認し、また虚ろな目をする。時計を見て、さらに5分経過したことを確認し、また虚ろな目をする。もうそろそろだと思い、時計を見ると、あと2分残っていて、また虚ろな目をする。

 そしてようやく、私の休憩時間が終わりを迎えた。長かった。結局、私は15分も虚ろな目をしていたのだ。不審者以外の何者でもない。狭い空間だったので、一緒に休憩をとっていた人たちは、少なからず私の奇行を目にしていたのではないかと思う。そう思うと、仕事をサボって穴にでも埋まりたい気持ちでいっぱいになった。

 少しでもその恥ずかしさを紛らわせたくて、相談に乗ってくれた先輩や同僚に、休憩時間での出来事を話した。少しだけウケた。親しい人たちの笑顔が見られるなら、たまにはこんな退屈で切羽詰まった時間があってもいいかなと少しだけ思った。なんて、少しいい話のようにまとめてみる。

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