虎丸娯丸

エッセイ時々小説|優しい世界で生きていたい。 ブログ:https://toragoma…

虎丸娯丸

エッセイ時々小説|優しい世界で生きていたい。 ブログ:https://toragoma.com/

マガジン

  • エッセイ集―心のままに言葉を紡ぐ―

    心のままに語ったエッセイ集。嘘偽りのない本音を、言葉にのせてぶつけています。

  • 夢迷人(ゆめいと)

    夢日記ショートストーリー集。夢の中の世界をテーマに、ジャンルを問わず、様々な物語をアップします。

  • これを恋と呼ぶのだろう

    予備校が舞台の物語。冴えない浪人生が心に抱いた切ない恋心を描いた百合小説です。

最近の記事

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幸せを一緒に

 私は猫と一緒に暮らしている。一緒に暮らし始めて、15年が経とうとしている。  ***  肌寒い雨の日のことだった。仕事から帰ってきた父を玄関まで迎えに行くと、そこには「成猫」と言うには少し小さい一匹の猫がいた。白と黒に少しだけ薄茶色の毛が混じっていて、黄色いくりっとした目をしている。痩せ細っているが、野良猫にしては毛並みは綺麗で、大人しく父の後をついて回っている。  父は「猫は薄情だから嫌いだ」なんて言っていたが、愛くるしく擦り寄ってくる猫を目の前に、冷たく突き放すこ

    • 笑わせるより笑いたい

       おもしろいことを言って人を笑わせる能力が、私にはまるでない。誰かが放った一言が、爆笑の渦を巻き起こしているのを目の当たりにすると、まるで全世界が認めるほどの偉業を成し遂げた人でも見るかのような尊敬の眼差しを向けずにはいられない。  それと同時に、「自分はなんてつまらない人間なのだろう」と、自分を責めてしまう。ユーモアの一つでも言うことができればいいのだが、真面目な返ししかできずに、場の雰囲気を静めてしまったことも少なくない。だから、おもしろいことを言える人が羨ましくて仕方

      • 何もかも面倒くさすぎる

         無性に眠い夜、できることなら何もせずに眠りたい。瞼が思うように上がらず、鉛でも引きずっているのではないかと錯覚してしまうくらい体は重い。疲れとだるさが絶え間なく押し寄せてきて、一刻も早くベッドに潜りたくなる。  だけど、そんな意思とは裏腹に、寝るまでにやらなければならないことは山ほど残っている。その中でも、一番の課題はお風呂だ。何かと工程が多い。服を脱がなければ入ることができないし、化粧を落とさなければ肌がボロボロになる。顔だって髪だって体だって洗わなければ不潔だし、湯船

        • 女友達が服を脱ぎだすと逃げたくなる

           「ねえ、服脱いでいい?」  この人は、一体何を言っているのだろうか。意味がわからなかった。言っておくが、これから情事が行われるわけではない。彼女とは、別に付き合っているわけでもなければ、お互い恋愛対象として意識しているような関係でもない。もちろん、セフレでもない。  女二人旅の最中、ホテルの部屋でくつろいでいるときに、女友達がこの一言を放った。旅先で開放的になり、脱ぎたがるタイプの人間がいる。彼女はまさにそのタイプだ。「うん、いいよ」なんて、すました顔で返事をするが、明

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        記事

          好きなものを見つめる

           私は、女性が好きだ。この「好き」というのは、恋愛対象として見ているということなのだが、もっとわかりやすく言えば、レズビアンだ。「レズビアン」という言葉に少し抵抗があるので、あえて回りくどい言い方をしてみる。  「レズビアン」と言うと、なんだか妖艶な響きがするように感じる。少し性的な感じが見え隠れしているようで、その言葉を使うのにためらってしまう。「女性が好き」と言ったほうが、マイルドな感じがして、なんかいい。そう思うのは、「褒め言葉以外は何でもオブラートに包んでほしい」と

          好きなものを見つめる

          真顔の理由

           頭が押しつぶされる。いっその一思いに殺してくれ――。  朝から激しい頭痛に見舞われている。頭の一部が強く締め上げられているような、そんな感覚がする。本当に、誰かが私の頭にいたずらでもしているのではないかと思い、何度も自分の頭をさすってみる。だけど、そこには自分の髪以外の物は一切存在しない。  「痛みに表情を歪める」なんて言葉があるが、私は真顔だ。笑いもしなければ、歪めもしない。ひたすら真顔で過ごす。  別に、強がっているわけではない。誰にも心配してもらえず、機嫌が悪い

          真顔の理由

          職場でやらかしてしまった恥ずかしい話

           大問題が起きた。なぜ、家を出るときに気づかなかったのだろうか。私はひどく後悔した。  今日、私は家にスマホを忘れてしまった。職場のお昼休憩は、皆、外に出るわけでもなく、順番に休憩室で取ることになっている。その日のメンバーによって、お昼休憩が賑やかになることもあれば、沈黙の時間が流れることもある。今日のメンバーを確認してみると、後者になることが予想される。  よりによって、こんなときにスマホを忘れてしまうとは......。タイミンが悪いにも程がある。こうなっては、もう仕事

          職場でやらかしてしまった恥ずかしい話

          送る人

          「結婚おめでとう!」 口ではそう言うものの、心が痛む。 壁を背に、拳で胸を押しつけられるような感じがして、息が苦しい。 この華やかで喜びに満ちた場にはふさわしくない感情だ。 「私を置いて行かないで!」 本当はそう叫んで大好きなあの人の腕を掴み、二人きりでここから逃げ去りたい。 だけど、すでに手遅れだ。 だって、あの人の心はもう、隣で笑っているあいつの元へと行ってしまったのだから。 壮大な宴もクライマックスへと突入し、周りは皆、ハンカチで目を拭い、鼻をすすってい

          旅行でダウンする残念な人

           「うっ......やばい......!!!」  猛ダッシュでトイレに駆け込む。上からも下からも濁流が勢いよく便器へと流れ出る。額からは脂汗が吹き出し、胸と喉の中間あたりで何か気持ちの悪いものが蠢いている。締め付けられるとも言えるような、搾り取られるとも言えるような、そんな鈍い痛みが下半身を襲う。早く治まってほしいのに、私の意思ではもうどうすることもできない。惨めだ。  数十分が経過し、体の中が空っぽになった頃、やっと私は解放される。まあ、「解放される」と言っても、ほんの

          旅行でダウンする残念な人

          片付けられなくたって

           ――片付けの最中、出てきた物を見て思い出に浸る人に苛立ちを覚える  以前、「片付けの得意な人が、片付けられない人に対してイライラすること」について、テレビでこんな意見が出てきたのを見たことがある。私はまさに、イライラされる側の人間だ。  片付けられない人間なりに、何度も部屋を片付けようと試みる。その度に、ゴミなのかそうでないのか分からない物の山を目の前にして、気が遠くなる。収納スペースの中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた物をなんとかしなければならないと、私だって焦ってはいる

          片付けられなくたって

          全部お酒のせいだ

           ――お酒大好きだもんね  よく、そんな言葉を投げかけられる。別に好きでもなんでもないのに......。  初めて飲んだお酒は心地良いものだった。意識が少し遠くなり、頭が軽くなる。自分を抑えていたものが解き放たれ、少しだけ自由になれる。今までに経験したことのない感覚に、心が解きほぐされる感覚だった。  お酒を飲むことで、コミュニケーションが活発になった。本音もたくさん語り合えた。お酒に出会えたからこそ、絆を深めることのできた人も多くいる。最高のツールに出会えたかもしれな

          全部お酒のせいだ

          言葉のぬくもり

           子どもの頃、私はピアノを習っていた。自分が奏でたものが「音楽」という形になって自分の耳に届く快感が好きで、暇さえあればピアノを弾いていたものだ。  ただ、あまり上手くはなかった。だから、いつもいつも親や親戚から「下手だな」とか「また失敗しちゃったね」なんて言われ続けてきた。言われる度に、「そんなの自分が一番よくわかってるのに」なんて思って悲しくなった。  いつしか、人前でピアノを弾くことに怯えている自分がいた。知らず知らずの間に、親や親戚からの言葉が私の心に深く刺さって

          言葉のぬくもり

          下書きばかりが溜まっていく

           何を書こうか迷い、ふと下書きを見た。すると、公開されることなく埋もれていた下書きが、山のように出てきた。成仏させてあげられない文章がこんなにもあるなんて、自分が情けなくて仕方がない。  下書きの分だけ書きたいことがあるはずなのに、私はそれを最後まで終わらせることができないでいる。しっくりくる言葉が見つからず、思うように表現できないのだ。  幾度も下書きを開いてみては、どうしても書けないなんてことを繰り返す。そうしている間にも、また新しく書きたいと思うものが出てきて、それ

          下書きばかりが溜まっていく

          「良い人」になるには犠牲が伴う

           先日、私は嫌な夢を見た。酸素は吸えているはずなのに、息が苦しかった。パニック障害で苦しんでいた頃の自分がよみがえってきて、急に怖くなった。  そんな恐ろしい夢とは、世界を震撼させるホラー映画のような夢を指すのだろうと考える人も少なくはないだろうが、実際の夢はそんな波乱に満ちたものではない。ごく平凡な日常を切り取ったような夢だ。その夢について、少しだけ話をさせてほしい。  ***  気がつくと、私は新卒の社会人になっていた。どうやら、新人研修の最中らしい。特別、就職した

          「良い人」になるには犠牲が伴う

          見えないが見える

           きらびやかで幻想的な世界が、私の目の前に広がる。だが、どうやらこの景色は他の人たちには見えていないらしい。同じ空間にいるというのに、この綺麗な世界を目にすることができないなんて、「少しかわいそうだ」とすら思えてくる。むしろ「かわいそう」なのは私のはずなのに――。    私は、いつも眼鏡を掛けている。仕事のときも、遊ぶときも、家でスマホを見ているときも、お風呂に入るときでさえ、ずっと掛けっぱなしだ。「家にいるときくらい外せばいいのに」と自分でも思うくらいだが、いかんせん見

          見えないが見える

          幸せの先を見てしまう

           思えば、あまり幸せと言える人生を送ってはこなかった気がする。父親を自殺で失い、自分は精神疾患にかかり、やっとのことで就いた正職という地位も失った。別に、不幸自慢をしたいわけではない。世の中を見渡せば、もっと悲惨な状況に置かれている人なんてたくさんいることだと思う。だが、それらの出来事は、私にとってはすべて耐えられないほどつらかった。この人生の中で、生まれてよかったなんて思ったことは一度たりともない。  それでも、人生の中で幸せだと思う瞬間は何度もあった。好きなアーティスト

          幸せの先を見てしまう