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1月23日 メディアに出ている人が本当に死ぬ時

 いかりや長介さんがお亡くなりになられたのは2004年3月のこと。頸部リンパ節癌だった。
 いかりや長介さんといえば、誰もが知る伝説的なコメディグループ『ドリフターズ』のリーダーで、また俳優としても確かな実績を持っていた。いかりや長介さんの死はメディア内外にとって衝撃的で、当時はたくさんの追悼番組が作られ、放送された。
 私も当時はドリフターズが好きで、何本も放送された追悼番組、いかりや長介さんが出演した番組を再編集したものや、『8時だよ全員集合』の再放送など、ほとんど全てのものを見ていたといってもいい。
 そうやってテレビにかじりついて、一人の人物の映像を追っていると、次第に「果たしてこの人は本当に死んだのだろうか……」という気分になっていた。癌でお亡くなりになったというが、しかし私は病気で衰弱した彼を見ていたわけではない。私が見ているのはずっと、テレビ越しに見る、元気ではつらつとしたいかりや長介さんだ。追悼番組として、若い頃に活躍していた『8時だよ全員集合』の元気な姿を見続けていると、本当にあの人はお亡くなりになったのだろうか……という奇妙な感覚になっていた。

 そんなふうに思っていた私が、ようやくいかりや長介さんがお亡くなりになった……ということを認識したのは、本当にテレビに出なくなってからだった。追悼番組も作られなくなり、バラエティなんかで座席がなく、ドラマにも出演しない。そうなったとき、とうとうあの人はお亡くなりになったんだ……ということを認識できた。

 アントン・イェルチンという俳優がいる。ハリウッド映画でも出演作があり、『アトランティスのこころ』、『15ミニッツ』、『スパイダー』……など。大作映画では『スタートレック』のパヴェル・チェコフ、『ターミネーター4』のカイル・リースなどがある。名前を知らなくても、出演作を聞くと「ああ、知っているかも」という人は多いだろう。

アントン・イェルチン Techinsight_20160622_274203_1

 そのアントン・イェルチンが死去したのは2016年6月19日。自宅での車事故だった。  車の不具合で、確かに停車したはずなのに勝手に動き出し、自宅前の坂道を滑り落ちてきてそれに挟まれて死亡したのだ。

 ところがその後、映画出演作がずーっと続いた。『グリーンルーム』、『ポルト』、『クロッシング・マインド』、『サラブレッド』……。
 『グリーンルーム』は制作年度は2015年だが、日本では2017年公開。 『サラブレッド』の日本公開は2019年。
 死後3年も経っているのに出演新作が公開され続けた。あまりにも出演作が続くので、「本当は生きているのではないか」とすら語られるほどだった。

 どういうことかというと、アントン・イェルチンは嚢胞性線維症という難病を抱えていて、間もなく演技の仕事はできなくなるかも知れない……という強迫観念を持っていたそうだ。それで来たオファーには片っ端から応える。もらった脚本にはとりあえず出演する……と仕事しまくっていたそうだった。
 そうした最中、突然の事故でこの世を去ってしまった。事故前に出演していた作品がその後完成し、世間にお披露目となる。それで、出演新作がずっと続くという状態が続いた。日本は本国公開から遅れるので、「死後何年も新作が公開され続ける」という状態になった。
 アントン・イェルチンは確かにもうお亡くなりになっているのだが、スクリーンの中ではまだ生き生きとした姿を残している。そうした姿をその後も数年間見続けることができ、それで「まだ生きているのではないか」と思われるようにすらなったわけだった。

 メディアに出ている人が本当に死ぬ時……というのはメディアに出なくなる時だ。肉体が死んでいても、その仕事をどこかに残している限りは死なない。「追悼番組」という形でも採り上げられ、作品が再放送され続けている時はまだ生きている時だ。
 しかしメディアに採り上げられなくなり、名前すら誰も上げることもなくなった時、本当に死ぬ。それがメディアに出ている人々の、宿命のようなものだ。


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