【小説】ありがとう


「ありがとう」
 ねぐらの入り口からケンさんはひょっこりと顔を出してそう言った。いつも快活でニコニコとした笑顔を絶やさない彼なのだが、なんだか今日はやけに難しそうな顔をしていた。
「いやいや、何のことですかケンさん。昨日の空き缶のことなら気にしなくていいって言ったじゃないですか」
「ありがとうな、ウッチー」
 ぼくの話を遮るようにケンさんは妙に低い声でもう一度そう言うと、ふいといなくなった。なんとなく違和感を覚えたけれど、そんなことをのんびりと考える時間はぼくにはなかった。そろそろ近くのコンビニで廃棄の弁当が捨てられる時間になる。ぼくはぼろぼろの自転車にまたがっていつものように公園を出た。

「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
 自転車で街を駆け抜けるたび、まるでマラソンの応援のようにぼくに向かってみんなが感謝の言葉をかける。おかしいな、何をしたわけじゃないのに。それにみんな、感謝してるとはとても思えないくらい、暗い顔をしている。
 コンビニに着くと、いつもは黙って弁当を置くだけのおじさんがぼくを待ち構えていた。
「コウタくん、ありがとう」
 普段はあからさまに迷惑そうに、ぼくの顔を一瞥もしないおじさんが、今日はぼくをまっすぐに見つめてみんなとおんなじセリフを吐く。
「いやいや、ぼくなんかしましたっけ? むしろぼくのほうこそいつもありがとうございます」
 こちらばっかり言われるのもなんだか癪だったから、弁当を受け取りながらぼくもそう言ってやった。おじさんの頬がピクリと動いたが、何も言わずにまた店へと戻っていく。

「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
 相変わらず街ではぼくに向けて感謝の言葉が四方八方から飛び交っていた。
 思えば、こんなに人から感謝されるのはいつぶりだろうか。
「ありがとう」
 背が一番低いってだけで、小・中とずいぶんいじめられたっけな。
「ありがとう」
 とりあえずで高校に入ったけれど、すぐに落ちこぼれて退学したっけな。
「ありがとう」
 父親のコネで地元の企業に入れてもらったはいいものの、まったく仕事ができずにすぐに辞めてしまったっけな。
「ありがとう」
 バイトを始めても続かなくて、いろいろなところを転々としたっけな。
「ありがとう」
 そうやって逃げて逃げて逃げて、いろんな人たちから蔑まれて、ぼくはここまで来てしまった。
「ありがとう」
 でも、なんだか知らないけどみんながぼくに感謝してくれている。すっかり忘れていたことだけれど、感謝されるっていうことは、こんなに人を前向きにしてくれるものだったのか。
 ぼくは自転車を停め、ふと空を見上げた。そこには雲一つない青空が広がっていた。朝日に照らされて、宇宙人様基地がピカリピカリと光っている。あれ? なんかいつもより光ってる気がするな。それになんか近づいてきているような。まあ、いっか。
 ああ、今まで下を見て生きてきたけれど、ぼくももう一回前向きに生き





「正午になりました。ニュースに先立ちまして本日のガジャベル星人様への朝貢品となられた方々の名前を読み上げさせていただきます。東京都会社員の三科雄太様、東京都会社社長の渡辺ジョナサン様、富山県中学生の内野樹里様、大阪府無職の太田喜三郎様、鳥取県会社員の諏訪原天祐様、徳島県高校生の島恭平様、福岡県無職の内田耕太様、熊本県主婦の井出美佐子様、佐賀県自営業の江頭順二様。皆さまの魂はガジャベル星人様の糧となり、わたしたちを今日も地球人類としての生を全うさせる尊い犠牲としてあります。皆さま、本当に『ありがとう』」

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