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『ワカリマセン。』

『ピンポーン』
20時頃、玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう?よっぽどな用事なのか?とわたしは何の警戒もなく玄関の扉をガラガラと半分程、開けてしまった。

そこには見知らぬ男性がいた。
男性は『わたくし◯◯(有名な会社)から委託をうけているものなのですが』と首からぶら下げた名札を見せ、自分の名前を言った。

男性は続けた。『数日後に電線の工事をするので、ちょっとお聞きしとかないといけないのですが…おうちのWi-Fiはどちらの会社のものを使っていますか?』
ん?工事…?そんな話は聞いていない。
わたしは唇に力を入れ考えた。これは、教えて大丈夫なやつなのか…?今までいろんなセールスや勧誘をうまく断れず、しつこくされたときのことを思い出した。どうしよう。
うーーーん…

『ワカリマセン。』
そしてドアをちょびっとだけ閉めた。

え、えっと…という顔をした男性が『他のご家族の方が契約されてるとか、ですかね?』と言ってきたので、わたしが無感情で『ソウデスネ。』とだけ答えるとおっと…とした顔をした男性が『それは…?どなたですか?』と聞いてきた。
『アー…ダンナデスネ。』とわたしがいうと男性が『あ、そうなんですね。では今度旦那さんがいらっしゃる時に伺いますので…旦那さんはいつ頃帰ってこられますか?』と諦めない姿勢を見せる男性に、わたしはまた唇に力を入れて考えた。
旦那は単身赴任で関西にいて、帰ってくるのは月に1、2回程度だ。そして次に帰ってくるのはまだまだ先の話。しかし、これを正直に男性に伝えるのはかなり危険だ。こんなとこでそんな話をしたらどこの誰が聞いているかわからないし、防犯上よくない。この男性はもしかしたら、セールスマンのフリをした泥棒かもしれない。わたしは恐怖を感じた。

『ワカリマセン。』
そしてまたドアをちょびっとだけ閉めた。

ええ…っとみたいな顔をした男性が『あ…帰宅時間がバラバラ、みたいなことですかね?』と言ってきたので『ソウデスネ。』と、てきとうに答えた。男性が焦っているのかヒューっと風が吹いた瞬間に男性の汗の匂いのような体臭が香って、わたしはバレないようにドアをまたちょびっとだけ閉めた。
男性は負けじと家の前に停めているわたしの車のほうを向き『あ!じゃあ、車がもう一台停まっていたら旦那さんが帰ってきてるということでしょうか?!』と聞いてきた。

わたしはまた考えた。色々知られると危ない。娘と2人暮らしということは絶対に…バレてはいけない…。

『ワカリマセン。』
そしてまた扉をちょびっと閉めた。

どんどん閉まっていく扉にどんどん焦っていく男性。『え…旦那さんは車通勤じゃないってことですか…?』『ソウデスネ。』『あ…じゃあ…電車とかバスとか…?自転車とか…ですか…?』

防犯ダイジ

『ワカリマセン。』
また扉をちょびっと閉めた

『わ…わから…ない…?!』
数センチしか開いてない扉。自分の旦那がどうやって仕事から帰ってくるのかわからないと言われてしまった男性の表情はもうわからない。

『あ…じゃあ…また来ます』と言い、二度と来なかった男性がほんとは怪しい人じゃなかったのか、今もワカリマセン。

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