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【小説】回想、あるはなについて(9) 彼岸花

前作「回想、あるはなについて(8)梅」の続きです。これで完結となります。

「不完全なワンダーランド」にでてくる妖怪はなの過去話。
一女がいなくなった後も時は進む。はなは彼女が約束を果たしてくれるのを待ち続けていた。

第一話はこちら

今回の話は「不完全なワンダーランド」を読んでいたほうが分かりやすいですが、春香=夢魔と仲良くなった女の子、夢魔=すったもんだあった末に春香と交流をもち続けている悪夢をみせる悪魔ということだけおさえてくれれば大丈夫です。

あれから何年も、何十年も、いや百年以上も月日が経った。この国は目まぐるしく変わり、将軍が廃され、西の国々の文化が流れ込み、戦争を起こし、瓦礫の山から立ち上がり、激動の時代を超え、今は太平の世である。
それに伴い妖怪たちの世界も変化した。人間たちは闇を恐れなくなり、人ならざる者たちは隅に追いやられ、ひっそりと暮らすようになった。

それにより今まで暗黙の了解であった人への干渉の規律は厳しくなり、神隠しなどはとんと聞かなくなった。ただ、はなは未だに人間と仲良くしていたし、他の者たちも正体を隠して人間たちと付き合っている。

変化し続ける環境の中で、淘汰された者たちもいれば、新たに生まれた者たちもいた。人間たちがいる限り妖怪たちは滅びないのだから、まだまだしぶとく生き残っていくであろう。

「ゆりちゃん、なに読んでいるの?」
「これ? はなことばずかんっていうの! はなちゃんも読む?」
「いいの? ありがとう」

柔らかな髪を彩るピンクのリボンが春風に揺れている。公園で仲良くなったゆりちゃんは花好きだ。最近は花言葉というものにはまっているらしい。

「ゆりちゃんはなにがすき?」
「わたしはね、この花がすき!」

ふくふくとした指が指し示したのは花の王とも呼ばれるきらびやかな花。茨をもつこの花はまさに王と呼ぶにふさわしい気品を兼ね備えていた。

「いつかね、王子さまがこの花束をもってわたしをむかえに来てくれるのをまっているの!」
「ゆりちゃんはかわいいから、きっと素敵な王子さまが来てくれるね」

夢見る少女に笑いかける。幼さ故の純粋さは見ていて微笑ましい。

「はなちゃんはなにがすき?」

問われてふとあの花のことを思い出した。天に向かって咲くあの赤い花を。

「うーん、ちょっと見てもいい?」
「いいよ」

パラパラとページをめくっていく。

「えーっと、ひ、ひだから……ここか」

幸いなことに例の花も載っていた。はなは目を通していく。

「情熱、諦め、悲しい思い出ね……」

やはり墓地に植えられてきただけあって暗い言葉が多いな、なんて考えていたはなは最後の一文を見て固まった。

「はなちゃん、どうしたの? どこかいたいの?」

声をかけられて視線を移すと、不安気にゆりが見上げていた。

「え、ううん。痛くないよ。どうして?」
「だってはなちゃんないてる」

指摘されて初めて、熱いものが頬を伝っていることに気がついた。

「あっ、違うの。これはちょっと嬉しいというか、驚いただけだから。大丈夫だよ、ごめんね」
「ほんとうにだいじょうぶ?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

まだ気遣う色が残る幼い彼女を安心させるように、優しく頭を撫でてはなは微笑んだ。

「はなちゃんはこの花がすきなの?」
「うん、大好きよ!」

はなは真夏の太陽のような笑顔を咲かせた。
最後の一文に書かれていたのは、また会える日を楽しみに。

「本当にいっちゃんには敵わないね」

青い空に太陽はさんさんと輝いていた。


「はな様、もうそろそろ行かなければ、春香様との約束の時間に遅れてしまいます」

落ち着いた影の声に意識が戻ってきた。

「それもそうね、行こうか」

愛おしき赤い花を名残惜し気にくすぐって、はなは立ち上がった。

「影、よろしく」
「お任せください」

影が作った扉を開けて、はなは出口を目指す。出た先は春香の家の近くの公園だ。まだ夏の蒸し暑さが残る公園は小学生すらも来ていない。
遠くで微かに下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いている。はなはブランコに腰掛けて、ぎぃこ、ぎぃこと漕いだ。

「まったく、夢魔も素直じゃないよね。また余計なこといって春香ちゃんを怒らせたんだって。せっかく私ががんばって春香ちゃんと会えるように、いろんなところ駆け回ってお願いしにいってあげたのにさあ」
「しょうがないでしょう。夢魔様が素直になったなんていった日には、世界中から嘘がなくなるくらい有り得ないことですからね」
「そうね。どうしようもないひねくれものだもんね」

しかし夢魔の気持ちもわからなくもない。夢魔はこれ以上踏み込むのが嫌なのだ。これ以上関わればもう後戻りはできなくなる。かつて夢魔が言ったように、いれこみすぎれば後が辛くなってしまうだろう。

――それでも。
それでも姫様に恨みをもつ妖から守りきれなかった彼らだって、彼女だって会えたことは後悔していないし、間違いだとも思わない。

初めて春香をみたとき、未知に怯えながらも、こちらを射抜く光の強さはどこか彼女に似ていた。本当に夢魔には勿体ないくらいのいい子である。

「それに私はいつだってかわいい人間たちの味方なの」

夢に閉じこもる根性曲がりより真っ直ぐな若人を応援したくなるのは世の常ではないか。

夢魔も薄々気づいているであろう気持ちは、目をそらそうとしたっていつかは無視できなくなる。のちに深く悔いるのは行動しなかったときだということは身をもって知っていた。

「今から別れを考えちゃって、あれが強欲な悪魔の一人を名のっているんだから笑っちゃうわ」
「そうですね。夢魔様には選択肢が多くありますからじっくり考えればよいのですが、如何せん恋は人を盲目にすると言いますからね」
「もう、本当に世話のやける悪魔だこと」

頬を膨らませて、はなは愚痴をこぼした。

「はな様に世話を焼かれるなんて、夢魔様も相当だったんですね。もう少しまともな方かと思っていましたよ」
「ちょっとなによその言い方!?」
「いえ何も」

キィーとかみつくと影は小馬鹿にしたように笑った。

「まったくとんだ影だわ」

ぶつくさと言っていると、懐かしい彼女の声が聞こえた気がした。

「はな」
「うーん、さっきまでいっちゃんのこと思い出していたからか、いっちゃんの声が聞こえた気がする」

そんなわけないかと、地を蹴って大きくブランコをたわませる。青い空には雲一つない。

「はな、聞いてます?」

更に声が鮮明になった気がした。ついに幻聴まで聞こえるようになったのか。そこまで歳くっているはずじゃないのだけど。

「はな様、上ばかり見ていないで前を向いたほうがよろしいのでは?」

鎖を掴まれブランコは大きく揺れて止まった。つんのめりそうになったはなは影を睨みつける。

「ちょっと、危ないじゃない! いきなり止めないでよ。これで私が転んだらどうするつもりなの?」
「はな様、だから前をご覧ください」
「はあ? 前?」

訝しみながら顔を向ける。その姿を見た瞬間、はなの体が硬直した。記憶の彼女よりもずっと小柄で、その背にはランドセルを背負ってはいるが、その姿はまさしく――

頭が認識するより早く、体は動いていた。

「ねえ、はな。約束果たしに来ましたよ。あなたに会いに」

飛び込んできたはなをしっかりと抱きしめて、彼女は笑った。はなも大きく息を吸いこんで口を開く。

「私も会えて嬉しいわ、」

大好きな彼女の名前を言うために。

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