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【ショートショート】AIアンジャッシュ

略称って意外といろんなものを指すので使うときは要注意。

 街中でばったり中学の同級生に出くわした。彼は実家の酪農家を継いだので、なかなか会う時間がとれなかったのだが、まさかこんな場所で会うとは。思わぬ偶然に気分が高揚する。

「本当に久しぶりだな。最後に会ったのいつだ?」
「成人式の同窓会ぶりじゃないのか。俺の職業はどうしても時間が固定されるからなあ」

 顎をさすりながら彼は言った。動物を相手にする分、やはり時間に制限がかかってしまうらしい。

「まあ会えてよかったよ。ここじゃなんだし、そこのカフェにでも入ってちょっと話でもしようぜ」

 中学のときは割とつるんでいたほうだ。積もる話も多くあったし、彼の近況も聞きたかった。

「そうだな。そうしよう」

 二人は連れ立ってカフェへと入った。


「そういや最近AIが何かと話題だよな。お前も知っているかAI」
「知っているに決まってんだろ。お前馬鹿にしてんのか」
「悪い悪い。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」

 両手を上げて悪意がないことを示す。彼は鼻を鳴らした。

「そもそもな、俺たちの業界じゃAIなんてもうずいぶん前から取り入れているんだぜ」
「え、そうなのか?」

 彼は大きく頷いた。正直男は驚いていた。既に畜産分野でAIが導入されているとは。しかも彼の言う通りならばかなり昔からだと言う。
 いや考えてみればAIは医療や農業にも用いられているというニュースを耳にした気がする。農業で広く使われているのならば彼の分野で利用されているのも当然かもしれない。

「もうなくてはならない代物だな。あれを利用しない農家なんていないんじゃないのか」
「じゃあお前も利用したことがあるんだな」
「当たり前だろ。まあ専門的な知識が必要だから資格とらなきゃいけないけどな。俺は取っていないから人に任せっきりだ」

 彼は大口をあけて笑う。

「そんなに扱いが難しいのか。大変だな」

 今や一般人でも使えるようになったAIだが、どうも彼の業界では資格持ちしかできないようだ。まだこちらでは産声を上げたばかりだというのに彼の世界では既に規則を定めるところまでいっているのは意外だった。
 だが実際AIが普及し始めてから仕事が奪われるだとか、著作権がどうのとかさまざまなところで争いが勃発し、ネガティブな意見もちらほら聞こえてくる。
 あいにく自分の職種はAIと共存できそうなのでまだ敵視せずに済んでいるが、世界は目まぐるしく変わっている。決して他人事ではなかった。
 そう思えば余計な火種を起こす前に事前にルールを決めておくのは良い方法かもしれない。
 彼は頬をかきながら答えた。

「経営に直結するものだからなあ。ちゃんと技術もっている人じゃなきゃやれない仕事だよやっぱり」
「俺たちも見習うべきかもな。一部じゃAI利用禁止しているところもあるらしいし」
「り、利用禁止!? お前いつ馬業界に転職したんだ?」

 なぜだか彼は目をむいて、身を乗り出した。

「? いや俺は馬には関わっていないが……」

 なぜ馬? 首を捻ると彼は視線を彷徨わせながら腰を下ろした。

「そ、そうか。まあでもやっぱり命に関わることだしな。慎重になるよな」
「命!?」

 今度はこちらが腰を浮かす番だった。AIで命がとられることもあるのか? いやAIに職を脅かされている人は自分の食い扶持がなくなるわけだから死活問題と言ってもいいのか……。
 男は一度咳払いをした。

「ま、まあともかくだ。デメリットもあるけどさ、AIのおかげで便利になったこともたくさんあるよな。人だと何日もかかることを一瞬でやってくれるし」
「? まあたしかに手間は減るな。経費も削減できるし」
「だよな。そこがAIのいいところだよ。まだまだ間違いも多いけどさ」
「それはどうしようもないだろ。どうしたって出てしまうさ。人間だからな」
「? いやAIの話だろ?」
「ああ、AIの話だぞ」

 彼はきょとんとした顔を浮かべている。やっぱりコイツAIのことわかっていないんじゃないのか。だが馬鹿正直に指摘してせっかくの再会を気まずくしたくはない。男はひとまず流すことにした。

「にしてもすごいよなAIって。どんどん進化していくし」
「ああ。AI技術が進化したおかげで今じゃ生まれる前から雌雄判別もできるようになったんだぜ」
「そうなのか? それはすごいな」

 AIが過去のデータを分析することで、このような兆候が出たら雌だとか雄だとか判断してくれるのか。AI恐るべし。

「本当にいろんなところで活躍してるんだなAI。今や企業から個人でも手軽にやれるようになったし」
「個人で? まあ今は不妊治療も進んでいるしな……。そんなもんか」

 なぜ今不妊治療? 彼の受け答えが引っかかったが、特に追求せず男は続けた。

「ああ。今や絵を描くこともできるようになったんだぜ!」
「絵描きだって!? お前命をなんだと思っているんだ!」

 彼は突然立ち上がった。瞳には怒りの炎を燃やしている。静かな店内に響き渡った怒声は周囲から音を消した。代わりに冷たい視線が一斉に突き刺さる。慌てて男は周りの客に目で謝罪し、彼に座るよう促した。

「いやお前が絵師に対してそこまで敬意をはらっているのは知らなかった。気分を悪くさせたんならごめんな。でも大丈夫だぞ。やっぱり神は細部に宿るっていうしな。本職には敵わないと思うぜ?」
「そんなことを言っているんじゃない。そもそもなんでAIで絵を描こうなんてとんでもないことを思いついたんだ」

 彼は全身を震わせている。よほどAI生成が気に食わなかったようだ。彼のところでは経営を支えるほど重要な技術らしいし、気軽に使われるのが許せないというか、彼なりのプライドに引っかかったのかもしれない。

「いや俺が考えたわけじゃないし。でもまあ実際賛否両論だしさ。デリケートな話題だったな。謝るよ」

 しかし彼はどうしても納得がいかないらしい。落ち着きがなくなり、とげとげしい雰囲気を隠しもしない。カップが机に叩きつけられて、ガチャンと耳障りな音が鳴った。

「そもそもなんで賛成する奴がいるんだ。頭おかしいんじゃないのか」

 そんなにもAI絵師反対過激派だったのか。友人の新たな一面を知って喜べばいいのか悲しめばいいのか複雑な心境だ。

「じゃ、じゃあひとまず絵はおいておこう。他にも文章の生成もできるようになったんだぜ。すごいだろ?」
「文章!? お前のところでは精子や卵子で文字や絵を表すようになったのかよ」
「え、お前そんなの見たのか? ニッチだな……」

 気軽に画像や文章を創り出せるようになったおかげで、今まで絵心や文才に恵まれず、供給の少なさに指をくわえるしかなかったマイナー思考の人々が救われたという記事をみかけたことがあるが、そうか、世間は広いな……。
 だが彼は一般的な思考の持ち主だ。そんなものを不幸にも目にしてしまえば過激派に転じてしまうのも仕方がない。
 何とも言えない感情を持て余し、男は思わず宙を見つめた。彼は訝しげに眉をひそめた。

「いやお前がそう言ったんだろ?」
「いやいやそんなことは言ってないぞ」
「は? AIで絵を描くとかとんでもないこと言い出したのはお前だろうが」

 再び剣吞な空気が漂いだす。男はたまらず叫んだ。

「待て待て待て。人工知能の話だろ!?」
「何言ってんだ。人工授精の話だろ?」


追記:人工知能(Artificial Intelligence)人工授精(Artificial Insemination)
ちなみに軽種馬では人工授精は禁止。ディープインパクトなど一部の馬ばかりに人気が集中し、血統の多様性が失われることなどが理由である。

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