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70歳くらいで死ぬと思ってた。

70歳くらいで死ぬと思ってた。

最近、安楽死についてSNSが騒がしい気がして書いています。

これね、結論からいうと死を選ぶのも基本的人権だと思うのです。

先行き不透明感

うちの母がね、こんなことを言うんです。
「いつまで生きているのか先が見えないわよ」

これ元気で、とりあえず生活の不安のない年寄りのつぶやきなんです。いささかもネガティブな気分を含まないフラットで自然な現状認識。

平成、令和にお生まれになったみなさまには、
少々実感がわかないと思うのですが、
昭和というのはとても長い時代だったのです。

母は昭和ヒトケタ生まれ、つまり太平洋戦争の前に生まれ戦後の混乱期に何をどうやったのか大学を卒業するという、激動の昭和の人。

僕は昭和後期の生まれで、高度成長期も終わり社会に出たときには、バブル弾けのドサクサで甘い汁を吸おうと世の中みんなでヤケクソみたいに好き勝手していた昭和末期の人。

当たり前ですがメンタリティはかなり違います。
それでも僕たちの共通認識として「だいたい70代中頃で死ぬ」ものだと思って生きてきちゃったっていうのがあるのです。(明治生まれの祖父母はみなそれくらいで亡くなった。)

先の言葉は彼女独特のある種の達観から、うだつの上がらない息子に愚痴ったヒトコトではありますが、僕は僕で違う理由で同じことを思っています。

自分の意思で生まれてきた訳じゃないんだから、
死ぬタイミングと方法くらいは自分で決めさせてもらえないだろうか。それだけのことなんですけどね。

やりたいことはいっぱいありますけど、どのみち途中で死ぬんですから。(ジョブズの妹さんが読んだジョブズへの弔辞は素晴らしい言葉でした)

幸運なことに何者にもなれないままに、ありえないくらい楽しくて幸せな経験をいっぱいしたので、あとはどうやって死んでいくか?ということを考えているんです。

どうやって生きていくか、ではないのです。
だってわからんもの。うっかり115歳とかになっちゃたらどうしよう… こういうのってけっこう恐怖ですよ。

オレはいったいいつまで生きてんだ?
無期懲役だってほどほどのところで仮釈放みえてくるぞ。

そんなこんなで安楽死の法制化に取り組んで頂ける政党があればもれなく1票を投じますのでひとつよろしくお願いします。

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