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「金欠ボーイズ 笑いごとじゃない」12話


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【12話 ジャパニーズベリベリフェイマス肥溜め】


   そこへ宇田川とナナがいがみ合いながら戻ってくる。

宇田川 そんなに気に入らないならキャンセルすればいい。当日だと返金できませんがね。

ナナ 部屋に文句はない。あなたに文句がある。

宇田川 何がいけないんだ。私はただお客をもてなそうとしてるだけだ。

ナナ 「オタクはツイッターできる?」「オタクは日本食たべられる?」「オタクはバスの乗り方分かる?」。オタクに対する当てつけか!

宇田川 言ってる意味が全然分からん。そっちこそ最初からケンカ腰じゃないか。アメリカ人ってのはみんなこうなのか?

ナナ ホワット? レイシスト!

宇田川 は?

ナナ 差別主義者ってこと! 外国人に対する偏見、捨てた方がいいよ。オタク文化に対する偏見も!

宇田川 そんな話、誰もしてないぞ!

ナナ とにかく、部屋には泊まる。ただし、もうあなたの顔は見たくない。

宇田川 けっこう。やり取りはネット上だけ。

ナナ ファイン。

宇田川 それこそ現代社会だ。では、宿泊後はツイッターやフェイスブックで「とっても快適だった。みんなも日本に来たら絶対ここに泊まって!」と呟いてもらうということで。

ナナ ファイン。……待て待て待て! 誰が呟くか!

我孫子 アメリカ人にしとくにはもったいないツッコミだな。

宇田川 頭のおかしいヤンキー娘が。

ナナ ホワット!

我孫子 ちょっと落ち着いて。ね、ほら。(宇田川を脇に連れて行き)やっぱり日本に来る外人なんてろくでもない連中ばかりなんすよ。

宇田川 日系でこれじゃ黒人だのヒスパニックだのなんて考えられんぞ。

我孫子 (合わせて)まぁ、中国人や韓国人も無理でしょうね。

宇田川 論外だ、論外!

我孫子 今からでも遅くない。民泊なんてやめたらどうです?

宇田川 ふん、ガイジンがくそったれのすっとこどっこいだというのと、商売になるかどうかは別の話だ。

我孫子 ……あんたもよっぽどだな。(切り替えて)それなら、ネットでいい評判をアップしてもらうにこしたことはないわけだ。

宇田川 いくらか握らせてでもな。

我孫子 おれにいいアイデアがあります。

宇田川 え?

我孫子 ここには、他にはない観光スポットがある。

宇田川 観光スポット?

我孫子 裏の畑に。

宇田川 なんのことだ。

ナナ こそこそ話さない!

我孫子 (ナナに)ナナ、ユーノウジャパニーズ肥溜め?

ナナ ホワット? コエダメ? 何それ。

宇田川 肥溜め?

我孫子 肥溜めイズ肥溜め。ジャパニーズ、伝統的な、ベリベリフェイマス、トラディショナルカルチャー。農業の、アグリ……(単語が出ない)。JAイズベリビューティフル。日本に来たらこれ見とくべきってやつ。ていうか、普通まず見れない、超貴重なやつ。

ナナ マジ?

我孫子 イエスイエス! 今日は特別に見られるかも。ねぇ大家さん?

宇田川 肥溜めを?

我孫子 見れますよね?

宇田川 そりゃまぁ……。

我孫子 民泊利用のお客さんは、オプションで無料です。(宇田川に)ね?

宇田川 いくら私でも、あれを見せて金を取るというのは……。

我孫子 (ナナに)オッケー出ました!

ナナ ワオ!

我孫子 じゃ、その前にちょっと注意点を。(ナナを脇に連れて行き)肥溜めっていうのは、一種の、なんていうか、体験型イベントで。

ナナ 体験型。

我孫子 見るだけじゃなくて参加するってこと。肥溜めっていうのは、地面にこれくらいの穴があって、そこに野菜を育てるための、まぁ企業秘密の色々な肥料が溜まってるんだけど。あれこれ混ざった臭いがね、ちょっときつくて。

ナナ アーハー。

我孫子 そこに誰かを突き落として、みんなでわーっと盛り上がる。

ナナ (やや微妙な顔)わお。リアリィ?

我孫子 マジマジ。背中どーんと押して、突き落としちゃうの。思いっきり。

ナナ (いい気がしてくる)サウンズグッド。いいかも。

我孫子 大家が肥溜め見せるでしょ。で、「絶対押すなよ!」って言うから。そしたら?

ナナ 押さない?

我孫子 最初は。でも「絶対押すなよ!」って三回言ったら、それは押せって意味だから。

ナナ 押すなって言ってても、押す?

我孫子 イグザクトリ。その通り。三回押すなは、押せの意味。絶対押すなよ、絶対押すなよ、絶対押すなよ。(そしたら)押す。

ナナ 日本語、そういうとこ難しいからな。絶対押すなよ、絶対押すなよ、絶対押すなよ。押す。

我孫子 ザッツイット! それが日本の肥溜め文化。

ナナ アイガリ(I got it)。

我孫子 よし。(今度は宇田川を隅に連れて行き)彼女にはふざけて押したりしないようよく言っておきました。肥溜めに落ちたりしたら危ないですから。

宇田川 あんなところに落ちたら大変だよ!

我孫子 ええ。でも彼女はあっぱらぱーの外人娘です。肥溜めがどれくらい危険なのか分かってない。

宇田川 分かるわけがない。

我孫子 肥溜めのところに行ったら改めて注意してください。

宇田川 注意?

我孫子 「絶対押すなよ!」って言わないとダメです。

宇田川 絶対押すなよ?

我孫子 もし後ろから押されたらどうします。落ちますよ。

宇田川 ダメダメ、絶対ダメ!。

我孫子 それなら言ってください。「絶対押すよなよ!」

宇田川 (復唱して)「絶対押すなよ!」。でも、本当にあんなものが見たいか?

我孫子 もちろん! 日本独自の文化だ。うまくすれば、それ目当ての民泊客が殺到するかもしれない。

宇田川 ……やって損はないか。

我孫子 いいすか、相手は何も知らない外人だ。念を押して言ってください。「絶対押すなよ!」最低でも三回。

宇田川 最低でも三回。絶対押すなよ、絶対押すなよ、絶対……。ちょっと待った。どこかで聞いたことがあるような。

我孫子 気のせいです。さ、案内してあげてください。

宇田川 あぁ。(ナナに、なるべく愛想よくして)では、気を取り直しまして。ナナさん、こちらへどうぞ。アイウィルショウユー肥溜め。

ナナ オーケー。

我孫子 (ナナに)「絶対押すなよ!」

ナナ (我孫子に)スリータイムズ(と指を三本出してウィンク)。

宇田川はナナを伴って下手より出て行く。

   入れ違いに、平山が古い電球を持って戻ってくる。



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いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。