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夜の惑星【R18】#6(最終話)

#5

*20字で改行しています

○街(夕方)
  千秋が歩いている。
声「千秋センセ」
  振り返ると、路肩に停まった塗装業のバ
  ンの傍らに、作業着姿の宗太郎がいる。
千秋「平山くん」
  宗太郎、にこりと笑う。

○大衆酒場・店内
  千秋と宗太郎、飲んでいる。
  宗太郎、ぐいぐい飲む。
千秋「飲み過ぎじゃない?」
宗太郎「だって仕事つまんないんだもん。夢
 もチボーもありませんよ」
千秋「チボー」
宗太郎「おれさぁ、まだ忘れらんないんだよ
 ね、咲子のこと。千秋センセにもいる? 
 忘れられない男とか」
千秋「……」
宗太郎「……いつかはゴメン」
  千秋、首を振る。
宗太郎「おれ、謝ります(と頭を下げる
 る)」
千秋「いいから」
  宗太郎、千秋の表情を伺い見て、うなず
  く。
宗太郎「どうしてアイツなのかな」
  千秋は千秋で、ぼんやりと掛井のことを
  思い出している。
宗太郎「たまに、自分がどこにいるんだか分
 からなくなるときってない?」
千秋「どういうこと?」
宗太郎「自分の中身がぽかーんと全部抜けち
 ゃうみたいな感じ。おれって本当にここに
 いるんだっけみたいな気がすること、とき
 どきあるんだよね。夢だか現実だか分から
 ないみたいな」
千秋「……(分かるような気もする)」

○街(夜)
  飲食店の並ぶ通り。
  千秋と宗太郎が歩いている。
宗太郎「アイツん家でも行ってみようかな」
  冗談交じりに言う宗太郎。
千秋「やめときなさいよ」
 千秋、何かを見つけて立ち止まる。
  杜崎が見知らぬ若い女と歩いている。二
  人、バーに入っていく。
千秋「!」
宗太郎「どうしたの?」
  千秋、何でもないと首を振る。
千秋「ね、やっぱり行ってみれば」
宗太郎「え? でも今――」
千秋「いいから」
  宗太郎、笑う。
宗太郎「じゃ行ってみるわ。センセ、また飲
 もうよ」
  千秋、うなずく。

○大きな池のある公園
  成美が池のほとりの大きな木の前に立っ
  ている。
  成美は女の子(悠・4才)を連れてい
  る。髪の長い、無口な子である。

○敷地内の甘味処・お座敷
  千秋と成美、くつろいでいる。
  悠、成美の傍らに大人しく座っている。
  テーブルには団子と甘酒が出ている。
成美「どうしてるかと思ってた」
千秋「ゴメン」
成美「ツレないのね」
千秋「そうでもないんだけど」
成美「そうよ」
千秋「(悠のこと)大人しいね」
成美「まだ喋れないの」
千秋「(耳を疑うように)え?」
成美「変でしょ」
  千秋が見ると、悠はじっと見返す。
  成美、窓から池を見る。
成美「昔、ここで誰かが溺れ死んだんだっ
 て。知ってた?」
千秋「?」
成美「明治だか大正だか」
千秋「あぁ。どうして?」
成美「失恋して身を投げたの。バカよね」
千秋「そうなんだ」
成美「もう、こんな浅い池じゃ死ねないね」
千秋「浅いの?」
成美「浅いでしょ」
  成美、ふいに千秋に向く。
成美「あなた、誰のこと考えてるの?」
千秋「……」
成美「ねぇ、教えなさいよ」
千秋「……(背筋が凍る思いがする)」

○千秋の部屋・寝室(夜)
  千秋と杜崎、セックスしている。
  上になって自ら積極的に腰を擦りつける
  ように動く千秋。成熟しきった体が汗ば
  んでいる。
千秋「……イク」
  千秋、杜崎の体の上に倒れ込む。
千秋「もっとして」
  今度は杜崎が上になる。
  杜崎、ねちっこい動きで腰を使う。
杜崎「とろけそうになってるぞ」
  千秋、絶え間なく声を出してあえぐ。
  杜崎、腰使いが激しくなる。
千秋「あああぁあ、イク、イク!」
  千秋、シーツを掴んでまた達する。
  杜崎も後から達する。
  二人、へとへとになってベッドに寝転が
  る。
  杜崎、ティッシュを二、三枚取って千秋
  に渡す。
杜崎「なんかすごかったな」
千秋「ねぇ、もし私に他に好きな人がいたら
 どうする?」
杜崎「え?」
千秋「私は本当はずっとその人といるの」
  杜崎、意味がよく分からない。
  千秋、そのまま目を閉じる。

○携帯がけたたましく鳴る
  深夜、千秋の携帯が鳴る。
  千秋、ベッドから抜け出て隣室へ行く。
千秋「もしもし」
掛井の声「遅い時間にゴメン」
千秋「どうしたの? 何かあった?」
掛井の声「会いたい、もう一度」
千秋「え?」
掛井の声「今度で最後だから」
千秋「でも……」
掛井の声「明日の夕方、駅前で待ってる」
  掛井、強引に約束を取りつけると電話を
  切る。
千秋「あ……」

○駅前ロータリー(夕方)
  千秋、ぽつんと立っている。
  電車が過ぎてゆく。
  千秋、携帯で掛井に電話をかける。
千秋「……(応答を待つ)」
 「ただいま電話に出ることができません」
  と留守電の応答。

○千秋の部屋・寝室(深夜)
  千秋、寝つけないでいる。
  隣の杜崎は深い眠りの中である。
  千秋、サイドテーブルの携帯をじっと見
  ている。と、携帯が着信を受けてがたが
  た揺れる。
  千秋、慌てて携帯を取りベッドから出
  る。

○同・ベランダ(深夜)
  千秋、そっとベランダに出る。
  携帯を耳に当てる。
千秋「今日、どうしたの?」
掛井の声「ごめん。急に用事入っちゃって」
千秋「だからって連絡くらい――」
掛井の声「もう一回仕切り直そう。明日の夕
 方、また同じ場所で」
千秋「私にだって予定があるんだから――」
掛井の声「明日なら絶対大丈夫だから」
千秋「でも」
掛井の声「どうしても会いたいんだ」
千秋「……」

○同・寝室(深夜)
  ベッドに戻る千秋。
  杜崎、ぼんやり目覚める。
杜崎「どうした?」
千秋「ちょっとトイレ」
  杜崎、再び眠りに落ちる。

○駅前ロータリー(夕方)
  千秋、ぽつんと立っている。
  電車が過ぎていく。
  千秋、携帯で掛井に電話をかける。
千秋「……(応答を待つ)」
 「ただいま電話に出ることができません」
  と留守電の応答。
  千秋、電話を切ってため息。

○千秋の部屋(夜)
  千秋と杜崎、食事をしている。
杜崎「最近よく寝言言ってないか?」
千秋「え?」
杜崎「何回か起こされたから」
千秋「言ってないと思うけど……」

○携帯が着信を受けて光る
  深夜の千秋の部屋。
  サイドテーブルの上でがたがた揺れる携
  帯。

○千秋の部屋・ベランダ(深夜)
  千秋、声を抑えて電話している。
千秋「約束しておいてどういうつもり? も
 う行かないから。もしもし?」
  応答がない。
千秋「もしもし? からかってるの? もう
 やめようよ、こんなこと」
  応答がない。
  千秋、何かおかしいと思いはじめる。
千秋「掛井くん?」
声「誰ですか?」
  どこか不気味な男の声。
千秋「?」
声「あんた、誰?」
  千秋、携帯を確かめる。相手は掛井と表
  示されている。
千秋「誰なの?」
声「……」
千秋「……」

○千秋の部屋・寝室(深夜)
  千秋、はっと目覚める。
  息が荒く、悪い夢を見ていたような心
  地。
  窓が開いていて、カーテンが風に揺れて
  いる。
  千秋、ベッドから出て窓を閉める。
  ふと手を止め、深夜の家並みを見る。
  ベッドの杜崎が低くうなる。
千秋「私、散歩したくなっちゃった」
  振り返ると、杜崎はうつ伏せに寝てい
  る。
千秋「……(何か違和感を覚える)」
  杜崎の寝間着の裾がめくれ、背中が出
  ている。
  千秋、そっと寝間着をめくってみる。
  そこにあるはずの火傷の跡がない。
千秋「!」
  後ずさりする千秋、向こうをむいて寝て
  いる男が誰なのか分からない。

○住宅街(深夜)
  千秋、寝間着に一枚羽織って歩いてい
  る。
  辺りは静まり返っている。

○あるアパート・表(深夜)
  千秋が通りかかる。
  壁越しに若い男女数人の騒ぎ声が聞こえ
  る。
  千秋、興味を引かれて近づく。
  すると、声はふっと掻き消えてしまう。
  柵の隙間から覗こうとすると、部屋の灯
  りも落ちる。
千秋「……」
  どこかで風鈴が一鳴りする。
  それを最後に静寂が訪れる。
  千秋、何かを感じて振り返す。しかし、
  そこにはただ誰もいない風景があるだけ
  である。
千秋「……」
  千秋の横顔にふっと絶望がよぎる。

○大きな池のある公園(未明)
  成美が池のほとりの大きな木の前に立っ
  ている。
  成美は悠と手をつないでいる。
成美「あなた、誰のこと考えてるの?」

○住宅街(未明)
  静寂の中をさまよい歩く千秋。
  口の中で何かつぶやいているが、聞き取
  ることはできない。

○朝もやの校庭(未明)
  誰もいない校庭。
  かつて千秋が勤めた高校である。
  どこかから、かすかにチャイムが鳴るの
  が聞こえる。

○校舎裏に広がる雑木林(未明)
  千秋、朝もやの中をさまよい歩く。



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