夜の惑星【R18】#6(最終話)
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○街(夕方)
千秋が歩いている。
声「千秋センセ」
振り返ると、路肩に停まった塗装業のバ
ンの傍らに、作業着姿の宗太郎がいる。
千秋「平山くん」
宗太郎、にこりと笑う。
○大衆酒場・店内
千秋と宗太郎、飲んでいる。
宗太郎、ぐいぐい飲む。
千秋「飲み過ぎじゃない?」
宗太郎「だって仕事つまんないんだもん。夢
もチボーもありませんよ」
千秋「チボー」
宗太郎「おれさぁ、まだ忘れらんないんだよ
ね、咲子のこと。千秋センセにもいる?
忘れられない男とか」
千秋「……」
宗太郎「……いつかはゴメン」
千秋、首を振る。
宗太郎「おれ、謝ります(と頭を下げる
る)」
千秋「いいから」
宗太郎、千秋の表情を伺い見て、うなず
く。
宗太郎「どうしてアイツなのかな」
千秋は千秋で、ぼんやりと掛井のことを
思い出している。
宗太郎「たまに、自分がどこにいるんだか分
からなくなるときってない?」
千秋「どういうこと?」
宗太郎「自分の中身がぽかーんと全部抜けち
ゃうみたいな感じ。おれって本当にここに
いるんだっけみたいな気がすること、とき
どきあるんだよね。夢だか現実だか分から
ないみたいな」
千秋「……(分かるような気もする)」
○街(夜)
飲食店の並ぶ通り。
千秋と宗太郎が歩いている。
宗太郎「アイツん家でも行ってみようかな」
冗談交じりに言う宗太郎。
千秋「やめときなさいよ」
千秋、何かを見つけて立ち止まる。
杜崎が見知らぬ若い女と歩いている。二
人、バーに入っていく。
千秋「!」
宗太郎「どうしたの?」
千秋、何でもないと首を振る。
千秋「ね、やっぱり行ってみれば」
宗太郎「え? でも今――」
千秋「いいから」
宗太郎、笑う。
宗太郎「じゃ行ってみるわ。センセ、また飲
もうよ」
千秋、うなずく。
○大きな池のある公園
成美が池のほとりの大きな木の前に立っ
ている。
成美は女の子(悠・4才)を連れてい
る。髪の長い、無口な子である。
○敷地内の甘味処・お座敷
千秋と成美、くつろいでいる。
悠、成美の傍らに大人しく座っている。
テーブルには団子と甘酒が出ている。
成美「どうしてるかと思ってた」
千秋「ゴメン」
成美「ツレないのね」
千秋「そうでもないんだけど」
成美「そうよ」
千秋「(悠のこと)大人しいね」
成美「まだ喋れないの」
千秋「(耳を疑うように)え?」
成美「変でしょ」
千秋が見ると、悠はじっと見返す。
成美、窓から池を見る。
成美「昔、ここで誰かが溺れ死んだんだっ
て。知ってた?」
千秋「?」
成美「明治だか大正だか」
千秋「あぁ。どうして?」
成美「失恋して身を投げたの。バカよね」
千秋「そうなんだ」
成美「もう、こんな浅い池じゃ死ねないね」
千秋「浅いの?」
成美「浅いでしょ」
成美、ふいに千秋に向く。
成美「あなた、誰のこと考えてるの?」
千秋「……」
成美「ねぇ、教えなさいよ」
千秋「……(背筋が凍る思いがする)」
○千秋の部屋・寝室(夜)
千秋と杜崎、セックスしている。
上になって自ら積極的に腰を擦りつける
ように動く千秋。成熟しきった体が汗ば
んでいる。
千秋「……イク」
千秋、杜崎の体の上に倒れ込む。
千秋「もっとして」
今度は杜崎が上になる。
杜崎、ねちっこい動きで腰を使う。
杜崎「とろけそうになってるぞ」
千秋、絶え間なく声を出してあえぐ。
杜崎、腰使いが激しくなる。
千秋「あああぁあ、イク、イク!」
千秋、シーツを掴んでまた達する。
杜崎も後から達する。
二人、へとへとになってベッドに寝転が
る。
杜崎、ティッシュを二、三枚取って千秋
に渡す。
杜崎「なんかすごかったな」
千秋「ねぇ、もし私に他に好きな人がいたら
どうする?」
杜崎「え?」
千秋「私は本当はずっとその人といるの」
杜崎、意味がよく分からない。
千秋、そのまま目を閉じる。
○携帯がけたたましく鳴る
深夜、千秋の携帯が鳴る。
千秋、ベッドから抜け出て隣室へ行く。
千秋「もしもし」
掛井の声「遅い時間にゴメン」
千秋「どうしたの? 何かあった?」
掛井の声「会いたい、もう一度」
千秋「え?」
掛井の声「今度で最後だから」
千秋「でも……」
掛井の声「明日の夕方、駅前で待ってる」
掛井、強引に約束を取りつけると電話を
切る。
千秋「あ……」
○駅前ロータリー(夕方)
千秋、ぽつんと立っている。
電車が過ぎてゆく。
千秋、携帯で掛井に電話をかける。
千秋「……(応答を待つ)」
「ただいま電話に出ることができません」
と留守電の応答。
○千秋の部屋・寝室(深夜)
千秋、寝つけないでいる。
隣の杜崎は深い眠りの中である。
千秋、サイドテーブルの携帯をじっと見
ている。と、携帯が着信を受けてがたが
た揺れる。
千秋、慌てて携帯を取りベッドから出
る。
○同・ベランダ(深夜)
千秋、そっとベランダに出る。
携帯を耳に当てる。
千秋「今日、どうしたの?」
掛井の声「ごめん。急に用事入っちゃって」
千秋「だからって連絡くらい――」
掛井の声「もう一回仕切り直そう。明日の夕
方、また同じ場所で」
千秋「私にだって予定があるんだから――」
掛井の声「明日なら絶対大丈夫だから」
千秋「でも」
掛井の声「どうしても会いたいんだ」
千秋「……」
○同・寝室(深夜)
ベッドに戻る千秋。
杜崎、ぼんやり目覚める。
杜崎「どうした?」
千秋「ちょっとトイレ」
杜崎、再び眠りに落ちる。
○駅前ロータリー(夕方)
千秋、ぽつんと立っている。
電車が過ぎていく。
千秋、携帯で掛井に電話をかける。
千秋「……(応答を待つ)」
「ただいま電話に出ることができません」
と留守電の応答。
千秋、電話を切ってため息。
○千秋の部屋(夜)
千秋と杜崎、食事をしている。
杜崎「最近よく寝言言ってないか?」
千秋「え?」
杜崎「何回か起こされたから」
千秋「言ってないと思うけど……」
○携帯が着信を受けて光る
深夜の千秋の部屋。
サイドテーブルの上でがたがた揺れる携
帯。
○千秋の部屋・ベランダ(深夜)
千秋、声を抑えて電話している。
千秋「約束しておいてどういうつもり? も
う行かないから。もしもし?」
応答がない。
千秋「もしもし? からかってるの? もう
やめようよ、こんなこと」
応答がない。
千秋、何かおかしいと思いはじめる。
千秋「掛井くん?」
声「誰ですか?」
どこか不気味な男の声。
千秋「?」
声「あんた、誰?」
千秋、携帯を確かめる。相手は掛井と表
示されている。
千秋「誰なの?」
声「……」
千秋「……」
○千秋の部屋・寝室(深夜)
千秋、はっと目覚める。
息が荒く、悪い夢を見ていたような心
地。
窓が開いていて、カーテンが風に揺れて
いる。
千秋、ベッドから出て窓を閉める。
ふと手を止め、深夜の家並みを見る。
ベッドの杜崎が低くうなる。
千秋「私、散歩したくなっちゃった」
振り返ると、杜崎はうつ伏せに寝てい
る。
千秋「……(何か違和感を覚える)」
杜崎の寝間着の裾がめくれ、背中が出
ている。
千秋、そっと寝間着をめくってみる。
そこにあるはずの火傷の跡がない。
千秋「!」
後ずさりする千秋、向こうをむいて寝て
いる男が誰なのか分からない。
○住宅街(深夜)
千秋、寝間着に一枚羽織って歩いてい
る。
辺りは静まり返っている。
○あるアパート・表(深夜)
千秋が通りかかる。
壁越しに若い男女数人の騒ぎ声が聞こえ
る。
千秋、興味を引かれて近づく。
すると、声はふっと掻き消えてしまう。
柵の隙間から覗こうとすると、部屋の灯
りも落ちる。
千秋「……」
どこかで風鈴が一鳴りする。
それを最後に静寂が訪れる。
千秋、何かを感じて振り返す。しかし、
そこにはただ誰もいない風景があるだけ
である。
千秋「……」
千秋の横顔にふっと絶望がよぎる。
○大きな池のある公園(未明)
成美が池のほとりの大きな木の前に立っ
ている。
成美は悠と手をつないでいる。
成美「あなた、誰のこと考えてるの?」
○住宅街(未明)
静寂の中をさまよい歩く千秋。
口の中で何かつぶやいているが、聞き取
ることはできない。
○朝もやの校庭(未明)
誰もいない校庭。
かつて千秋が勤めた高校である。
どこかから、かすかにチャイムが鳴るの
が聞こえる。
○校舎裏に広がる雑木林(未明)
千秋、朝もやの中をさまよい歩く。
了
いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。