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「馬越峠」|伊勢と熊野のあいだで古の旅人を思う【熊野古道「伊勢路」を歩く】

中世の「紀伊路」、近世の「伊勢路」

いにしえより、よみがえりの聖地・熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる道は、大きく分けて「紀伊路」(古くは紀路)と「伊勢路」の2つのルートがあった。

大阪方面から和歌山を経て熊野へ入る道が「紀伊路」で、三重県の伊勢方面から僕のふるさと尾鷲市を通って南下する道が「伊勢路」だ。

熊野へ参るには、紀伊路と伊勢路のどれ近し、どれ遠し、広大慈悲の道なれば、紀伊路も伊勢路も遠からず。

後白河法皇が編纂した歌謡集『梁塵秘抄』に今様歌が残るように、いずれのルートも平安時代中期には存在した。

とはいえ院政期、「紀伊路」は法皇や上皇一行による熊野御幸で隆盛を見たが、彼らは「伊勢路」に縁はなく、また当時「伊勢路」を歩いたという旅人の記録も決して多くない。

どちらかといえば、雅で華やかな色彩を放つ「紀伊路」に対し、「伊勢路」は沿道住民の生活道といった趣きが強かった。

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「伊勢路」が脚光を浴びるのは江戸時代に入ってからのこと。戦国乱世が終焉を迎え、“元和偃武”という泰平の世の到来とともに“伊勢参り”が大流行したことによる。

江戸時代、全国津々浦々から伊勢を目指して旅人たちがやってきた。彼らの大半は、参宮後、田丸という地域から比較的平坦な道がつづく「初瀬街道」で西国へ向かったが、同じ田丸から険しい山道がつづく「伊勢路」を辿る人もいた。

ただし、「伊勢路」を選んだ旅人の目的地は熊野三山だけではない。参拝後、彼らは那智大社のとなりにある「青岸渡寺」へ向かった。

なぜか。

「青岸渡寺」が“伊勢参り”とともに流行った、西国三十三所巡礼の第一番札所だからだ。

当時、特に東国からの旅人は「青岸渡寺」から高野山・比叡山などにも立ち寄りつつ、岐阜県揖斐郡にある結願の第三十三番「華厳寺」へ、そして中山道を通って長野の「善光寺」にお礼参りをするのが通例となっていた。

2022年1月 尾鷲②

旅人が残した文字の意味

平安時代に隆盛を見た「紀伊路」が中世の道だとすれば、江戸時代に脚光を浴びた「伊勢路」は近世の道といえる。

元和5年(1619)に初代紀州藩主となった徳川頼宣(徳川家康の十男)は、紀伊国を七郡に分けるなど藩政の整備に着手した。

頼宣は元和九年に初めて伊勢方面から熊野詣を果たし、寛永12年(1635)には和歌山から新宮までの「紀伊路」に、新宮から田丸までの「伊勢路」を延長して、一貫した「熊野街道(熊野往還道)」としている。

平成16年(2004)に“紀伊山地の霊場と参詣道”として世界文化遺産に登録されたのは、ほとんどこの頃に整備されたものだ。

なかでも三重県の紀北町と尾鷲市の境にある「馬越峠道」の、約2キロにわたる石畳路は「伊勢路」随一ともいわれ、日本有数の降水量を誇る尾鷲の雨から旅人を守ってきた。

馬越峠

平成15年3月、そんな「馬越峠道」の石畳に文字が刻まれているのが見つかった。拓本の結果、「遠刕深見村〇しや(一字不明)」と読めたため、静岡県で「深見」の地名が残る地域に照会したが、石材や石工とは無関係だったという。

江戸時代、全国各地で巡礼の旅が流行すると、旅人たちは道中の道標や目的地に住所や氏名などを書き残していった。「伊勢路(本宮道)」の道標地蔵にも残されているという。

また、戦国時代から江戸時代初期にかけて、各地の仏堂に参詣者が書き残したという、無名の歌もあった。

 書きおくも かたみとなれや 筆のあと
  我はいづくの 土となるらん

自分はどこで行き倒れようとも、自分が書いた文字だけは“かたみ”として残ってほしい――この歌からは当時の不安な情勢が読み取れる。

彼らはいつ消えるかわからない自分の存在を残すため、自らが生きた証として文字を残した。

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「熊野古道」は、今日でこそ交通網が整備され、ある程度は気軽に往来できるが、かつては道半ばにして行き倒れる人も多かった。

そんな時代に、あえて険しい「伊勢路」を選び、伊勢と熊野の中間地点ともいえる「馬越峠道」の石畳に深く文字を刻んだ旅人がいた。

とても感慨深い。

明治維新後、神仏分離の影響により熊野詣は下火になった。それから約100年後、1970年代に地元有志が「伊勢路」に関心を抱き、土の中や生い茂る草木の下から発掘・整備、保全してきたことで、世界遺産に登録されたと聞く。

時代に埋もれつつあった古道に地元有志が注目しなければ、名もなき旅人が書き残した“かたみ”は日の目を見ることもなかった。

これからも、ふるさとの古道にとどまる旅人たちの声に耳を傾けたい。

そして僕が生きた証として、彼らの思いも後世に書き残したい。(了)

※この記事は『歴史研究』(第683号)の特集「ふるさとの古道」に寄稿したものを【note】用に加筆・修正したものです。

【主要参考文献】
『熊野古道 巡礼のみち伊勢路を歩く』川端守/山本卓蔵著 風媒社
『落書きに歴史をよむ』三上喜孝著 吉川弘文館
講演録「熊野街道『伊勢路』の特質―江戸時代の道中記から―」塚本明

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