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PBR1倍割れ企業はなぜ放置されるのか③:PBR改善の処方箋

PBR改善のための外科的処置と内科的処置

前編で、PBR1倍割れから抜け出すためには「起業家精神を取り戻すこと」が必要ではないかと述べました。その点について少し掘り下げます。

外科的処置とその限界

コンサルや財務アドバイザーに「PBRを上げる方法」を尋ねると、だいたい資産整理の話をします。医療で喩えれば「外科的処置」です。手法でよく挙がるのは下図左側のようなものです。これらはPBRの分母である1株当たり純資産に直接的に効きます。また、これらの施策を公表すると、株式市場もポジティブに反応する傾向があります。そのため、「組織を筋肉質にする」とのスローガンのもと、外科的処置を実践する企業が広くみられます。
さりながら、外科的処置は、即効性はあるものの、持続性がありません。一時的に業績・株価が向上しても、しばらくするとまた下がってしまうこともあります。その状況から経営陣が「さらに贅肉を落とす」ために売却や縮小を繰り返すと、新しい成長の芽が無くなり、優秀人材が離脱し、組織の空気も悪化して、「不健康な激やせ」をしてしまいます。

PBR向上に効果がある「外科的処置」と「内科的処置」

内科的処置の意義

そのため、企業を根本から健康体にするための「内科的処置」も必要です。内科的処置は、薬の処方であり、カウンセリングであり、生活習慣の改善に当たります。いわば組織風土の改善であり、上図の右側のような取組みがあります。これらは、PBRの分母と分子に間接的かつ持続的に効きます。
その実践は言うは易く、行うは難しです。組織の目標から仕事のやり方まで全て見直し、新しい人やノウハウを持ち込むことになります。現状が快適である人たちには痛みとなり、抵抗する人もあるでしょう。日本企業の低生産性の象徴である「偉い人を中心に多数の人が参加し、大半の参加者は発言せず、ダラダラと続いて結論の出ない会議」を止めるだけでも大仕事です。

内科的処置の難しさは、企業の役職員が自分達で内製化してやらないと意味がない点にあります。外科的処置は上述の通り手法が決まっており、手続きを間違えなければ成果が出ます。証券会社や会計士・税理士・弁護士に相談し、経営陣がGoと言えば片付きます。
これに対して、内科的処置は、役職員の心理的変化をともなうからこそ、少なくも数年単位の取組が必要です。2~3年で効果は出ません。外部の人間であるコンサルに内科的処置を委託しても期待できる成果はファシリテーション程度しかありません。役職員が自分の頭で考え、自力で時間をかけてやらないと効果が出ず、続きません。

組織が活性化する企業のTMT

内科的処置でカギになるのが経営トップのコミットです。上場株式企業は一般に、代表取締役社長・CEOないし代表執行役を筆頭とする序列で成り立っています。よって、経営トップが、外科的処置を進めながら、中長期的に内科的処置にコミットする必要があります。
経営トップは、企業の良きDNAを理解しながら、ゼロベースで刷新する起業家精神をもつ「変革型リーダー」である必要があります。変革型リーダーは、チームを引っ張るトップダウン型リーダーもあれば、意欲のある若手・ミドルを押し上げて責任は自分がとるボトムアップ型リーダーもいます(サーバントリーダーという表現を用いることもあります)。どちらも、変革を起こしたい心のパワーが強い点は同じです。

とはいえ、経営トップは万能ではありません。トップダウンで空回りしても、ボトムアップで調整ばかりに時間をかけても、組織全体での実践はかないません。加えて、経営トップには任期もあります。経営トップが変わるたびに方針が変わると、戦略的一貫性が失われ、役職員も混乱します。
そこで、経営トップを支える取締役会、監査役会と執行役員グループ、いわゆるトップマネジメントチーム(Top Management Team: TMT)の「質」が大切になります。中でも、社長に助言し、諫め、評価する権限をもつ社外取締役の役割が重要です。日立製作所の再生をリードされた元会長の川村隆さんは、社外取締役を「カメラの目」に喩えられ、第三者の客観的な目線の重要性を仰っています。

「ゴルフのフォームは、映像に撮ると実際の姿がよくわかる。会社の評価もカメラで映すような第三者の目で、冷徹に見てもらうことが大切。機関投資家の意見は時に辛らつであるが、本質をつくことが多々ある。社外取締役を 7人、外国人取締役を 3人としたのも、カメラの目を重視するゆえんである」(出所:「日立製作所 川村隆取締役会長 ー私の経営理念ー」『海外投融資 2013年 1月号』所収、 p20-21)

川村さんの思想は、中西さん、東原さん、現在の小島さんへと引き継がれています。その一方、国内外で外部人材を経営幹部候補として積極的に雇用し、試行錯誤はありつつ、昇進させて現在のTMTが形成されています。同社の取締役会や経営会議は、ジェンダーとエスニシティの多様化が進み、丁々発止の議論が行われていると聞きます。
古い研究ですが、米国テネシー大学のJudge教授とDobbins教授が1995年に84社を対象に行った研究によれば、社外取締役がCEOの個性と意思決定スタイルをよく理解しながら積極的にかかわった企業では、企業の収益性が向上し、財務リスクが低減したそうです。日立製作所の取締役会の会議室の中は見られませんが、積極的なかかわりがあるのかも知れません。

PBR1倍割れ企業のTMTとIRの質はどうか

日立製作所に限らず、社外取締役陣が厳しい質問を浴びせながらも、コーチングと激励によって社内経営陣を支援している事例を耳にするようになりました。私は、ある上場企業の創業社長の方のお話が印象に残っています。

「自分が事業を一番よく知っており、リスクを取っているので、誰かにモノを言われるのが嫌だった。それでも気持ちを切り替え、この方ならという方に社外取締役をお願いし、厳しいことを言ってもらうようにした。取締役会の質疑はきついが、『R&Dの場』『投資家説明会のリハ』と割り切り対応した。結果的に、新規事業開発につながり、IRも楽にこなせるようになった」

TMTの質の向上は日本では途上にあると私は考えています。形式要件と見栄のために女性や外国人の方を入れ、重厚なご経歴ながら現業との関係が見え難い方を揃え、何社も兼業する社外取締役の方を招聘している企業はないでしょうか。そのような企業において、現場を理解した建設的な議論がどれほどなされているかは、何とも言えないところです。
投資家は、自らが取締役にならなければ、取締役会の実態を把握することはできません。それでも、経営トップが変革型リーダーであり、TMTの質が高く、かつ株主・株価への意識があれば、その姿勢はIRの質に表れてくるものと私は考えています。PBR1倍割れ企業では果たしてどうでしょうか。

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