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【ショート・ショート】春の雨

「健斗。私たち、今日で終わりにしよう」

私の口からその言の葉がこぼれ落ちたちょうどその時、小振りの雨粒が落ち始めた。春雨だ。空が、私たちの別離を見守るかのように、しとしとと涙を流していた。

彼と私の出会いは、3年前の冬。彼がバイトをしていたカフェで、私もバイトとして働き始めた。それが二人の恋の始まりだった。何回か会話をしただけで気持ちが通じ合うのを感じた。不思議な感覚だった。それまでは信じていなかった「赤い糸」というものを、ただの言葉じゃなく実感した。二人が付き合い始めるのに時間はかからなかった。

「・・・」

時間が一瞬止まったかのように、彼の動きが止まった。雨脚が強くなってきた。春雨が二人を濡らしていく。

「どうして・・・?」

「あなたの夢についていくのは、もう疲れたの」

「もうちょっと待ってくれ。必ず成功するから。先週受けたオーディションで最終選考に残ったんだよ」

「そう。よかった。でも、最終選考に進んだこと私には教えてくれなかったのね」

「完全に決まってから教えようと思ったんだよ。な、メジャーデビューだぜ、もうちょっとで俺の夢の一つが叶うんだ」

「あのね。私、田舎の親からお見合いを勧められているの。ずっと断っていたんだけど、今朝、お見合いを受けることに決めたの」

「なんだよ、それ。そういうの嫌いだって言ってたじゃないか」

「そうね。でも、人の考えって変わるものよ」

「どうして変わったんだよ」

「今朝、私の携帯の留守録にメッセージが入ってたの」

「そのお見合い相手からか?」

「違うわ」

「じゃあ、誰からだよ」

「私は知らない人よ」

「ん?」

「これ、聞いて」

私はスマホを取り出し、留守録をスマホのスピーカーから流した。

「健斗!私、加里奈。オーディション最終選考通過したんだって?おめでとう!二人でお祝いしようね」

「そ、それはただの友達で・・・」

「私、この『加里奈』って娘知らない。なのに、なんで私の携帯の番号知ってるのかしらね?」

気が付くと雨がやみ、春の陽射しがさしてきた。頬を濡らしていた雫はしばらくしたら乾くだろう。

(終わり)

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