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【短編小説】豆まきの由来

「塩見が室町時代に飛んだ?」

浅岡特別捜査官は驚いて部下の大川に聞き返した。大川の報告では、連続殺人犯の塩見悠一が、タイムリープ研究施設に忍び込み、タイムリープしたとのことだった。

「はい、そうです。塩見は2月3日の午前11時にタイムリープしました。目的地は室町時代の京都です」

「なんだと?室町時代の京都か。どうしてそんなところに行ったんだ?」

「それは分かりません。ただ、塩見は、研究所の職員を人質にとって、タイムリープする年月日を設定させたそうです。塩見の目の前で、室町時代の京都郊外、2月3日に設定したと職員が言っています」

「2月3日か。節分の日だな。塩見は何を企んでいるんだ?」

「それも分かりません。ただ、塩見はタイムリープする際に、強襲用ライトセーバーを持っていきました。あれは、相当の威力があります。室町時代では無敵でしょう。塩見は、室町時代で殺しまくっている可能性が高いです」

「くそっ」

塩見は既に10人を殺害していたが、警察は塩見を逮捕できないでいた。塩見は、犯行現場にわざと自分の指紋やDNAを残して、警察を挑発していた。警察が手をこまねいているうちに、1人また1人と被害者が増えていったため、警察は、連続殺人犯の捜査で実績のある浅岡を特別捜査官として捜査に参加させた。

浅岡は、犯人の痕跡を感じることができる特殊な能力を持っていた。殺人衝動や殺気を感知することができるというものだった。浅岡は、この能力を使って、塩見の居場所を突き止めようとした。しかし、塩見は、浅岡が捜査に参加することになった日の翌日に、タイムリープしてしまった。

「タイムリープ試作機を借りたい。あの研究所は、携帯用のタイムリープを開発しているんだったよな」

「携帯用タイムリープは試作機で、まだ安全性が確認されていないとのことです」

「そんなことは知らん。俺は、塩見を追ってタイムリープする。そのためには、タイムリープ試作機を使うしかない」

「でも、特別捜査官、それは危険です。タイムリープした後に、元の時代に戻れる保証はありません。それに、室町時代に行っても、塩見を見つけることができるとは限りません」

「塩見が室町時代で殺しまくったら歴史が変わってしまうかもしれないだろ。俺は、塩見の存在の痕跡を感じることができる。あいつを逮捕するのは俺しかできない」

「特別捜査官、上が許しませんよ」

「大丈夫だ。俺は警視総監から逮捕のためならなんでもやっていいという許可をもらっている。さあ、すぐにタイムリープ試作機の場所を借りてきてくれ。それと、ライトセーバーも用意しろ。」

「は、はい。分かりました」

大川は、浅岡にタイムリープ試作機とライトセーバーを準備し、タイムリープ試作機の捜査方法を浅岡にレクチャーした。

浅岡は、タイムリープ試作機を左手首に装着し、リープ先の年月日、場所を設定した。ライトセーバーも腰に装着した。

「では行ってくる。あいつをつれて戻ってくる」

浅岡は、右手人差し指でタイムリープ試作機にタッチした。その瞬間、浅岡が消え去った。



塩見は、手にした強襲用ライトセーバーを振り回して、室町時代の京都の外れを徘徊していた。京都の冬は寒い。塩見は、薄手の冬用ウエアの上から、偶然出会った男から奪い取ったボロボロの着物を羽織った。未来の服装で不信感を抱かれないためだ。

塩見がこの時代に来たのはただの偶然だった。塩見は、刀や槍の時代なら捕まる可能性が低いため、自分の欲望のまま獲物を見つけ、ライトセーバーを振り下ろすことができると考えた。タイムリープ研究所のタイムリープ試作機に忍び込んだ塩見は、休日出勤だった職員を脅迫し、タイムリープする年月日を設定させた。職員は、塩見の目の前で、室町時代の京都郊外、2月3日に設定した。

室町時代に到着した塩見は、すぐに狩を始め、手にしたライトセーバーで10名はなで斬りにした。ライトセーバーの持ち手に感じる軽い衝撃と、被害者の悲鳴を聞くたびにぞくっとした快感が全身を襲う。しかし、まだまだ足りない。最初は、慎重に人手が少ない場所を狙って獲物を狙っていったが、犠牲者が5名を過ぎた頃から遠慮がなくなった。捕まらないという目的が、いかに多くの獲物をライトセーバーの餌食にするかということに変わった。

塩見の10メートルくらい前に、女の子が家から出てきた。塩見は次の犠牲者にロックオンした。強襲用ライトセーバーは通常のものよりもはるかに出力が高く、「切る」というより「粉砕する」という表現が正確な攻撃用武器だ。塩見は、ライトセーバーのスイッチを入れた。擦り切れた布で継ぎはぎされている着物姿の女の子にむかっていく。そして、ライトセーバーを女の子の顔あたりに振り下ろした。

その時、凄まじい光が辺りを包み込んだ。塩見は吹き飛ばされた。

「間に合ってよかった。大丈夫か」

光の中から現れたのは浅岡特別捜査官だった。浅岡は、塩見の痕跡を発見し、タイムリープの終着場所を正確にコントロールし、現れると同時に女の子にむけられた塩見のライトセーバーを自身のライトセーバーで受けた。

浅岡は女の子の無事を確認した後、ライトセーバーを塩見に向けた。しかし、手にしていたライトセーバーは強襲用ライトセーバーの威力の前に崩壊していた。

「だれだ」

吹き飛ばされた塩見が、素早く起き上がり、ライトセーバーを浅岡に向けて言った。

「浅岡だ。特別捜査官だ」

「よくここがわかったな」

「俺は、お前の存在の痕跡を感じることができるんだ。それは時代が違ってもな。だから、おまえらのようなクズを逃すことはないんだ」

「自信は一流のようだが、このライトセーバーに対抗できるものは持ってないようだな。お前の後ろにいるガキをやろうと思ったが、お前でいいわ」

「お前と、ライトセーバーだけで戦うはずないだろ」

そう言って、浅岡は破壊されたライトセーバーを捨てた。

「君、その豆をくれ」

そう言って浅岡は、自身の後ろにいる女の子が手にしている豆を奪い取り、両手で包み込んだ。

「破魔!」

浅岡が叫んだ。青白いオーラが浅岡の全身から浮かびでてきた。オーラがゆらゆらと漂っていく。女の子は後ろからその光を凝視している。

浅岡は、右手で豆を塩見に投げた。青紫に光る豆が塩見に向かって飛んでいく。途中でそれぞれの豆に意思があるかのように拡散し、塩見の周りを豆が取り囲み停止した。

「無駄だ!」

塩見は、そう叫んで、強襲用ライトセーバーの出力を最大にし、豆を消し飛ばそうとした。

その瞬間、周りを取り囲むすべての豆から稲妻のような光が塩見に向かって放たれた。

「ギャー」

塩見はそう叫んで意識をなくした。しかし、豆が塩見を入れる檻のようになり、塩見は空中で漂っている。

「ばかなやつだ」

浅岡はそう言って女の子に振り向いた。

「豆、すまないな」

女の子の頭を撫でた。女の子は首を振る。

「ありがとう。迷惑をかけたな。こいつはもうここには現れない」

そう言って、浅岡は、手首のタイムリープ試作機に触れた。一瞬で浅岡と塩見は消え、女の子だけが取り残された。

こうやって、2月3日に豆をまく風習ができあがった。

(終わり)

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