室町時代

雑記:禅宗式墓所?

室町時代の美濃守護代のうち、斎藤利永、斎藤利藤の墓所を紹介してきたが、もう一人、岐阜市寺町の瑞龍寺には斎藤妙椿の墓所がある。

妙椿は利永の弟であり、自身は守護代になっていないが、利永の死後に守護の土岐成頼を補佐した僧侶にして武将としての業績も多く、最終的には守護の土岐家を凌ぐほどの権勢を誇った人物である。

瑞龍寺は美濃では高い格式を持つ禅寺で、現在も観光客に寺院内は開放しておらず道場としての趣

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東海・北陸地方の石造物⑲:明台寺五輪塔(斎藤利藤の墓)

名称:明台寺五輪塔

伝承など:斎藤利藤、斎藤利春?の墓

所在地:岐阜県大垣市墨俣町

応仁の乱以降の美濃国の実権をめぐる抗争は複雑であり、実質的守護代で応仁の乱では西軍の武将として活躍した実力者・斎藤妙椿の死後は、その甥(兄の斎藤利永の子)斎藤利藤と、妙椿の養子となった利藤の実弟・斎藤妙純(利国)の間で「美濃文明の乱」と呼ばれる内乱が勃発した。

この乱は最終的には妙純の勝利に終わり、権力争い

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南関東の石造物⑰:龍興寺宝篋印塔(足利持氏、春王、安王供養塔)

名称:龍興寺宝篋印塔

伝承など:足利持氏、春王、安王の供養塔

所在地:埼玉県加須市上崎 龍興寺

現在は加須市となったかつての騎西町の龍興寺は、奈良時代の創建と伝わる古刹であり、古河公方とのゆかりも深く文書も多く伝わっている。

境内には、初代古河公方足利成氏が造立したと言う足利持氏、春王、安王の供養塔がある。

向かって右側の宝篋印塔(四枚目)が成氏の父である四代鎌倉公方持氏の供養塔と伝わり

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東海・北陸地方の石造物⑱:大安寺宝篋印塔(土岐頼益、斎藤利永の墓)

名称:大安寺宝篋印塔

伝承など:土岐頼益、斎藤利永の墓

所在地:岐阜県各務原市鵜沼 大安寺

各務原市の鵜沼は中山道の宿場町として栄えた場所であるが、鵜沼宿の中心地から北方の小高い丘を上った先にある大安寺は、室町時代の美濃守護・土岐頼益が開いた禅寺で頼益の菩提寺でもある。

境内の墓地には頼益と、その子の土岐持益に仕えた守護代・斎藤利永の墓が並んで建っている。

利永は文武に秀でた武将で土岐氏

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北関東の石造物⑰:長林寺五輪塔、宝篋印塔(足利長尾氏墓所)

名称:長林寺五輪塔、宝篋印塔

伝承など:足利長尾氏の墓

所在地:栃木県足利市西宮町 長林寺

足利長尾氏は、元来は長尾氏宗家の鎌倉長尾氏であり、長尾景人が享徳の乱の最中に関東管領上杉房顕から古河公方への抑えとして足利庄を与えられたことに始まり、以降戦国時代を通じて六代に渡って足利を本拠とした。

最後の当主長尾顕長は刀工の堀川国広を庇護したことで知られるが、彼は小田原の北条氏と運命をともにして

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奈良県内の石造物⑮:立野五輪塔(伝・松永久秀供養塔)

名称:立野五輪塔

伝承など:松永久秀供養塔

所在地:奈良県生駒郡三郷町立野

毘沙門天で有名な信貴山朝護孫子寺の麓に位置する三郷町の立野には、戦国時代の信貴山城主・松永久秀の供養塔伝承される五輪塔がある。

JR関西本線の三郷駅から北に上って龍野神社を抜けた先の住宅地の一角にあり、傍らには大きな案内板が建っている(一枚目)が、寺院の境内などにあるわけでなく、特別目印になるものもないので、場所を

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第一巻 第一章 日本列島に住み始めた人々

〇恐竜時代・白亜紀(昼)
地上を闊歩するティラノサウルスやトリケラトプス。
N「今から六千五百五十万年前、中生代白亜紀。昼間の地上は、ティラノサウルスをはじめ
とする恐竜たちの世界であったが」

〇恐竜時代・白亜紀(夜)
木や草の影を機敏に動き回る、ネズミのような生物たち。
N「夜の闇を、我々哺乳類の祖先たちはすでに駆け回りはじめていた」
足を止め、空を見上げるネズミのような生物。
巨大な

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「お説教もの」の到達点としてのアニメ「一休さん」

Youtube「東映アニメーションミュージアム」にて、「一休さん」が無料配信中である(毎月十四日頃更新)。テレビアニメーション「一休さん」は、一九七五年から一九八二年にかけて、東映(現東映アニメーション)の製作で全二百九十六話(!)が放映された。

史実の一休宗純は、室町時代の僧侶。南朝最後の天皇・後小松天皇の庶子であったが、南北朝統一に伴い出家、のち大悟して大徳寺の住職を務めた。しかしガイコツを

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日本三大悪女・日野富子は悪女ではなかった(歴史秘話ヒストリア)

呉座勇一『陰謀の日本中世史』(角川新書)が面白かったので、「歴史秘話ヒストリア」日野富子の回を見た。

以下、歴史秘話ヒストリアの備忘録(年月日とか間違ってるかもしれない)

応仁の乱は日野富子が原因ではない

従来、日野富子のせいで応仁の乱がおきたとされていた。8代将軍義政の正室・富子が、自分の息子・義尚を次代将軍につかせるために、次代に決定していた義視(義政の弟)を追い落とそうとしたのがきっか

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とても嬉しいです ありがとうございます
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北関東の石造物⑯:長徳院五輪塔群(山川結城氏墓所)

名称:長徳院五輪塔群

伝承など:山川結城氏の墓所

所在地:茨城県結城市今宿 長徳院

山川氏は、結城氏の初代朝光の四子である重光が山川荘の地頭になったことから始まる結城氏の分家で、長徳院はその菩提寺である。

山川家歴代霊廟と呼ばれる墓所には五輪塔が建ち並び、山川氏当主の墓所とされている。

銘文などもなく、五輪塔はいづれも乱積みであるが、室町時代から戦国時代にかけてのものと思われ、山川氏が結

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