君が吸う横で火を点ける


俺がタバコを吸い始めた時、美奈は怒った。

「なんで?タバコを吸うメリットがないんだけど!」

「いや…、まあメリットはないんだけどさ。
単純にかっこいいかなっていう…」

「は?超ダサいから今すぐやめてよ」


あの頃の俺たちは本当、
平和で幸せで、満たされていたな。


「良いじゃん、かっこよくね?」

「あれ、ヒロにしては珍しく食い下がるね。」

「タバコくらい許してよ。頼む」


俺はあの頃、本当に弱くて。
いや、弱いとは違うな。

幸せで。


何かを美奈が犠牲にしてでも
自分を愛してくれるってことを

ステータスにしようとしていた。


「ほら、ヒロ。プレゼント。」


しばらく経ったある日、
美奈は笑顔で、なんでもない日に
俺にネイビーの電子タバコを渡した。

キョトンとする俺の横で
平然と、おそろいの機械を使う。


俺がそれを見て笑うと、美奈も笑ってから

俺にカートリッジを渡した。


「一緒に吸うなら、いいよ。」


今思えば美奈はあの頃から、
俺たちの未来をなんとなく、予測していたのかもしれない。


何も考えていない俺は
その箱をすんなり受け取って、
笑いながら、機械に差し込み息を大きく吸った。


「紙と全然味ちげーな」

「はあ?うるさっ」

美奈は少しだけ笑って
俺とは色違いの電子タバコに、カートリッジを差し込んだ。


俺ってダメな彼氏だな。

彼女がタバコを吸った時、
おそろいだって、喜んでしまったんだ。


「…美奈にタバコ、似合わないよ。」


かろうじて出た俺の言葉を美奈は笑顔だけでかき消した。

俺たちに共通点は驚くほど少なくて、

好きな食べ物も、好きな音楽も、好きなテレビも、
全部違ったけれど


タバコだけは同じやつを吸っていた。


「そうかな。私的には似合ってるつもりだった」


吸い終えたカートリッジを外して捨てて、
次のに付け替える。

その仕草すら可愛くて、愛しくて、好きだった。


「タバコって、就活とかで不利になるらしいよ」


大学三年生の冬、美奈はそう言って
狭い駅前の喫煙室で俺のことを見上げるから

俺はその、狭い喫煙室で
美奈の手から電子タバコを受け取って

唇を割って舌を入れて
丁寧に、美奈の舌を舐めた。


「やめようと思えばいつだってやめれる」


俺の一言に、美奈は
息を上げたまま笑ってから、
俺の右手から電子タバコを奪い取った。


◇◆


別れてから1年経った同窓会で
美奈を見かけた場所は喫煙室だった。


遠くを見ながら、二人でお揃いで買った電子タバコを
ぼーっとしながら吸っている。

そんな美奈を見て、
俺は電子タバコだけはクロークに預けずに

喫煙室に入って、
美奈の隣に座った。


「ぅわ、ヒロ。来てたんだ。」

「くるよー。こう見えて友達多いんだ、俺。」

「あら。
お互い、高校時代を存分に楽しんだね。」


高校時代の思い出なんて

全部、美奈だよ。


言いかけて、飲み込むために
俺は手に持った電子タバコを吸った。


「…美奈、タバコ辞めると思ったわ。」


俺の言葉に笑いながら
静かにカートリッジを外す。


「なんで?」

「…うわ、嫌な質問だな。」


俺もカートリッジを外して
美奈の顎を少しだけ、傾けた。



「俺と別れたら辞めるって

自惚れちゃってごめんな。」


唇なんて重ならなくて良い。
目なんて合わなくて良い。
頬なんて染まらなくて良い。

ただ、そのタバコの味だけは


覚えていて欲しい。


「ヒロと別れたら、なおさら

辞める理由、なくなっちゃったよ。」


電子タバコを充電してる間に吸う、紙タバコに火を付ける。
美奈は少しだけ笑って、

その紙タバコを受け取った。



君が吸う横で火を点ける




**


「タバコ辞めると思ったわ」


ずるいな、て思った。
だって私だって何度もやめようと思ったから。


だけど、吸うと思い出せるから。

あなたとのキスも、あなたの香りも、あなたの優しさも。


「なんで?」


バカみたい。
私が理由って言って欲しい自分が嫌い。


「うわ、嫌な質問だな。

俺と別れたら辞めるって
思っちゃってごめんな。」


そう笑って、あなたが咥えた紙タバコを
受け取る私をどうか、


どうか、嫌いにならないで。


「ヒロと別れたら、なおさら辞める理由なくなっちゃったよ」


タバコなんて本当は嫌いだった。
健康に悪い、体に悪い。


思い出に、悪い。



2021.08.23

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