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感情を感じ切るには安心の土台が必要

本当に辛い時、わたしは自分の感情に向き合うことはできなかった。

夫が突然亡くなり、悲しみ、苦しみ、怒り、憎しみ、恐怖、ありとあらゆる感情に焼き尽くされた。

一瞬でも気を抜けば、その深い闇にどこまでも堕ちていってしまう。わたしはその深い、暗い穴に落ちないように必死だった。

よく「感情を感じ切れば、その感情は成仏してなくなります」という魔法のような言葉を聞くけれど、当時のわたしにとってその強すぎる感情を感じ切ることは本当に危険なことだった。命さえも落としかねない、そんな状況だったと思う。

だからわたしは逃げた。
逃げて逃げて逃げ続けた。

漫画を一気読みしたり、なぜ夫が亡くなったのか問題解決しようとして難しい本を読み漁ったり、
Netflixもずーっと見てた。旅行にも行った。暇があれば泳ぎに行き、夫の遺品を狂ったように断捨離しまくった。瞑想やヒーリングさえも恐怖を感じないためのツールとなった。

とにかく隙間を感じないように、余白を作らないように必死だった。余白を作ればたちまち恐怖に支配されてしまうから。

そうやって逃げ続けた結果わたしを待っていたのは「burnout」だった。

わたしは燃え尽きた。もう一歩も歩けないと思った。降伏するしかなかった。逃げ続けるのを諦めてわたしは「何もしない」をするようになった。とにかくずーっと寝て、ネットもテレビも本も何も見なかった。勉強も運動もしないし旅行も断捨離もやめた。本当に本当にもう何もできなかった。

そうやって何もせずただ横たわって、とにかく休んだ。考えることもやめた。というかできなかった。

犬の散歩をして川や木々をぼーっと見て、家に帰ったらお昼寝してご飯を食べてお風呂に入って寝た。

日常を味わうことで、ひたすら自分に安心を与えていった。

半年ほどひたすらそんな生活をしていたら、ある日エネルギーが少し戻ってるのを感じた。

そうしてヨガを始めた。ヘッドマルマケアを始め瞑想を始めた。気功に出会い、整体の先生と出会いハンドパンと出会った。ヒーリングの学びも再開した。

全ては導かれるように、流れるように運ばれていった。

そして今、わたしはしっかりと地面に足を下ろし「今ここ」に留まることができるようになった。日常を味わい、安心を感じ、ズレたらまた安心の場所へ戻る。

自分の中に安心の土台を育むことができた。ようやく感情に向き合う準備が整った。

準備ができれば自ずとその機会は訪れる。
わたしは今、次々と出てくる感情と向き合っている。哀しみ、恐怖、憎しみ、怒り、恥、無力感、絶望。強すぎるそれらの感情は身体に凍りついていてわたしの力だけでは剥がすことができなかった。そんな時にはちゃんと助けてくれる人が現れる。その方の力を借りて、わたしは今自分を癒している。

どんなに苦しい感情が出てきても、身体に意識を向けて、足元の感覚をしっかり感じて、目を閉じて深呼吸して、ちゃんと安心の場所に戻ることができているわたしはこの2年で本当に大きく成長した。ここまでがんばってくれたわたしの身体に感謝とリスペクトを捧げたい。

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