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「価格」と「研究」

量販店の洋服と百貨店の洋服、一見同じような洋服にかなりの価格差があるのを感じたことはないでしょうか。例えば普通の白のブラウス。量販店なら5千円くらいまでのことが多いですが、百貨店だと1万5千円、高級品だと2万円を超えるものも珍しくありません。同じ布と糸からできた洋服に、どうしてそんなにも差が出るのでしょうか。

理由の一つに洋服が企画されてから出来上がるまでの「研究」の過程があります。

一つの新製品を新たに作る場合、デザイン画を描き、そこからパターン (型紙) を作り、材料を揃えてまずは一着縫製してみます。平面から立体にして、確認するわけです。

こうしてできあがったサンプルを検討しより良い製品となるように、修正を加えていきます。全体のバランス、着心地などがより良くなるように、着丈や袖丈、襟周りの形、その他のすべての要素についてパターンを修正して、もう一度縫製しサンプルを作ります。これを二度三度と繰り返し、検討に検討を重ねてやっと製品用のパターンが完成するのです。これには大変な費用と時間がかかります。

それでもサンプルを作って確認するのは、少しのことがとても大きいからです。

例えば、パターンの修正のときに裾幅を少しだけ広く1センチ横に出したとします。1センチなんてほとんどわからない程度と思うかもしれませんが、出来上がりを見るとなんだか大きく感じることがあります。パターン上では一箇所1センチですが、それは左右前後、それぞれに1センチずつ影響を与えて、一回りでは4センチ大きくなって出来上がります。つまり、パターン修正の1センチは4センチなのです。

パターン修正の過程では思い描いているデザインが全く違ってしまう事になりかねないのです。これは他の要素それぞれについて同じですので、ミリ単位の細かな修正が毎回必要になりますし、型紙だけから想像することはプロでも難しいことになります。

また、例えばバリエーションを作るために生地を変えたら、厚さ、硬さ、柄の違いほんの少しの違いでも、デザインが違ってしまったかと思える程印象が変わる事もあります。こうなるとまた「研究」が全てではないですがやり直しになります。

それでも、良い洋服を作るために、費用と時間がかかる事を厭わず繰り返し作ってみるのです。

さて、百貨店に並んでいる洋服は、もちろん種類にもよりますが、概ね一回の企画から生産で50着程度しか作られません。そうなると「研究」にかかった費用はその50着に分配されることになります。当然その分価格が上がってしまうのです。それでも何度も何度も検討を重ねた洋服にはその価値があります。

量販店ももちろん、「研究」を行っています。しかし、量販店はもっといろいろな要素が「研究」に要求されます。量販店で販売する洋服の数は百貨店でのそれと比べると、途方も無い枚数になります。生地の余りが最小限になる裁断方法のパターンになっているか、海外の工場でできるような縫製方法だけで対応できるのか、中間製品まで含めて輸送しやすい状態にできるのかなど、大量生産を実現するための要件もまた「研究」の対象になるのです。この過程では理想的な美しさや着心地とこれらの要件のバランスを考えることになり、ときには妥協もあるのかもしれません。

しかし、量販店の洋服では「研究」にかかった費用を途方も無い枚数の洋服に分配するので、一着あたりの影響は大きくはありません。これがお求めやすい価格に少なからず貢献しているのです。

量販店の洋服と百貨店の洋服、どちらの洋服にも違った良いところがあります。その背景には「研究」とその目的の違いがあるのかもしれません。


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