見出し画像

【SS】箱を開ける①

わたしの家には昔から、開けてはならないと言い伝えられてきた箱があった。
それは、わたしが子どもの頃から既に存在していて、和室の桐箪笥きりだんすの引き出しの奥にある黒のうるし塗りに蒔絵まきえが描かれた、いかにも高級そうな箱である。
その箱の中に何が収められているのか、わたしは知らない。
けれども、親からは開けてはならない、と強く言われていた。

なぜ、箱を開けてはならないのか?
まるで、絵本の浦島太郎のように、箱を開けたら一気に老け込んでしまう、そんな状況におちいると言うのだろうか。
いや、さすがに現代になって、そんなおとぎ話みたいなことが起きるわけはないだろう。
不用意に高級な箱を開けると、知らない内に箱に傷がついて価値を下げてしまう。だから、開けてはならないといましめる。
そんなところが理由だろうか。

わたしは箱のことを考えると急に胸騒ぎがして、いつからか、箱を開けたいと思うようになった。
いつもは高校から帰ると、母が家にいて、箱を秘密裏に開けることはできない。
だが、あと二日後の金曜日には母は用事があるからと言って午後は家を留守にすると言う。
チャンスだと、わたしは思った。

それから二日後。
待ち遠しい気持ちで木曜日の夜は眠りにつき、金曜日の朝を迎えた。
朝食の際にさりげなく母に聞いたところ、やはり母は午後、家を留守にすると言う。
わたしは勝利を確信した気持ちになっていたが、顔では平静を装っていた。
朝食を食べ終え、いつものように高校へ行き、授業を受けた。

「ただいま」
学校が終わり、家の鍵を開ける。
誰も家にいないのを知っていたが、一応、言葉をかけてみた。
やはり、家の中には誰もおらず、ひっそりと静まり返っている。
玄関を閉め、わたしは和室へと歩いて行った。

誰もいない和室は暗く、桐箪笥がその存在感を示すように部屋の一角に置かれている。
わたしは桐箪笥に近寄り、一つの引き出しを手前に引いた。
引き出しの右奥。
そこには、黒の漆塗りに蒔絵が散った高級そうな箱が置いてある。
わたしは、その箱をゆっくりと引き出しの中から持ち上げ、たたみに置いた。
胸が高鳴る。
この箱の中身を、わたしは生まれたときから見たことがない。
一体、箱の中には何が入っているのか。
わたしは緊張しながら、箱の両横に手をかけ、そろそろと蓋を持ち上げた。

蓋を畳の上に置く。
箱の中を見て、わたしは虚をつかれた思いがした。
そこには、箱の細工とは全く釣り合わない、あまりに簡素かんそな品物が収められていた。

わたしは箱の中に手を伸ばす。
指を伸ばして、わたしはその品物を目線の位置まで持ち上げた。
石だ。
黒い、こぶし大くらいの、表面が所々削り取られたような何の変哲へんてつもない一つの石だった。
そこら辺の川原に行けば、誰でも目にすることができるような石。
こんなものを箱の中に入れて、開けてはいけないというのは、一体、どういうことだろう。

わたしは石をながめた後、石が置かれていた座蒲団ざぶとんの下に、白い折り畳んだ紙があることに気づいた。
石を座蒲団の上に置いて、白い紙を取り出す。
そこには、流麗な文字で『さとり石』と書かれてあった。




「箱を開ける➁」↓

サポートをお願いします🤗!いただいたサポートは自作品の同人誌出版に使わせていただきます。