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映画館の最小人数

 先日、姉と一緒に名探偵コナンの最新作『100万ドルの五稜星』を観に行った。
 毎年大人気のコナン映画、しかも公開されたばかりの週末ということもあって、スクリーンはほとんど満席。ラストには衝撃の事実が明かされたことで、明るくなった後の客席は驚きと興奮のざわめきに包まれた(ちなみに内容については、ぜひ映画を観てください!)。
 映画館というと、何となく混んでいるのは嫌だなと思ってしまいがちだけれど、私は満席のスクリーンがけっこう好きだ。他の観客たちの一体感が感じられて、家で映画を観るのとはまた違った楽しさがある。

 ふとこんなことを思った。
 映画を観に行ったら観客が自分一人だった・・・・・・という経験をお持ちの方はどれくらいいるのだろうか。
 映画好きで、ミニシアターなどによく行かれる方の場合は、もしかしたらそう珍しいことではないのかもしれない。
 ちなみに観客数がゼロの場合は、上映開始から2〜30分程度経過しても誰も来ないことを確認すると、その回の上映を止めてしまうらしい(ネットでちょっと検索した結果なので、映画館によるかもしれないし正確なところは分からないが)。

 私はそもそも大の映画好きというわけではないので、映画館に足を運んで観る作品は、いわゆる大衆向けのものがほとんどだ。
 そのため、平日のレイトショーなどの時間帯に足を運んだとしても、たいてい自分以外に数十人程度は観客がいる。今のところ、観客が完全に自分一人、という経験をしたことはない。

 しかし、限りなく近い状況になったことが一度だけある。
 二年ほど前のことだ。
 とある金曜日の仕事帰り、私はふと思い立って映画を観ることにした。明日は休みだし遅くなってもいいか、とレイトショーを探したところ、何となく気になる作品を見つけた。
 作品名は伏せるが、邦画である。CMで予告などは目にしたことがなく、大々的に宣伝している気配はない。おそらくはミニシアター系に属する作品になるのだろう。
 Filmarksで検索をかけてみると、なかなかの高評価だ。派手な事件などは起きない「日常系」のストーリーで、起承転結がどうこうというよりは、登場人物たちの会話や雰囲気そのものを楽しむ作品らしい。いわゆる「行間系」とでも言えばいいだろうか。

 今日はこれにしてみようと決めた私は、意気揚々と映画館へ向かった。ちなみにミニシアターなどではなく、普通にショッピングモールの中に入っているシネコンである。余談だが、映画館フロアに入った瞬間に感じる甘いキャラメルの匂いは、いつだってテンションが上がる。
 チケットを購入して座席を選ぶ画面で、タッチパネルを触る指をふと止めた。
 あれ? もしかして誰もいない・・・・・・?
 いやいやそんなことはないでしょ、と思い再度画面を見返してみたが、やはりどの座席も埋まっていない。こんなことは初めてだ。えっ、私一人なの・・・・・・?
 腕時計に目を落とす。上映開始までにはまだ余裕があるから、さすがにこのあと何人かは来るだろう。

 ショップでグッズを眺めたりトイレに行ったり、キャラメルポップコーンを買ったりしている間に開場時間となった。いそいそとチケットに記載されたスクリーンへと向かう。メインシアターではない、座席数が少なめのスクリーンだ。
 あ、誰もいない・・・・・・。
 上映前の明るいスクリーンはしんと静かで、他の観客の姿は全く見当たらない。完全に私一人だ。もはやどこに座ろうと関係なさそうだが、この後誰か来るかもしれないし、一応大人しく指定したシートに座る。
 ――静かだ。
 予告が始まるまでの時間、何だかひどく落ち着かず、とりあえずキャラメルポップコーンをもきゅもきゅと食す。シネコンの中では(おそらく)小さめのスクリーンとはいえ、映画館という空間に自分一人きりというのは非常に妙な感じだ。ここは今現在、市内で一番人口密度が低い場所なんじゃないだろうか。もしかして何かのドッキリ・・・・・・? 私、誰かに騙されてる・・・・・・?

 そのとき視界の隅で人の気配を感じた。他の観客が入ってきたようだ。ありがたいような気まずいような、何とも言えない感じだ。ジロジロ眺めるわけにもいかないので、さりげなく様子を伺う。
 新たな観客は、私と同世代かやや若いぐらいの男性で、やはり一人だった。やはり彼も、観客が私ただ一人であることに面食らった様子である。気のせいかもしれないが、ちらっと一瞬視線が合ったような気さえした。男性客は、私よりも前の座席に座った。

 それ以上観客が増えることはないまま、スクリーンが暗くなり、上映が始まった。
 めちゃくちゃ落ち着かない。
 前の方に一人ぽつんと男性客がいるだけで、あとは誰もいない。後ろにも横にも、見渡す限り人がいない空間というのがこんなにも落ち着かないものなのか。
 肝心の映画にもなかなか集中できない。人が少ない(というかほぼいない)のだから思い切り映画に浸れるかと思いきや、私の場合は全くそんなことはなく、ただただ落ち着かないのだ。前方の男性客の様子を伺うと、やはり集中できないのか、時折スマホを見ているような気配が感じられる。
 カフェなど、周りにある程度人がいた方が逆に勉強に集中できたりするけれど、もしかしたら私にとっての映画もそうなのかもしれない。

 結局、映画に没頭することはできないまま上映が終わった。
 なんだか妙に疲れた気がする。スクリーンを出るとき、もう一人の男性客とまた目が合ったような感じがした。もちろん、別に会話を交わすことなどなかったが、我々はこの二時間強、ある意味での運命共同体だったと言える。
 なんだか無性に、握手でも求めたくなった。


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