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読書記録(2024年4月15日~26日:13冊)



消滅した国々 第二次世界大戦以降崩壊した183カ国(吉田一郎著:社会評論社)

個人的に興味深いと思ったポイント

・「ソマリランド」はそれほど治安が悪くない(ソマリア南部と比べると)
・台湾(中華民国)はモンゴルを国家として承認していない?→2002年に独立国として承認
・ダライ・ラマは世襲ではない
・モンゴルの複雑な歴史、内モンゴル自治区とモンゴル国の格差
・インドにフランスやポルトガルの植民地があった
・選挙で共産党が過半数の議席を取っている、インドのケララ州
・パキスタンにオマーンの飛び地があった(グワダル、後にパキスタンが買い取った)
・「ジャカルタ」を命名したのは日本軍
・スワジランド、レソトといった飛び地国家ができたのは、イギリスの他にアパルトヘイト政策をしていた南アが関係する
・ナミビアの人口が北に偏っているのは、南アが併合していた時代に、黒人
を北部に追いやる政策をした結果
・フェロー諸島の高度な自治(外交権もある:捕鯨問題で対立しEUに加盟せず)
・ルワンダ、ブルンジのフチ族、ツチ族は民族や地域の違いはなく、独立前に支配する側とされる側という違いがあった
・バヌアツ(タンナ島の「ジョン・フラム」信仰)
・フィジーの孤立した島「ロツマ島」の独立運動とその成果(議会下院にロツマ人専用の枠が設けられるようになった)

非常に分厚い本(700ページ超)だが、2~3日で読破できた。
第2次大戦以降、消滅した国々が183か国紹介されていて、ソ連や南ベトナム、東ドイツといった有名どころから、たったの数日間しか独立を維持できなかった国など、世界各地の消滅国家の事例を網羅した一冊だ。
全体を概観してみると、やはりもともと植民地であった地域など、欧米列強の影響を強く受けていた地域が多く、特にイギリスやフランスが絡んでくる例が非常に多かったと思う。
アフリカやアラブ諸国など、現代でも収まる気配がない紛争の多くは、欧米列強が自分たちに有利になるように国境を引いたり、分断統治をしたりしてきた結果だと考えると、彼らの責任は非常に大きい。
多数の人々が犠牲になるような戦争、紛争を経験する事例も多く、人間は争うことを避けられないのかと思うばかりである。

それと同時に、日本国内では一応独立問題は起きておらず、治安が安定しているのは素晴らしいことだとは思う。
けれども「あとがき」で著者(現さいたま市議)は旧大宮市がさいたま市になって以降、冷遇されている事例を紹介していて、スケールは遥かに小さいとはいえ、日本でも特定の地域が冷や飯を食わされるパターンはあるなと感じた。

日本人は右傾化したのか(田辺俊介編著:勁草書房)

個人的に興味深いと思った記述まとめ

・「日本は一流国だ」と考える人の割合が増えている(愛国主義的ナショナリズム)
・ナショナリズム=純化主義、愛国主義、排外主義の3つの下位概念から成る
・国旗、国歌を教育の場で教えるべきと考える人の割合は、若年層で高い(国歌及び国歌に関する法律施行の影響か)
・2009~13年にかけて、「民族的純化主義」の高まりがみられる(単一民族国家神話を内面化した思想)、中国・韓国への反感感情の高まりは13年に急上昇し、17年になっても維持されている
・「国を愛すること」=ナショナルプライド⇒民族・文化的プライドと、市民・政治的プライドに分けられる
・社会的アイデンティティ理論
・自由からの逃走(エーリッヒ・フロム)=下層中産階級が不満・不安によってナチズムに惹かれた
・不満や不安を持つ人々=ネイション(国家)をアイデンティティとしやすい、市民・政治的プライドではなく、民族・文化的プライドを持つ
・個人的な不満を持っている人々⇒民族・文化的プライドを持つ傾向があり、社会的な不安を持っている場合⇒ナショナル・プライドには影響しない
・大学卒業者率が高い地域ほど、外国人労働者受け入れによる否定的な影響の認知が強い⇒想像上の脅威が影響?(治安、秩序への影響などを懸念)
・外国人割合、増加率が排外主義に与える影響を都道府県、市町村レベルと、より小さい範囲の地域である町・字の場合とを比較して検討する必要がある(集団間接触理論と集団脅威仮説のどちらがより強く影響しているかを確認するため)⇒統計的に有意な関連はなかった
・一方で、都道府県単位で見ると、外国人割合と排外主義の強まりには正の相関がある⇒メディア等で、都道府県単位で外国人に関することが報じられやすいため、それが影響しているとみられる
・権威主義的な人ほど自民党を支持するという傾向が弱まっている
・女性や高齢者、収入の低い人、平等主義的な人、政治不信を持つ人ほど原発に反対する傾向がある
・若年層ほど原発支持率が高い(ジェンダー平等意識は若者の方が強いが、殊原発に関しては保守的になっている)
・若年層は原発を支持するだけでなく、現首相(当時の安倍元首相)への好感度が高く、日米関係を支持し、権威主義的という特徴が見られる
・若者世代(氷河期世代を含む)では、「イデオロギーなき保守化」(権威主義化)が起きている⇒結果として自民支持率が高くなっている
・なぜ若者が権威主義的になったかははっきりとは分からないが、「パラサイトシングル」に代表されるように、親元に経済的に依存する若者が増えたことがその一因だと考えられる
・安易に「右傾化」という言葉を使うことの危険…新自由主義によって没落した中間層を救うことが必要であり、彼らを単に「右」と見做すだけでは解決にならない

以前慶應義塾大学出版の「日本は右傾化したのか」を読んだ。
こちらは「日本人」にフォーカスされた内容で、第二次安倍政権以降指摘されるようになった日本人の右傾化についてさまざまな論者が、データ分析をもとに論じている。

第4章の排外主義については、中国人や韓国人、アメリカ人、ドイツ人などに対する価値観を調べたものだが、近年人口が増えている他の民族(ベトナム人、クルド人など)については網羅できておらず、ここ数年顕著になっている、彼らに対する差別意識について調べることができていない。この点については今後の調査、研究が待たれる。

若者の右傾化に関しては、私自身は全く正反対の考え方をしているのだが、若者全体で見れば確かに権威主義的な方向に来ているのかもしれない。
以前とある声優(30代くらい?)のラジオを聴いていたら、突然「仲間を大事にして、国を愛して…」みたいなことを口走っていて驚いた。
もしかしたら私の聴き間違いかもしれないけれど、本当に言っていたら色々とショックなので、確かめることはしない。
仲間を大事にすることは確かに良いことだけれど、それがいきなり「国」にまで飛躍して適用されてしまうところが、若者世代の権威主義っぷりを示しているのかもしれない。
「あとがき」では、移民や外国籍住民を低地位に追いやることを避けられれば、日本は欧州と同じ轍を踏まずに済むとあるが、今の日本の状況を考えるとそういう方向に行くとは考えにくい。
根拠のない情報に踊らされ、外国人バッシングをする人間が増えている今、この国の将来が不安で仕方がない。

鉄道復権 自動車社会からの「大逆流」(宇都宮浄人著:新潮選書)

この本の内容をざっと説明すると、まずは日本の鉄道史を概観し、(小田急電鉄、動力分散方式を利用した特急「こだま」)、ヨーロッパの事例を紹介(イコールフィッティング、上下分離とオープンアクセス、路面電車の復活)。
それからは高速鉄道(TGV、ICE、ETR、KTX)に関する事例を紹介している。

公共交通を愛する私にとって、非常に魅力的な、夢のような事例(欧州)が紹介されている。LRTやトラムを整備することで自動車の通行量を減らす、場合によっては車そのものを排除することで、回遊しやすい街を作り上げることに成功している。

後半では、富山市のLRT建設事例、ひたちなか海浜鉄道和歌山電鉄が廃線の危機を乗り越えたことを紹介し、日本にも希望の光はあることを示唆している。
また、本書では宇都宮市のLRT建設が地元バス会社や反対派の影響により苦戦を強いられていることが書かれているが、宇都宮LRTは昨年2023年に無事開業を迎えた。
宇都宮が紆余曲折を経てLRTを実現させたことも、地方都市の公共交通にとって大きな希望となったことと思う。
郊外同士を結ぶ交通機関として、大阪モノレールの事例も紹介されている。大阪モノレールは今後も延伸される計画があり、「横串」移動に特化した交通機関の需要の高さが窺える。

公共交通によって移動の選択を増やし、「豊かさ」を創造することができると筆者は言う。本当にその通りだと思う。
政令市で「五大都市」の中に入るはずの札幌(私の住む都市)なのに、バスの本数が1時間に1本、あるいはそれ以下であるのなら、都市としての豊かさは得られない。
札幌は、かねてから郊外と郊外を結ぶ移動がしづらいと思っている。
理想は「地下鉄環状線」を作ることだが、地下鉄ほど大げさなものは要らないとしても、LRTを整備することでバスの運転手不足を解決、さらには道路渋滞も緩和させ、公共交通利用者を増やすことも期待でき、持続可能な公共交通機関を目指すことができるだろう。

衰退する一途のこの国に必要なのは、損得勘定だけで公共交通を吟味し、無慈悲に廃止することではない。
自家用車が無くても生活できる社会を目指し、路面電車を始めとする公共交通の新規拡充、及び既存設備の強化を推し進めることによって、公共交通を中心とする社会を形成することである。

さて、日本と比べて数段も文化的に進んでいる欧州各国では、鉄道を見直す動きが進み、路面電車を使って街を美しく整備したり、高速鉄道を使って欧州各国を行き来しやすくなったりと、公共交通の注目度は高い。
日本国内でも、富山市をはじめとし、公共交通を再評価しコンパクトシティや環境保護、自動車がなくても移動できる地域実現のために活用されており、成功を収めている。
「鉄道は時代遅れ、これからは車の時代」と言われたのは昭和後期~平成の話しであり、これからの時代はむしろ「車は時代遅れ」と言われる流れになってくるのではないか、そうなってほしいと切に願っている。

野球と戦争(山室寛之著:中公新書)

大正時代~太平洋戦争~戦後にかけての日本の野球史をまとめたもの。
「コラム」では大正時代の朝日新聞による野球攻撃(野球害毒論)について書かれており、そういうことがあったのはネットの知識で何となく知っていたが、より詳しく理解できたのは収穫だった。
競技人数の少ない野球は、戦争が進むにつれて縮小するよう圧力を受け、太平洋戦争の戦況が悪化すると、野球を排撃する動きが起き始める。(野球が米国由来であり、日本古来の武道を重んじるべきとの主張から)
一方で英国発祥のラグビーは戦時にふさわしい競技とされるなど、一貫しない部分もあっただけでなく、陸軍の一部では、野球をすることが許されたところもあったという。
戦争が国民にもたらす惨禍について、野球という側面から考えることができる貴重な一冊であり、百害あって一利なしの戦争を二度と起こさせないための不断の努力が求められるとともに、

太平洋戦争によって翻弄された野球界と、戦後の復興を特集した本であるが、戦争に関する記述はどちらかと言えば少なめで、それよりも戦前・戦後の中等野球、大学野球、プロ野球の隆盛や復興について書かれている部分が多いため、当時の野球のことをあまり知らない人にとっては少し退屈かもしれない。
V9巨人を率いた川上哲治や、「リンゴ事件」を引き起こした水原茂など、知っている選手の名前もよく出てきたので、楽しみながら読んだ。
戦後すぐの大会では、浪商の平古場昭二という選手が他の選手を圧倒していたことが紹介されており、この選手のことは今まで知らなかった。
「山本五十六と野球」の節で、私の母校の名前が出てきたのは嬉しかった。

なお、日本野球の歴史についてはYouTubeにもさまざまな動画が投稿されていて、特に私のお気に入りはかつてNHKで放映された「巨人・阪神1000試合」という番組(1982年)である。
この番組でも戦争で亡くなった野球選手のことが触れられているので、見てみると良いと思う。

日本人の宗教意識(湯浅泰雄著:講談社学術文庫)

・日本神話(日本武尊とオオクニヌシノカミとの対比:日本武尊は古い神々と決別したことで、悲劇に終わる。)
・英雄伝説=ドラゴン・ファイトは、自我独立の過程であり、そこには「母なるもの」と「父なるもの」からの独立がかかわっている。
・「母なるもの」=自然観、「父なるもの」=倫理観、人間観と関わる
・日本神話では、母なるものからの独立は十分でなく、日本人のモノの考え方が情緒的で非合理的であることが窺える。
・一方で、父なるものからの独立も見られないが、日本神話でははっきりとした父なる神は存在せず、天照大神は女性神であることを考慮すると、厳格な神というよりは、「母なる神」的性質が強い。これが日本人の政治や道徳に対する考え方と関係している。(明確な理念・原理がない)
・一方中国では、政治に情緒的で非合理な要素は入りにくい。
・中国⇒宗教は政治権力の下にあるが、日本はその逆。(天皇が土地神を祀る神社に行幸するなど、政治権力が宗教の下にある)
・中国は政治と芸術・宗教との結びつきが強いが、日本は逆。
・中国=地位志向性が強く、日本=目標志向性が強い
・日本の道徳=時の政治と習俗による影響を受けており、普遍的な規範がない。(国が滅びた経験がなく、異民族との交流が少なかったことが原因)
・修行僧の幻覚ともいえるような体験=精神病者のそれとは区別して考える必要がある。なぜなら後者は意志に反して襲い、強い苦痛を伴う反面、前者は努力によってその状態に達し、崇高で至福の感情をもたらすから。
・密教・・・みえざる運命的諸力への対応策として発達したもの
・日本における救済=菩薩信仰
・救済者でありかつ求道者である菩薩を信仰すること⇒日本人特有の人間信仰(思想それ自体よりも、指導者や教祖の人間的魅力に惹かれる)を示している。
・古代から日本人には、「神のたたり」を畏怖する信仰があった。
・始めは自然霊への畏怖のみだったが、怨霊信仰によって人間霊に対する畏怖の念も現れた。
・菅原道真を「天神」として祀ったことは、自然霊と人間霊に対する信仰が融合していることを示している。
・人間に対して苦悩を与える神自身が、苦悩を感じ、仏に縋ることでそれから免れようとする考え方(神仏習合の始まり)
・苦悩する人々は世を「はかなき」ものと捉え始め、そこから哲学的認識である「無常」とする態度に昇華する。
・無常な世にとらわれている自己を内省的に捉えることで、「罪」概念が生まれる。
・能の曲目…脇能(有名な神社のゆかりを主題)、修羅(男が主役で源平の武将などが出てくる)、鬘物(かずらもの、女が主役)、雑物(「物狂い」を主題)、切能(鬼が主役)
・鎌倉仏教は日本の「宗教改革」であったとする考え方について⇒鎌倉仏教(日蓮、道元、親鸞)は鎌倉時代にはそれほど広まっておらず、むしろ室町以降に全国に広まったため、その認識は誤りを含む。
・鎌倉時代には、法然や一遍による禅や念仏が庶民に影響力を及ぼしていた。
・阿弥陀仏信仰を重要視する親鸞と、神祇信仰を否定する道元
・法然上人誕生の地=美作、誕生寺駅(津山線)
・明恵上人の遺跡、歓喜寺
・親鸞=既成の権威や権力に反抗する実践的行動人というよりも、内省的で求道的な思索者だった
・戦国時代の100年間を境に、政治と権力の関係は完全に逆転した。(織田信長が比叡山を焼き討ち、信長、秀吉、家康が神として祀られるなど)
・近世以後、知識人階級では合理的啓蒙主義による呪術の追放が起こるも、庶民では民衆宗教が勃興するという分断があった。
・知識人は保守、進歩派を問わず、民衆宗教を軽蔑、嫌悪しており、民衆宗教の側は宗教を「阿片」と断じたマルクス主義とは相いれず、どちらかと言えば国家主義と親和性が高かった。
・知識人、民衆のほとんどが戦前の国家主義的ファシズムに飲み込まれたのはなぜか?
・知識人は「呪術の追放」によって宗教的価値観を否定したことで、宗教によって補完されていた「不安」に悩まされることになる。
・一方民衆は、政治的に物を解釈する能力に乏しく「日常」を重視している。
・国家主義的ファシズムは、知識人と民衆の双方が抱える不安を解決する安心を与える存在となった。
・西洋の良心=社会規範としての道徳に合致するかどうか、東洋の良心=人間本性のあり方を問題とする
・日本は、西洋や中国と違い法律と習俗の中間的存在である道徳(不文・不変の行為の規則の客観的体系)が弱かった

なかなか難しい内容の本だったが、神仏習合や親鸞、能など色々な話題が出てきたので、面白く読むことができた。
修行によって到達する境地に関する心理、精神医学的分析が含まれるのは新鮮だと感じた。

すべてのオタクは小説家になれる!(大内明日香、若桜木虔著:イーグルパブリシング)

・小説に必要なことは「オリジナリティ」ではない、一般読者に読んでもらえるような作品を書くことが重要
・普通の人が知らないような「専門知識」を使うことで、オリジナリティがある作品だと思ってもらえる
・自分の持つ知識や経歴などを列挙し、誰かに見てもらうことでどの分野に基づく作品を書くべきかが分かる
・おすすめ本(「スペースオペラの書き方」「おかしな二人 岡嶋二人盛衰記」など)
・1つの作品には、1つだけテーマを入れる(複数のテーマを入れ過ぎない)
・実体験を小説に書きすぎるのは逆効果
・設定説明については、最初から説明自体を省くか、設定説明をエンターテインメントとして描くことが重要

オタク(特定の分野に秀でている人)は、小説家に向いているということ、小説を書き始めるためにどうすれば良いか、「弟子入り」の方法などが書かれている。
文字数は少ないので、ハイスピードで淡々と読み進めることができる。
2009年頃の本なので、昔懐かしの「ミクシィ」というワードが出てくる。
私自身は作家になりたいという気は特にないが、小説家になるための現実的なプロセスが書かれていて面白いと思った。

オウム裁判傍笑記(青沼陽一郎著:新潮社)

ジャーナリストの青沼陽一郎氏が、オウム真理教幹部や教祖麻原彰晃の裁判を傍聴した記録をまとめた1冊。

90~00年代にフジテレビで放送された「ザ・ノンフィクション」の「麻原法廷漫画」と共通する内容が多く、おそらく「麻原法廷漫画」はこの書籍の内容をサマライズしたものと思われる。
被告だけでなく、弁護団、検察、裁判官などさまざまな人物の内実が描かれ、実際に裁判を傍聴した人にしか分からない興味深い事実の一端を知ることができる本で、「麻原法廷漫画」同様裁判の実情を知る上で貴重な内容だと感じた。
裁判官によって裁判の進行や求刑に対する姿勢が大きく異なること、死刑判決が出た途端に騒ぎ出すマスコミ記者がいたことについての記述は興味深い。
ただ、弁護側を手厳しく非難する論調が目立つのと、麻原の精神異常については特に触れられていないのは少し残念か。
麻原やオウム幹部には、2018年に一斉に死刑が執行され、一連のオウム事件は幕を閉じたかのように見える。
しかし、著者が語るように、オウム裁判では麻原を真に裁くことは必ず、主役不在の裁判が展開された。
求刑が確定してからも、事件が引き起こされた原因が解明されることはなく、あっさり死刑執行に至ってしまった。
「死刑執行で一件落着、めでたしめでたし」で終わらして良いのだろうか。第2、第3のオウムが出てくることを考えると、こんなに軽い扱いで良いはずはなく、国や司法関係者、マスメディアは何か不可逆的な間違いを犯しつつあるのではないかと思った。

武士道(新渡戸稲造著、矢内原忠雄訳:岩波文庫)

・武士道(シヴァリー)は不言不文、封建時代に端を発する
・武士道の淵源・・・仏教、神道(主君に対する忠誠、祖先崇拝⇒天皇崇拝、親に対する孝行)、孔子、孟子、王陽明(知行合一)
・義・・・義理は本来正義の道理であるが、実際には孝を命じるための権威として用いられた。
・勇・・・死や危険を顧みずに行動すること。ただ危険に突っ込むのではなく、それに値するかどうかを判断することが必要とされた。また戦における平常心や敵に対するリスペクトなども含まれる。
・仁・・・被支配者や弱者、敗者等に対する慈悲の心、女性的な要素。
・礼・・・他人の感情に対する同情的思いやりから生じるもの。
・誠・・・正直であること、それは同時に名誉でもあり、商業の面でも重要なことであった。(武士は商業には関与しないが、武士以外の階級に影響を与えたという意味?)
・名誉・・・人間尊厳、恥や屈辱と関係するもの。自己に与えられた特権と義務を想起させる。
・忠義・・・目上の者に服従し忠誠すること。菅原道真の家族の身代わりとなった子どもの話を美談として紹介。忠は孝よりも優先された。
・武士は不経済(金銭的報酬は受けない、数学や経済を学ばない)であることが美とされた。
・自分の感情を抑え、外に出さないという日本人的な特徴
・切腹・・・ギリシャと同様、腹に魂が宿るとする考え方から腹を切った。ソクラテスの最期を引用し、切腹は普通の自殺とは異なる行為だと述べる。
・復仇・・・目上の者、もしくは恩人の仇を討つ場合のみ正当とされた。
・刀を無暗に使うのは良くないこととされた。勝海舟の逸話から
・婦人の地位・・・貞操を守ることが最重要視され、その危険が訪れた時には自ら命を絶った。女性は夫や子、父に従属する立場だった。
しかしながら、女性は男性の奴隷ではなかったと言う。それは男性が君主の奴隷でなかったのと同様のことである。女性は戦場においては低く見られたが、家庭では子を育てる、家庭を守るという重要な役割を果たした。

1899年に新渡戸稲造が英文で書いた「武士道」(BUSHIDO)を、日本語(現代日本語)に訳した1冊。
序文にある通り、ヨーロッパの人に分かるように工夫された説明がなされているため、逆に日本人にとっては若干分かりにくい部分があるかもしれない。
内容については、武士道の特徴と素晴らしさをひたすらに説いた本で、海外の読者に向けて書かれているせいか、武士道を無条件に賛美している印象が強いように思えた。
さらに、武士道において解かれている忠義は、戦前日本における天皇主義の強化に資することになり、結果として全体主義国家を作ることにも関係したことを考えると、武士道の功罪についてより詳しく見てみる必要はあると考える。
しかしながら、日本人の道徳や精神性に少なからず影響を与えた武士道について、簡潔に書かれた内容であるため外国の人はもちろんのこと、現代の日本人にとっても学ぶところが多い本だと感じた。

明治東京下層生活誌(中山清編:岩波文庫)

明治東京における貧民街の実態を紹介、また実際に貧民街に赴き、「木賃宿」(いわゆる「ドヤ」)に寝泊まりした人の体験、新網町(現在の東京港区にあった貧民街)における文化や教育、医療、正月の様子など貧民街における具体的な生活風景も掲載されている。
新聞記事を読んで不憫に思った小学校生徒が、貧民街に住む人にお金を送ったというエピソードもあった。
後半では「木賃宿」にとって代わる住居として「共同長屋」が現れたことを紹介しているが、これは現代におけるアパートのことだろうか?
貧民の成している仕事、乞食行為などについても詳細な説明がなされている。乞食をしながら生活をする「乞食小僧」についてはその背景や、どのようにして金を稼ぐか、どこをアジトとしているか、親分の存在などに渡って詳細に書かれており面白かった。
読書メーターを見たら、日割りで家賃を払える「木賃宿」は現代のネットカフェだと言っている人がいて、確かにそうだなと思った。
○○区のどこに貧民街があるという具体的な情報が書かれており興味深いが、関東大震災や太平洋戦争、高度経済成長期を経た現在の東京には、ほとんどその面影は残っていないだろう。
この書籍において紹介されている文章は、明治期の日本が抱える暗部である貧困問題に焦点を当て、その実情を詳しく述べ伝えたことにその大きな功績がある。
社会主義者として活動し、大逆事件で処刑された幸徳秋水の文章も掲載されている。明治末期から大正にかけて社会主義運動が勃興し、後に治安維持法の施行に伴って弾圧を受けるようになるが、貧困問題と社会主義とは切っても切れない関係があることを改めて認識した。
本書と関連が深い、岩波文庫の「日本の下層社会」も読んでみたいと思う。

「明治東京下層生活誌」に出てきた、個人的に難しいと感じた単語
・襤褸(らんる)・・・使い古しの布、ぼろきれ
・雪隠(せっちん)・・・便所、厠
・殷賑(いんしん)・・・大変賑わって盛んな様
・膾炙(かいしゃ)・・・広く知れ渡ること
・人足(にんそく)・・・力仕事をして生計を立てている者

善の研究(西田幾多郎著:岩波文庫)

・メモ
第二編
実在とは、我々の意識現象すなわち直接経験である、我々の世は我々の情意を以て組み立てられたものであり、冷静なる知識の対象ではない
客観的世界と名付けているものも、我々の主観を離れて成立するのではなく、客観的世界と主観的意識の統一力は同じであるから、客観的世界は意識と同一の理において成立し、したがって自己の中にある理に基づいて宇宙原理を理解することができる
我々が主観の位置に立ち活動しているときはいつも無意識である
精神は実在の統一作用の結果であり、統一作用は矛盾との衝突を生むがゆえに、苦痛を感じ、その苦痛から脱するために一層大きい統一に達しようとする、統一に達した際、人は快楽を覚える
我々は自己の心底において宇宙を構成する実在の根本を知ることができる、すなわち神の面目を捕捉できる
我々は個人的自己の統一を以て満足するのではなく、さらに大きな統一を求める。そのために他人と自己との一致統一を求め、それが他愛を生じさせる。究極の統一が神との統一であり、神の存在は統一的活動の根本である

第三編 善
人は何故善を為さねばらないかを、人性により説明する
善は意識の内面的要求すなわち理想の実現、意志の発展形成、人格を実現することである。
善の裏面には必ず幸福の感情を伴う、幸福は必ずしも快楽と同義ではない
人間の肉体は祖先から受け継がれた細胞を持っており、古来から続く同一の生物と見做すことができる。また人間は文化や言語、因習などを含めた社会的意識と関係しながら生きている。

第四編 宗教
宗教を信仰するのは現世利益のためという利己的な動機からではなく、神という存在と合一するという宗教的要求から来るものであるべき
精神と自然との統一が神である
なぜ悪は存在するか?悪とは必ずしも悪ではない、今日悪とされることもかつては善であった、時代に適さないために悪となる
悪は矛盾衝突によって生まれる、矛盾衝突は実在発展のために起こるから、悪は善をもたらすための材料だと捉えることもできる

・感想・・・
哲学系の本であるため、難しいことを覚悟して読み進めた。
「序」において、初めて読む人は第一編「純粋経験」は略した方が良いと書かれていたので、まず第二編から第四編まで読み、最後に第一編を読んだ。一日で読み切ったので、集中力が切れかけていたせいか、一番最後に読んだ第一編が最も難解に感じた。
(結局「純粋経験」が何なのかはっきりしなかったが、現代よく言われるところの「ゾーン」のようなものだろうか)
ただ第二編~第四編は意外と読みやすかった(特に「例えば~」と分かりやすい具体例を用いた説明が多かったのが良かった)ので、哲学書も意外と理解できるんだなと思った。
全体の内容は、哲学に興味の薄い自分にはあまりハマらなかったが、第四編の宗教についての記述は興味深いと思ったし、人はなぜ宗教、そして神を信じるのかという疑問を解き明かす上で示唆を与えてくれる話だと感じた。

もういちど読む 山川戦後日本史(老川慶喜著:山川出版社)

山川出版社から出ている「もういちど読む」シリーズ。
これは戦後日本史に特化した1冊で、太平洋戦争の敗北(ポツダム宣言受諾)から2015年の集団的自衛権の行使容認までを網羅している。
薄く広く戦後史を概観でき、難しい記述も少ないのでササッと読むことができる。
この本を読んでいて、戦後の日本はいくつかの段階に分けて考えてみることができると思った。

  • 太平洋戦争敗北、連合国軍による統治、民主化、日本国憲法公布

  • 反共勢力としての力を持たせるため、日本を徹底的に弱体化させる方針から転換し、経済成長、労働運動の規制に舵を切る

  • 朝鮮戦争特需、米国の支援、人口ボーナスや日本的経営が功を奏し、順調に経済成長を進め、アジアや資本主義陣営を代表する経済大国となる

  • 経済成長が続き、米国の脅威になり始めたため、米によって冷や水を浴びせられる

  • 一旦は不況を脱し、再び経済成長が続くも、調子に乗った結果バブル崩壊を招き、数十年に渡る不景気が続く

以上は経済にフォーカスした上での分類であるが、政治や国際情勢など、他のテーマに基づいて考えることもできるだろう。

今回初めて知った知識・・・
・松前城が「城主の子孫」を名乗る浮浪者によって放火されたとあった。(1949年6月)ネット上の情報では火災があったとしか書かれておらず、詳しいことはよく分からなかった。
・1960年代に山一証券が事実上倒産していたが、政府によって救済された。
・「自動車の社会的費用」(宇沢弘文:岩波新書)は、社会的コストや環境汚染、交通治安悪化による損失を鑑みると、自動車輸送は鉄道輸送と比べて効率的でないと説いた。
・ハウステンボスのルーツ、「長崎オランダ村」というテーマパークがあったこと。(1983年開園、2001年閉園)

梅原猛の「歎異抄」入門(梅原猛著:PHP新書)

親鸞の直弟子唯円が書いた「歎異抄(たんにしょう)」についての本であり、「入門」と題されているように初学者でもかなり分かりやすく書かれている。
「歎異抄」にあるフレーズをもとに、親鸞がどんな考え方をしているのかについて、法然や唯円との関係、親鸞が経験した流罪などに触れながら述べられている。
現代語訳も収録されており、まさに歎異抄とは何かをとりあえず勉強したいという人に最適の1冊だろう。

メモ
・最澄・空海における日本仏教の成立・・・仏性の普遍化と戒律の軽減化、内面化をもたらした
・親鸞・・・肉食と妻帯を許す夢告を聞いたとして、当時の戒律に反する行為を正当化した
・善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人おや・・・他力にしか頼ることができない悪人こそ、南無阿弥陀仏と唱えることによって極楽往生を果たすことができる
・極楽浄土があるのにもかかわらず、なぜ念仏を唱えても全く気分が高揚しないのかと問う・・・それは現世にとどまりたいからという煩悩があるからであって、逆に現世を早く捨てて極楽浄土に行こうとする行為は煩悩が少なく、阿弥陀の本願に外れている

フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」60年の記憶(林典子著:岩波新書)

北朝鮮への「帰国事業」によって、朝鮮人の夫とともに北朝鮮へ渡った「日本人妻」を直接取材した1冊。
タイトルにあるように、写真も何枚か掲載されており、異国の地北朝鮮で数十年に渡って生活している日本人妻、そして彼女らの家族たちの姿、北朝鮮に生きる人民や中朝国境を通る国際列車の車内など、北の様子を克明に読み取ることができる。
帰国事業で北朝鮮に渡った人の多くは新潟港から出発したが、その新潟の日赤センターや「ボトナム通り」には、帰国を記念して柳の木が植えられたという、これは初耳だった。
どんな思いで北に渡ったか、異国での生活と現地の人々との出会い、そして日本に残した家族への想いが、著者による取材ではっきりと浮かび上がる。
第二次大戦時から朝鮮半島に滞在する、「残留日本人」の女性も登場しており、北朝鮮で生きている日本人や日本にルーツのある人が確かにいることが分かる。
隣国であるのにもかかわらず、さまざまな事情で国交正常化を果たせずにいる両国の関係が改善され、双方の国の人が気軽に行き来できるような時代が来ることを願いたい。

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