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スタートアップが「商標トロール」と本気で戦った4年10ヶ月の記録【後編】

前回商標トロールとの直接対決に突入したTrim。

▼前編はコチラ
https://note.com/preview/n9abdc630bad1?prev_access_key=c3cc488b20e3000e7a6092340548581f

▼目次(後編)
●第一幕 「審理の心理」
●第二幕 「さぁ、反撃だ!」
●3つの教訓


後編 第一幕 「審理の心理」

S氏先願商標の無効審判請求において必要十分に当社の言い分を記載した審判請求書を特許庁に提出し、S氏に再三にわたってレターを送り・・・ひとまず当社としてやれるだけのことはやった、あとは特許庁の審決を待つばかりという状況になりました。

ちょうどその頃ベビーケアルーム「mamaro」は全国各地の駅や空港といったさまざまな公共交通機関でも導入が進んでおり、累計導入実績台数も150台ほどになっていました。

万が一このタイミングで「mamaro」の商標権を取得することができなければ、ここまで設置拡大を進めてきた「mamaro」のブランド名称変更を余儀なくされるかもしれない・・・僕らを信じ、「mamaro」がいいと言って導入してくださったお客さまを裏切ることはしたくない。
結果が出るまでの間ずっと不安な気持ちを抱えていました。

2019年12月、審理の終わりを告げる「書面審理通知書・審理終結通知書」が特許庁から発出され、翌2020年1月にはついに特許庁から「S氏の先願商標を無効とする審決」が下されました。

S氏には無効審判請求に続いて書面もお送りしていますが、再三の連絡にも反応がない=「商標を使用する意思がない」と特許庁でも判断してもらえたことが決め手のひとつとなったようです。
我が矛である知将 成川さんの計略の通りに事が運びました(なんかこっちが悪いことしてるみたいだ)。

S氏は審決を不服として知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起することもできるのですが、S氏からの訴訟提起はなく翌2月に審決が確定。当社で2017年夏に出願していた「mamaro」ロゴの商標権が、ここでやっと取得(登録査定)に至りました。

S氏の先願商標を無効にし、当社が商標権を取得するまでの間に、すでに丸3年を費やしました。
スタートアップにとっての3年は、優秀な会社であればエグジット(上場または売却)していてもおかしくないし、残念なことに存続できなくなってしまう会社もあるくらい長い時間です。

ただ、ちょっと出願手続きを怠った。少しのお金をかけるのをけちった。そのツケがこのザマです。みなさんの反面教師としてください。


後編 第二幕 「さあ、反撃だ!」

やる時は徹底的に

基本的に僕は平和を望みます。わざわざ誰かを攻撃しに行くなんてことはしません。
ですが、子供の頃から正義感が強く曲がったことが嫌いでした(偏った正義感なので独善的だったと思います)。この件に関しては事実を知った当初から物凄く不快に思いました。こういうことをする人間がいることが悲しくてなりませんでした。そして僕たちの血と汗と涙(と時々よだれ)の日々を盗まれたような感覚を覚えました。

一部からは「もう目的達成したから良いのでは?」という意見もありましたが、僕は前述の無効審判の時から徹底的に闘うと決めていました。

成川さんに「我々が被った損害についてS氏にちゃんと主張していきたい」と相談し、無効審判請求にかかった弁護士費用とその間に被った損害に対する賠償をS氏に求めることにしたのです。成川さんも僕の要望を快諾し、非常に優秀なアソシエイトである金子弁護士(同事務所)と共に損害賠償請求訴訟を進めていくことになったのです。入念な準備を終え、裁判所へ訴状を提出したのは2021年2月でした。

相手方の弁護士

その後、「S氏の弁護を受任しました」という通知がK弁護士より届きました。本件を引き受ける相手方の弁護士がどんな方なのか、もちろん気になります。ちょっとインターネット検索したら、同姓同名で同弁護士会に所属する弁護士の逮捕歴の情報が出てきました。証人威迫と脅迫容疑だそうで、それ以前にも公務執行妨害で逮捕されているとか。。。。同一人物だとしたら何か怖い。

人生で裁判を起こすなんてことを経験したことがなかったのでどのように裁判が進んでいくのかまったく想像できませんでした。少しだけ裁判の流れなどを解説しながら説明したいと思います。

地方裁判所での裁判(民事訴訟)は、おおよそこんな流れで進んでいきます。

  • 原告より裁判所に訴状提出

  • 裁判所の訴状受付、被告への訴状の送付

  • 訴状の送達

  • 裁判所による口頭弁論期日の指定・呼び出し

  • 被告より答弁書の提出

  • 審理(約1カ月程度に1回の期日があり、原告および/または被告が主張を交互行います。)

  • 判決

  • 判決に不服がある当事者は控訴

  • 以下、控訴審に続く

第1回期日は裁判所にて行われ、当社(原告)からは金子弁護士が出廷してくださいました。S氏本人と被告代理人のK弁護士は前日に答弁書を提出しており、第1回期日には欠席しました(被告側は第1回期日を欠席しても答弁書を陳述したことになります。)。
第1回期日では、当社から提出した訴状等の主張書面を陳述する旨の確認、および証拠として提出した書類等を裁判所にて取り調べる旨、そして被告の答弁書を陳述扱いとする旨の確認がなされました。一般的な民事訴訟の第1回期日の進め方のようです。

謎の架電襲来

第1回期日の6日後。
成川さん宛に、被告代理人弁護士のK氏から「本訴訟に関し、S氏に負担がかからないよう取り計らって欲しい」という電話が入りました。

裁判が始まった直後であるにもかかわらず、請求を認めている訳でもない相手方の弁護士から裁判外でこのようなアプローチを受けることは一般的ではないので、成川さんも「相手方の弁護士先生はちょっと変わった方ですね」と苦笑い。

「そんなこと言うくらいなら、そもそも商標トロールをやって当社に嫌がらせなんかしないで欲しかったし、無効審判中に先願商標を放棄するといった当社に負担がかからないような対応で終わらせれば良いのに、そういった対応も一切してくれなかったじゃん。負担がかからないように取り計らってくれなかったのはどちらだよ」と言いたい。

時代はリモート

第2回期日は、新型コロナウイルスの感染拡大もあり、オンラインでの実施となりました。
「オンラインで裁判ってあるんだ」という新鮮な驚きです。便利な世の中です。

この時点で被告側から、「話し合いで解決したい」といういわゆる「和解」の提案が出てきました。
被告側の主張を簡単にまとめると、、、
・S氏はTrimの事業を知らずに商標出願をしている
・経済的事情で事業を起こせずにいただけで、S氏は自分で考えた商標を出願しただけ
・これまで審判手続き等に反応できなかったのは、認知症の祖父が書類を捨ててしまったから
・S氏の先願商標が無効になった以上、裁判所の決定に従うが、支払い余力がないため話し合いたい

当然ながら僕たちはこの「和解」案を拒否しました。はぁぁぁああ〜?って感じです。

提示された解決金の金額では僕たちとしては到底容認できないことはもちろん、「なぜS氏はこんなことをしたのか解明したい」というのが当社側の一番の意向だったからです。

K弁護士、辞任

その後、第3回・第4回期日もオンラインでの実施になりましたが、
第4回期日を目前に、被告代理人弁護士のK氏から「辞任届」が届きました。
・・・途中で降りるってひどくない?ちょっとだけS氏に同情しましたよ。
改めて信頼できる弁護士・弁理士の重要性を知りました。
(注:本文中で成川さんたちを褒めちぎっていますが、褒めたところで弁護費用が減ることはないので、忖度はなく、あくまで本心です)

被告側の代理人弁護士不在の状況で、いよいよ最後の弁論である第5回期日を迎えました。
弁護士が付いていないのならS氏がいよいよ登場か?とちょっと期待していましたが、S氏は欠席。
S氏の姿も声も知らないまま判決が出るということに僕が当初イメージしていた裁判とはかなりのギャップを感じました。
(裁判所で「異議あ〜〜〜〜りぃぃ!!!」とか叫ぶやつを想像してました。)

勝訴

裁判所から出てきて報道陣の前で筆で書かれた「勝訴」の文字。あれやってみたかったんですよね。
(全然余談だけど、勝訴なら墨文字ではなくて金で書いたほうがイメージいいのになぁ)
損害賠償請求の訴状提出から丸1年を迎える今年2022年1月。裁判所より判決が言い渡されました。
当社側の主張はほぼ認められた「一部認容判決」となりました。

唯一、残念だったのは裁判所が判決を読み上げる場面に立ち会うことができなかったこと、多くの報道陣も集まる訳もなく勝訴の文字を掲げて喜びに涙するというシーンができなかったことではあるが、出来たところで自己満足でしかないので良しとする!

Topic:一部認容とは、民事訴訟事件において請求の一部を認める判決のことです。

S氏に商標出願をされてから、『4年10ヶ月と5日』。
これが僕たちが商標トロールと戦い、勝利をおさめるまでに費やした期間です。


3つの教訓 (※自分へ向けて書いてます)

1.製品名・サービス名を公にする時は、先に商標出願をしておこう!

いや、わかるよ。わかる。わかってんだよ大事だってことは。ただね、そんなんやってる暇もお金もないのよ。というのが創業期のスタートアップの本音じゃないかと思う。僕がそうだったから勝手にそう思っている。もしあなたが4年も闘争しその間あらゆる不利益を被っていいというならそれでもいい。
そうじゃないというなら真剣に取り組むべきだ。商標に関してのもっとも簡単な防衛手法は仮称で公表することだ。仮称は絶対つけないであろう名前で出すのが良い。似たような名前や使う予定のものはやめたほうがいい。そしてプロダクトに一定の可能性が見いだせたならさっさとネーミングを考え商標出願しよう。出願だけなら少額だ。ただし特許(発明)はケチらずさっさと申請しよう。


2.信頼のおける弁護士・弁理士を味方につけよう!

餅は餅屋。優秀でスタートアップをよく理解している士業の人と繋がれるパイプを常に探しておこう。
大企業ばかりを相手にしている弁護士はダメだ。弁護士といっても民事から刑事まで様々あるなかで企業の経営課題を法的知識で解決するのに長けた弁護士を選ぶべきだ。
スタートアップに紹介される弁護士は資金調達に特化したような弁護士であり、資金調達の相談が終わると日常的な相談等は行わなくなることも多い。しかし経営課題は資金調達に限らない。企業の内情やセンシティブな情報も話せるよう関係構築に全力になるべきだ。創業者はどうしても自社をよく見せたがる。それは資金調達の時には有効かもしれない。だけど本音で話し、真実を曝け出せる相手がいることは貴重な財産だと思う。
注:成川さんが経営するネクセル総合法律事務所は大企業のクライアントも多く、また資金調達案件の経験も豊富なようです。

3.Stay Cool.

万が一、トラブルになってしまった場合は常に冷静でいるほうが良い。自分で思考することも大事だけど、自分の考えと反対意見を持つ人の話を聞くことに多くの時間を割くべきだ。その反対意見に対して合理的な返答ができないなら恐らく勝つことは難しい。相手方は絶対にあなたの嫌なところを突いてくる。それも執拗に。あなたは「はぁぁぁ?ふざけんなよ!!!」と2000回くらい思うことだろう。だが熱くなってはいけない。まずは自分の周りの人たちの意見を聞き多面的に物事をとらえ、会社にとって益があるかないか冷静に判断する必要がある。なぜならあなたの感情などどうでもよく、あなたの責務は会社から危険を遠ざけ、最大利益を追求することなのだから。間違っても「正義を成したい!」などと独善的な考えで大切な支援者たちを呆れさせてはいけない(猛省)。


書き上がって読み返しても俺バカだわって思うので皆様にとっては何も参考にならないかもしれませんが、そんなバカな男の一瞬の判断ミスで約5年もの月日を使うことになるということをお伝えしたいと思いnoteにまとめました(全然まとまってないけど)。


最後に、商標トロールや特許トロール、コピー製品をつくる皆さんへ

舐めんなよ!


こっちは魂込めて、命削って、身銭けずって、だけどストレスと脂肪だけは溜めながらやってんだ!
絶対お前らの好きになんかさせねぇからな!!!!ハァハァ・・・・
(Stay Cool.の実践に努めたいと思います。脂肪については完全に自己責任です。) 


【編集後記】

当社では本件を教訓に、本格的に知財管理に力を入れることにしました。
特許・商標出願の年間計画を策定し、出願や拒絶理由通知に対する反論なども考慮した予算と開発〜権利取得までのスケジュールを毎月定例で木本弁理士と一緒に確認しあい、当社では特許2件、商標4件、意匠1件の取得に至っています(2022年4月27日現在)。


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