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『無駄をなくす』の落とし穴

『無駄をなくす』という言葉がある。

それは、
「限りある時間を無駄遣いしない」
「めいっぱい瞬間瞬間を味わい尽くす」
 
といった意味で使うならば、
とても良い言葉だと思うけれど

「無駄なことは一切しない」
「無意味な選択から絶対的回避を目指す」

と言う考えのもとに使われているときは、
少し苦手だ。

確かに、この世の中には
無駄なことってたくさんある。

もちろん、
ただの「無駄」もたくさんあるんだけど

でも、一見必要ないと思われていても
「新しい発見や体験をもたらす無駄」だって
その中には確かにあって

リスクやコスパヘッジだけを考えて
周りの目を過剰に気にしてしまうと

そういう必要なものって得られず、
新しい発見や体験が
できにくくなるんじゃないだろうか?

何かを作りたい、生み出したいって時
はじめに想像を広げる時
閃きがおきる時

そういう時に、
そっと手助けしてくれるのが

この一見「無駄」だって
普段はちょっと軽んじてたり
下らないものだとされてたり
見過ごされているものじゃないかなって

そんな事を思う、風邪ひきの午後でした。

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