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【歴史概要11】スペイン帝国・アステカ帝国・インカ帝国

①カスティーリャ王国とアラゴン王国は統合し1469年にスペイン王国を樹立する。1492年にグラナダを陥落させイベリア半島からイスラーム勢力を完全に追放する事となった。同時期にコロンブスが大西洋横断をした。

②中米のメキシコ高原には12世紀半ばにはアステカ人が進出していた。14世紀にはテノチティトランを首都としメキシコ中央部の太平洋岸からメキシコ湾まで巨大な統一国家を樹立していた。

③1519年にスペイン王カルロス1世(カール5世)はエルナン・コルテスを新大陸に派遣した。キューバを基盤としてテノチティトランに向かった。コルテス軍は少数だったがアステカ帝国に抵抗する現地人も仲間に加わり加勢した。

ヨーロッパから中南米にもたらされた伝染病(天然痘)によりアステカ帝国の人々は激減していく。1521年に勢力の衰えたアステカ帝国はコルテスらによって滅亡した。

④南米のアンデス高原には15世紀から16世紀にかけてペルー南部のクスコを都とするインカ帝国が樹立した。高度な石造建築・黄金細工・織物技術・灌漑施設などを活用した農業が営まれた。文字はなかったが縄の結び方を利用して意思疎通をしていた。

⑤16世紀前半に皇位継承をめぐって内戦があり帝国は疲弊をしていた。その混乱期にスペイン人探検家フランシスコ・ピサロによってインカ帝国は滅ぼされた。

ピサロは首都クスコを破壊し、1535年にリマに新首都を建設しインカ帝国の金銀を強奪した。その後仲間割れでピサロは暗殺された。スペイン本国から新総督や行政官がペルーに派遣されスペインは本格的に植民地統治を始める。

⑥中南米植民地の重要拠点にはアウディエンシアという司法・行政機関を置いて統治した。カトリック教会および教区司祭も植民地統治に一役を担った。

先住民をキリスト教化するという条件で先住民統治をはじめ、貢納や賦役労働が課せられた。これがエンコミエンダ制である。しかし実態は原住民のインディオはスペイン帝国にとって都合の良い奴隷となっていた。

⑦スペイン王室は制度の廃止を何度も試みたが強い反対運動のため制度は継続した。こうした搾取や虐殺の結果先住民の人口は激減し鉱山の採掘量は減っていった。エンコミエンダ制は16世紀末以降衰退し18世紀には中南米からなくなっていった。

⑧17世紀頃から不在地主の植民地による大土地所有制度の下で先住民を債務奴隷として労働力として家父長的に支配する大農園経営の形態であるアシエンダ制が導入された。

農場主が直接先住民を雇用して農場内に定住するようになり先住民の共同体は解体されることとなった。

⑨中南米のスペイン植民地の労働者は不足していたので17世紀にオランダ、18世紀にイギリスが中心となりアフリカから黒人奴隷を労働力として供給していた。これにより植民地には様々な人々が入ってきてより社会状況は複雑になっていった。

⑩入植者はペニンスラールというスペイン生まれの白人とクリオーリョという現地生まれの白人がいた。

クリオーリョには土地を所有し商業を営む権利はあったが官吏資格や政治的権利はなかった。ナポレオン戦争に呼応した中南米の独立運動ではクリオーリョが中心になった一つの理由である。

⑪メスティーソという白人・先住民の混血者や先住民がおりその下に黒人奴隷が存在した。ムラートという白人・黒人の混血者やサンボという先住民・黒人の混血者もいた。

本国者たちによる強烈な収奪、白人同士の権力闘争、奴隷身分におかれた人々の不満などスペイン植民地帝国はカオスな状態になっていた。スペイン本国が強国であった際は支配の持続が可能であったがスペイン本国の支配力が低下していった事で植民地の人々の不満の声が高まっていった。

⑫1588年にスペイン本国はイギリスとのアルマダの海戦で無敵艦隊が敗れる。17世紀末の王位継承戦争でハプスブルク家からブルボン家に権威移譲が起こる。ジブラルタルとフロリダをイギリスに割譲し影響力は低下していく。

⑬1808年にスペイン王家の内紛に干渉してフランス軍がマドリードを占領する。ブルボン家は追放され、ナポレオンの兄ジョセフがスペイン王となった。

1808年5月にナポレオン支配に抵抗する市民がマドリードで蜂起しスペイン独立戦争が起こる。後にフェルナンド7世が即位し絶対王政が復活するが国内は安定しなかった。

⑭スペイン本国は混乱の渦のなかにあり南米の植民地は独立運動が盛んになる。1811年に南米のパラグアイがクリオーリョを中心に独立する。アルゼンチンやチリ、メキシコ、ペルーなどが次々に独立を果たす。1810年代から1820年代にかけて中南米諸国が一斉に独立をしたことでスペインは衰退していった。

⑮1868年にスペイン九月革命が起こり第1共和政が樹立されるが
すぐにブルボン王朝が再興された。

⑯1898年にキューバ独立をめぐってアメリカとの米西戦争が勃発するがわずか4時間でスペイン海軍は全滅した。

キューバは独立しアメリカへプエルトリコ、フィリピンを割譲することでスペインは北アフリカのスペイン領サハラ以外の海外植民地のすべてを失った。

■参考文献
『滅亡から読み解く世界史』 関 眞興 実業之日本社

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