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満面の笑みで高みを目指す? 文章上達のために「紋切り型」の語を言い換える

若手記者の頃、会社内で語り継がれるエピソードがあった。記事に「●●選手は会心の浮かべた」と書いた記者が、それをチェックする上司(デスク)から叱責されたという。

 「会心の笑みって何だ?」
 「喜んだ笑顔です」
 「じゃあ、会心の笑みを浮かべてみろ!」
 「……」

勝利した選手が笑顔を浮かべたとしても、それぞれ違う表情、仕草のはずなのに、ひとくくりに「会心の笑み」「満面の笑み」と表現するだけでいいのか? もっと適した書き方があるんじゃないか? 

そう戒める訓示の類いのような話で、実際に記者と上司の間で交わされた会話かどうかは分からない。

もう7、8年前になるが、一回り以上も年下の記者が「会心の笑みを浮かべた」と書いてきたので、上記の話を披露した。

「じゃあ、飯島さんは、『会心の笑み』とか『満面の笑み』って書いたことないんですか?」
「ないよ」

そう断言したのだが、記者は、事実関係を確かめる…いわゆる「裏取り」が重要である。有能な後輩記者は確認すべく、会社(日刊スポーツ)の記事データベースの検索欄に「会心の笑み」「飯島智則」と打ち込んだ。

1件ヒット。しかし、取材班が連名で記載される海外からの記事で、私が書いたものではなかった。当たり前だ。私は紋切り型の表現を使わないよう気を付けてきたのだから。

後輩は、次に「満面の笑み」「飯島智則」と打ち込んだ。私は、「0件」と出て、後輩の尊敬を受けるシーンを想像したのだが‥またも1件ヒットした。開いてみると、今度は間違いなく私が書いた記事だった。

しかも、2004年(平成16年)のアテネ五輪という、記者生活の中でも力を入れて臨み、深く記憶に残る大舞台で「満面の笑み」を使っていた。

同年8月21日付の日刊スポーツ。巨人高橋由伸選手が放った先制2ランを報じる記事の中にこうある。

(前略) 
 高橋由は「プレッシャーを楽しむ」というタイプではない。初戦前日も口々に「楽しみ」と言うナインの中、1人で「不安だらけです」と口にしていたほど。人一倍の責任を、重圧を感じ、それと正面から戦って打ち勝とうとする。自分がミスを犯して試合に負けた。その重みを十分過ぎるほど感じながら、フルスイングで結果を出した。だからこそ、安ど感も大きい。宿泊先のホテルに戻った瞬間「ホント、よかったよ」と、満面の笑みを見せていた。
(後略)

2004年8月21日付の日刊スポーツ

高橋選手は確かに笑っていたので、事実を誤認して報道したわけではない。言い訳をするようだが、締め切り時間までに出稿するためには、紋切り型の表現もやむを得ないケースもある。

しかし、安易な表現で終わらないよう心がけてきたので、何とも残念だった。

新聞記者が記事を書く上で参考にする「記者ハンドブック」(共同通信社)にも次のように注意事項が記されている。手元にある古いバージョン(2016年3月24日発行の13版)から抜粋する。

紋切り型やマンネリ表現を使わない。
[例]うれしい悲鳴 大わらわ がっくり肩を落とす 閑古鳥が鳴く 首を長くして待つ 成り行きが注目される ポンと投げ出す 幕を切って落とす みる向きもある(「一夜明けて」も便利な表現だが、安易に使わない)

「記者ハンドブック」(共同通信社)

別の言い方を考えるトレーニング

「使わない」という否定の指示だと、窮屈に感じ、文章を書くのがイヤになってしまう人もいるだろう。

私が勧めるのは、「別の言い方を考える」というトレーニングだ。

以前にも「推敲」の大切さを書いた。書き終えた記事を読み直し、何度も書き直してみる。

書き出しを変えてみたり、順番を入れ替えてみたり…

このとき大切なのは絶対に消去しないこと。同じ原稿でもタイトルに①②③④⑤…などと入れて、すべてを保存しておく。結局いろいろ試してみても、最初に書いた表現がしっくりくる場合もあるからだ。

同じフレーズが多いと感じたら、別の表現を探す。このとき便利なのが「連想類語辞典」。言葉を入れると、類語、関連語、連想される言葉が多数出てくる。その中から好みの言葉を探せばいい。とても便利なので、パソコン、スマートフォンともに登録して、よく使っている。

「満面の笑み」と打ち込むと、「(思わず顔が)ほころぶ」「ほころばす」「スマイル」「柔らかい顔(をつくる)」「表情を崩す」「ほほ笑む」などと出てくる。

プロ野球担当のデスク(現場記者の原稿をチェックする係)だった頃、勝利チームを報じる6本の原稿のうち、4本が「さらなる高みを目指す」という表現で締めくくられていた。

日本ハムに所属していたダルビッシュ有投手らが使い、向上心を表現する言葉として記者の間でもはやっていたのだろう。

もちろん事実誤認ではなく、格好いい表現だと思う。しかし、皆が使っているのであれば、別の表現に言い換えた方が、ライターとして、さらなる高みを目指すことになるだろう。