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夜に住む子供たち

「おっさんのオナニー見るだけで1万もらえるんだけどさ。一緒にやらない? めっちゃ稼げるよ」
騒がしい教室で、同級生のKは昼食のパンを齧りながら言った。
15歳だった。


「ごめんごめん、イチコはそういうのやらないもんね」
答えに詰まる私に、Kは笑ってそう言った。

ススキノから徒歩圏内の学校で、こういう類の話は日常的に流れてきた。

年齢をごまかしてニュークラブ(他県でいうキャバクラ)で学費を稼ぐ子、援助交際で弟を養う子、イメクラで稼いだお金を年上の彼氏に渡している子…。
彼女たちは「なんでもないこと」のように、夜の街で起こった出来事を口にしていた。


たぶん彼女たちは、私のことを対岸の人間のように位置付けていた。
実際、どんなに友人たちに誘われても性的なことでお金を得たことは一度もない。

それは、たまたま私が「それをしなくても生きていける環境」にいたからにすぎない。

貧乏な彼氏のアパートに入り浸っていたことはあるけれど、実家に帰ればいくらでも食べる物があった。
「実家の水道止まっててさ」と「これ、援交の客リスト」を同じ声音で話す友人たちからは、私なんてただの甘ちゃんに見えただろう。


でも、もしひとつでも状況が違ったら。 
私は容易に対岸へ流されていたと思う。夜の街には、子供達が流れてくるのを手をこまねいて待っている大人が、本当に、本当にたくさんいる。
昼の世界の常識は、悲しいくらい通用しない。

対岸からそんな世界を、どうすることもできずに見ていた。

ある夜にKは、泣きながら私に電話をかけてきた。
「自分がどうしようもなく汚く思える」
なんて答えればいいのか分からなくて、私はただ「そんなことない」という言葉を繰り返すことしかできなかった。
「どこにいるの? 迎えにいく」そう伝えるとKは、ラブホテルにいること、客がもうすぐシャワーから戻ってくることを早口に言って、電話を切った。

大人になってから振り返ると、行政等の力を借りれば彼女を救う手段はあったのだと思う。
私たちは、そんなことも知らないくらい子供だった。
そんな子供の弱みにつけこんで搾取する大人が、同じ地面を踏んで息をしている。反吐が出る。


先日、同郷の芸人さんの若い頃の逮捕歴が週刊誌に載った。
「それが普通だと思っていた。周りが全員そうで。」
ネットニュースで流れてきたのは、まぎれもなくあの街で育った人の言葉だった。

罪を擁護する気持ちはまったくない。まったくないのだけど。
あの頃周囲にいた、夜の街に住む友人たちの姿が重なる。


電話で聞いたKの声を、今でも覚えている。
夜を駆けて、閉ざされたホテルの扉を蹴破り、当時の彼女を抱きしめに行けたなら。大人たちをぶん殴って踏みつけて、彼女の手を引いて逃げられたなら。

行き場のない思いと共に、今日も夜が更けていく。


お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!