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シンデレラにはなれない

こんにちは。
丘咲 つぐみです。

21回目の記事になります。

 副作用の休息期間を最大限に使って、税理士試験の勉強に向き合いました。
リミットは2年。2年間で5科目全てに合格しなければなりません。いつ激しい副作用が再開するか分からない、いつ痛みで身体が動かなくなるか分からない状況です。しかも、この間も、複雑性PTSDや摂食障害をはじめとした虐待後遺症による精神疾患による症状は全く落ち着いていません。「税理士になる」という強い決意の一方で、「今日にも死んでしまいたい」という思い(希死念慮)も同時にいつも抱えています。専門学校で顔を合わせる先生も学生さんも、病院のスタッフも、全員攻撃してくる敵に見えています。そんな状況の中で勉強に向き合うことは、尋常ではない行為だったように思います。
しかし、目的を実現させるための強い決意と、「2年」というリミットが、私を動かしてくれていました。

結局、リミットの2年間のうち、勉強できる期間をどうにか8か月間確保することができ、4科目に合格することができたのです。
30歳頃のことでした。

だけど、4科目の合格では、何の意味もないのです。

この時、税理士試験と向き合ってから、初めて激しく動揺していました。4科目合格では、税理士にはなれない。でも、私のリミットは過ぎてしまったのです。シンデレラの物語のように、キレイに終えることはできませんでした。
しかも、私には、「なんでも良いからお仕事をして、その場の生活費を稼ぐ。簿記の資格を活かして働く。受験費用を貯める。」という選択肢は無かったのです。

なぜなら、この時同時に、次の手術・入院をしなければならない決断を迫られていたからです。
もちろん、身体面でも精神面でも、働くことができる状態とは全くかけ離れていました。
税理士試験と向き合った2年間は、モルヒネという麻薬と共に生活する2年間でもありました。まだ20代の若い身体で、これ以上モルヒネを使い続ける生活は、余りにもリスクが高いというのです。だから、もう一度手術をして、モルヒネを手放せる生活まで改善させましょう、というのがお医者様からの提案でした。モルヒネの副作用に苦しんだのは、私自身です。だから、手術の必要性はよく理解できました。しかも、再度の手術によって回復する可能性があるのならば、そのチャンスに掛けたい、と思えました。私にとって、脊髄の手術なんて、怖いものでもなんでもありません。「生きること」ができる可能性が少しでもあるのなら、何度でもして欲しいくらいです。きっと、「麻酔なしの手術」と言われたとしても、受け入れたことでしょう。

残念なんて言葉ではとても足りないのですが、税理士を目指す生活は、暫くお休みです。
手術に向けて、整えていかなければなりません。

手術をするための入院の期間、唯一の気がかりは、5歳になった「息子」のことです。息子の世話をお願いできる先が、どこにもないのです。
両親にお願いするなんて、恐ろし過ぎてとても考えられませんでした。

(つづく...)

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