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物語の欠片 紅の蜥蜴篇 14

-カリン-

「反響か。迂闊だったな。すまない」
「いえ、クコさんのせいではありません」
 カリン、レン、クコの三人は建築室の打合せ用の小部屋で話をしていた。
 カリンからアヒでの話を聞いたクコは腕組みをして考え込んだ。
「俺も行けばよかった」
「そう言われると思ったのですが、これから調査のためだけに行くのは危険の方が大きいので、何があれば正確な音が計算できるのかご相談に伺いました」
「お前のことだ。何か考えてあるんだろう? 先ずは聞かせろよ」
 カリンは頷いて図面のようなものを取り出した。クコは腕組みしたまま暫くじっとその図面を見つめ、顔を上げてカリンを見た。
「これ、お前が描いたのか?」
「はい。製図の知識は無いのですが、絵は比較的得意です。以前、ワイの件でクコさんが図面を起こしているのを拝見したので、これならば伝えられるかなと思って」
 カリンは笑顔を見せた。子供の頃からずっと薬草の絵を描いてきたのだ。自分で作った薬草の目録もある。
「これが、例の舞台の下にあるという装置だな? なかなかいいぞ、これ」
「あの短時間でよくここまで細かく記憶したね。それに、いつの間に描いたの?」
 レンも感心したように口を挟んだ。カリンはレンに叱られると思いつつ小さな声で答える。
「スグリさんの病室で。……どうせ眠れなかったから」
 案の定レンは眉を顰めたが何も言わなかった。
「寸法は正確か?」
「いつも使っているロープで測ったので正確だと思います」
「素材は?」
 クコが尋ねる。
「この装置自体は鋼でできていました。ただ、この先の、火山に通じる通音道はおそらく鸚鵡石です」
「鸚鵡石……か。お前、よく分かったな。あれは玄武岩と見分けがつかない」
「蜥蜴のおかげです」
「蜥蜴?」
「あ……」
 レンが声を上げる。カリンは頷いた。
「フエゴで珍しい紅い蜥蜴を見たのです。どこかで読んだことがあると思って薬師室の古い資料を見直しました。そうしたら、紅い蜥蜴……資料では竜の子となっていましたが、その蜥蜴は鸚鵡石のあるところにしか棲まないと書いてありました。それに、普通の玄武岩より、音が響いている気がしたのです」
「何で薬師の資料にそんなことが書いてあるんだよ……まさか……」
「はい。薬の材料です」
 クコも、レンと同じように気持ち悪そうな顔をした。カリンは思わずくすくす笑う。
「大丈夫です。今は使われていません」
「お前……もう失敗したくないよな?」
「ええ」
「……二日じゃ無理だな。三日貰えるか?」
「はい」
「模型を作りたい。今から俺が言うものを手配できるか?」
 クコは模型を作るための場所、建築室の人材を数名使うこと、それから素材の手配をカリンに依頼した。
「今から陛下にお会いしてきます」
「よし」
 クコは満面の笑みを浮かべた。
「レン。四日後に二度目を決行したい。族長とシヴァさんと相談できる?」
「分かった。カリンはどうするの? ずっと此処に居る?」
「三日後、クコさんたちの答えが出たら一度マカニに戻りたい。族長様とお話したいの」
「そうだね。それじゃあ三日後に迎えにくるよ。ネリネもその時に連れて行こう。誰かもうひとり連れて来る。……それまでにスグリさんが回復していればいいね」
「うん……」
 建築室を出て、城の北門の広場でレンと別れた。
「カリン、無理しちゃ駄目だよ」
「ありがとう。レンも気をつけてね」
「もちろん」
「ねえ、レン」
「何?」
 カリンは何も言わずにレンを抱きしめた。適切な言葉が見つからなかったがレンに触れていたかったのだ。レンもカリンの背中に手を回して抱きしめてくれた。
 カリンはレンの姿が見えなくなるまで空を見上げていた。
 しっかりしなくては。そう自分に言い聞かせて王に面会を申し入れるために踵を返した。

 必要な手配を済ませ、カリンはスグリの病室へ行った。スグリの腕から点滴の管は外れていた。もう大丈夫だと判断されたのだろう。
「また来たのか? 朝、もういいと言っただろう?」
 スグリはベッドに横になったまま、顔だけをカリンに向けて言った。
「今後の対応が決まったので、知りたいかと思って」
「それは知りたいな。どうなった?」
「三日後に建築室の見解が出るのでそれを聞いてマカニへ戻ります。順調にいけば四日後に二度目のフエゴ行きを決行します。レンともう一名が、三日後に迎えに来てくれることになりました」
「三日後か。それなら俺も動けるだろう」
「本当ですか?」
「動こうと思えば今でも動けるさ」
「無理はしないでください。火蠍の毒は猛毒なのです。本当に、今どこか違和感を感じるところはありませんか?」
「お前に言われたくないな。無茶はお前の得意分野じゃないのか?」
「私のことはいいのです。今は……」
「良くない」
「私の状態とスグリさんの状態は関係ありません。今のスグリさんの状態を教えてください」
「お前は本当に……」
「はぐらかさないでください」
 スグリは溜息を吐いた。
「……左手が、まだ痺れている。それだけだ」
「それは医師には……」
「言ってない。……おい、そんな顔するな」
 確かに、患者の前で自分の感情を顔に出すのは医局の人間として失格だ。カリンは小さく息を吐いて気持ちを薬師に切り替えた。
「一度傷を拝見しますね」
 カリンはスグリの左手の包帯を解く。傷はまだ赤黒く燻っていた。
「少し……待っていてください」
「何をするつもりだ?」
「薬草を取ってきます」
「今からか?」
「今出れば夕方には戻れます」
「おい、お前、昨日までふらふらだっただろう」
「もう大丈夫です」
「信じられないな」
「信じていただけなくて構いません」
 カリンはそのまま病室を出た。早足で厩舎に向かいながら、ガイアをマカニに置いてきたことに気がつく。ユッカに他の馬を借りるしかない。
 万が一左手に麻痺が残ったら、スグリはもう弓を引くことができない。マカニの戦士を続けられなくなる。そんなのは嫌だ。
 馬を借りたいと言うとユッカは驚いた顔をした。ガイアはどうしたと聞かれ、今回はレンに送ってもらったのだと言うと納得したように頷き、空いている馬を貸してくれた。名前はサクラという雌の馬だ。カリンが初めて見る馬だったが、脚は速そうだった。
 サクラとは少し走ると仲良くなった。ガイア程ではないが、サクラは軽やかに早く草原を駆けた。
 アルカンの森で、主への挨拶もそこそこに必要な薬草を摘み、急いでアグィーラに戻った。そのまま薬師室に行き、ユウガオに事情を話して薬草の処理室に入る。
 いつもの部屋に入るとほっとした。カリンは呼吸を整えて薬草の処理に集中した。お願い。スグリさんを助けて。
 薬草の処理を終えてスグリの病室に入ると、スグリはカリンを睨むように見た。
「遅かったじゃないか」
「ガイアが居ないことを忘れていたのと、薬師室で薬草を処理してから来たので」
 カリンは笑顔で応える。
「これを飲んでください。美味しくはないけれど」
 スグリは怖い顔をしながらも素直に薬を飲んだ。カリンは続けて再びスグリの左手の包帯を解き、傷口に別の薬草から取り出した液体を塗る。包帯を元の通りに巻き直してベッド脇の椅子から立ち上がった。 
「……お前は、ずっとそうなのか?」
 スグリが尋ねた。
「そうですね。きっと子供の頃から」
「面倒くさいな」
「そうだと思います。あの……スグリさんが元気になったら関わらないようにします。明日も様子を見にきても良いですか? その薬、多分効くと思うのですが、様子をみたいのです。私に会うのが嫌なら医師に頼んで帰ります」
「そういうのが面倒だと言ってるんだ」
「ごめんなさい……もう帰ります」
 知っている。カリンが人に何かしてあげたくなって、やってしまってから、実はその人を心苦しくさせているだろうことに気がつく。子供の頃からずっとそうだった。
 それなのに、もうずっと、カリンにはどうすれば良いのか分からないのだ。
 哀しい気持ちでスグリの病室を後にし、まだ残っていたアオイに声をかけた。自分がした処置を話し、後を引き継いだ。もう自分は病室に行かない方がいいだろう。
 アオイは驚いた顔をしたが、勝手なことをしたカリンを咎めることなく後を引き受けてくれた。
「アオイ様。今回のことは、本当に感謝しております。ありがとうございます」
「言っただろう? 私はようやくお前の役に立てて嬉しいのだ」
 アオイは昔から優しかった。そのアオイを闇に落としたのはやはり自分だ。
 カリンは笑顔で頭を下げて医局を出た。

鳥たちのために使わせていただきます。