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初恋の待ち合わせはいつも踊り場で。【同和問題】

私には、一度だけ告白をされた経験がある。
告白と言っても罪を告白する訳ではなく、いわゆる「ラブ」というやつだ。

小学生の頃引っ越してきた私は、転校生として小さな田舎町で過ごした。
娯楽といえば駄菓子屋でお菓子を買うくらいのレベル。

当然、みんなそれなりにグレた。
やることがないからだ。

同級生の一部は、普通に万引きしていたし、授業中はみんな机の下でゲームをしていた。
特にグレていたのが私のニ年下の不良グループで、彼らは学校で恐れられ、そのリーダーはまるでジャイアンみたいだった。

体格も大きな彼は、気に入らないことがあると暴れ、先生ですら止めることができなかった。
みんなに嫌われていたけれど、私は彼より学校と先生の方が嫌いだった。
いつだってダブルスタンダードな教育の現場は、私にとって地獄だったから。

だから、彼が暴れるたびにどこか痛快で、こっそりもっとやれ!なんて思っていた。

ある日の休み時間、誰も寄り付かない階段の踊り場でひとり本を読んでいると、突然「何してんの〜?」と屈託なく声をかけられた。

私と彼が出会った瞬間だった。

驚いて逃げようかと思ったけれど、暴れていない時の彼はニコニコと笑う普通の男の子に見えて、なんだか可笑しかった。

思わず笑うと、「本読んでるの〜?てか名前なに?」とはしゃぎながら、まるでじゃれる犬のように側にきた。
私もしょうがなく名乗り、これはこういう本で…なんて説明したりして、いつのまにか休み時間いっぱいまで話をしていた。

「授業サボれば?」なんて普通に言ってくるあたりにやれやれと思いながらも、名残惜しく思っている自分もいたことに気づく。
あしたも一応ここにいるから、とだけ言って、恥ずかしくなって走って教室に帰った。
なんだか鳴り止まない鼓動、ドキドキするのは二人の秘密みたいだからか、走ったせいか。

それから「お昼休みは階段の踊り場」、それが日課になった。

私と会う時の彼はいつも笑っていて、私が読んでいる本の内容を聞いては面白がったり、全然面白くなさそう!と正直な感想を言って私を怒らせたりした。
あんなに子分を引き連れて、先生に殴りかかったり、タバコを吸って喧嘩をしてるのに、踊り場ではのびのびしているように見えた。

「俺さ〜音楽が好きなんだよね」なんて音楽の授業で女の先生を泣かせたやつとも思えない発言に、不謹慎ながら思わず笑ってしまう。
二人でiPodで音楽を聴く甘やかな校則違反。
片耳ずつ分けあったイヤホンで、顔の近さに鼓動が早まる。

すると突然「別におれ、暴れたくて暴れてないんだよ」とひとりごとのようにぽろっとつぶやいた。
その顔は少し悲しげで、その理由を私は後で知ることになる。

そんな日々が続いた頃、彼が事件を起こした。
体育祭に金属バットで殴り込んできたのだ。
必死で止める先生の制止も聞かず、怪獣みたいに暴れ狂う彼を見て、二人きりの時には見せない姿に、とても悲しくなった。

そのあと絆創膏だらけの顔で現れた踊り場。
「ねえ、なんであんなことするの」と尋ねると、「俺のことなんて誰も愛してくれないから」と捨て台詞のように言葉を吐いた。

思わず「私はいいところ、いっぱい知ってるよ、本当は優しいのも」と言いながら、顔が赤くなっている自分に気づく。
ちらっと見ると彼も顔を赤くしていて、まるで並んだりんごのようで、おかしくて二人で笑った。

それから彼は、私にプレゼントをくれるようになった。
お菓子から始まり、漫画や本、そしてアクセサリーまで。
幼かった私たちに、お金なんてあるはずもない。
なのに、たくさんのプレゼントを持ってくる彼が段々と怖くなっていた。
「ねえ、プレゼントなんてなくていいよ」と言うけれど、いいからいいからと笑顔でまた持ってくる。

ある日、意を決したような顔をして、またプレゼントを持ってきた。
小さな紙袋を開けると、ピンクのハート型の箱。
それを開けると、銀色に輝く細いチェーンに美しいクロスのネックレスが入っていた。
もちろん、どう見ても高そうなやつだ。
「これ、どうした…」私が口を開きかけるのを遮るように、「おれ、あなたが好きです」と言われた。
びっくりしてしまって、すぐには状況が飲み込めなかった。

これが…もしかして…告白ってやつ…!?

「え、あの、うん、すごく嬉しい…」
ようやくその言葉だけ絞り出したけれど、頭の中はパニック。
少女漫画と噂話でしか恋の知識がない私は、とりあえず一旦保留で!というのが精一杯。
もらったネックレスを抱えてその場を逃げだした。

一体どうやってお金を貯めたんだろう、なんで私のこと好きになったんだろう、と私の頭の中はまるで小惑星の爆発みたい。
嬉しくてベッドで足をバタバタさせたり、急に冷静になったり。
そんな風にしても、答えが出ないまま、とりあえずまた踊り場へ向かった。

「久しぶりに来てくれた…!寂しかった〜!プレゼント気に入ってくれた!?」
大声でまくしたてる彼は、大はしゃぎで私に尋ねてくる。
「あのね…」「うん何でも言って!」「これ、どうやってお金貯めたの…?」
神妙な面持ちで、私が尋ねると、
「そんなこと気にしてたのか〜!全然大丈夫だよ!だってそれ盗んだやつだもん」と屈託のない笑顔で答える。
薄々勘づいてはいたものの、その答えに凍りついた。
信じたくなくて見ないふりをしていた私に、価値観の違いが突きつけられた瞬間だった。

悩みながら「あのね、物は盗んじゃいけないんだよ」と言うと、彼はとても傷ついた顔をした。

「喜んでもらえると、思ったんだよ」

「嬉しかったけど、万引きでもらう物は嬉しくないよ」

そう言ってネックレスを渡すと、トボトボとした足取りで、彼は踊り場から姿を消した。

そのすぐ後、道徳の授業があった。
「今日は同和問題についての授業にします」
当時の私にとって、それまで聞いたことのない言葉だった。
先生の説明では、どうやら同和問題というのは、被差別部落の話らしい。
日本の歴史が形作られる中、誕生してしまった階層社会において、職種や生まれなどで差別されてきた人々がおり、その人たちは今も差別を受けることがある、というような内容だった。
結婚や就職も自由にできず、差別され続けてきた人々が実際に日本にいる、というコトの衝撃さは、幼い私にとって大きかった。

授業後、知らなかった歴史に頭を悩ませていると、なにやらクラスメイトたちは噂話をしている。
聞いてみると「あのジャイアンみたいなやつ、被差別部落の人間だって。だからあんな感じなんじゃない?」と話している。
ジャイアン…?もしかして彼のあだ名?
急いで声をかけると、やはりそうだった。
そう、彼は同和問題の当事者だったのだ。

でもそれを知って何が変わると言うのだろう。
ただ私は、彼の目が無くなるくしゃっとした笑顔が好きなだけ。
彼のことをよく知らないクラスメイトが、「あいつは被差別部落の人間だから」とコソコソ話していることに死ぬほど腹が立った。

踊り場へ急いで向かったけれど、彼はいなかった。

彼にとって、同和問題の当事者であるということはどんな意味を持つんだろうか。
悔しかったり悲しかったり、噂話で傷つけられたりしたんだろうか。
目に見えない断絶を、感じ取っていたのだろうか。
私は踊り場で、少し泣いた。

注意した事件をきっかけに、彼は私に会いに来なくなった。
教師たちは横行していた生徒たちの万引きを止めることもなく、目立つ彼をただ叱るだけで理解しようともしない。
彼だけが万引きしているわけではなかったし、被差別部落の出身だから犯罪を犯すなんて言いたいわけじゃない。
みんなグレていたのに彼だけが叱られるのも理解できなかったし、彼だけが悪いんじゃなかった、絶対。
環境に嫌気が差したのだろう、彼は転校していった。

今でも時々考える。
私は彼に何ができただろう、と。
私といる時に見せてくれた笑顔や冗談、照れながらも真剣な告白。
優しくて魅力的な彼は、誰よりも辛い時間を過ごしてきたのかもしれない。
だからこそ、きっと学校が許せなくて、何度も反抗して、その度に傷ついて傷つけて。
彼自身が居場所を求めていたなら、私が居場所になりたかった。

クラスメイトなんて本屋で何冊盗めるか競っていたし、万引きなんて目をつぶればよかったのかもしれない。
けれど、わたしにはやっぱり無理だった。
そしてそんな環境や学校にした大人たちを心底恨んでいる。

彼は転校前に、手紙をくれた。
「これからも友だちでいて」
薄汚れたぐしゃぐしゃの紙に、ペンで殴り書きしたような手紙だった。
代わりに私は本を渡した。
初めて踊り場で出会った時に読んでいた本を。

肌の色や眼の色、出身地や家柄、体型や一重か二重か。
私たちは貼り付けられたラベルで、仕分けをされている。
大人になるにつれて勝手に引かれる境界線。
そんなのぶっ壊したいなんて思うけど、簡単にはいかない世の中で。
寝た子を起こすな、なんて言葉もある。
でも、私は知るべきだと思う。
過去の歴史や失敗を学んで、明日に活かせるのは人間だけだから。
人間らしくいこう、愛情や人情ばかりで、クールになれない私たちでいよう。
憎みあうことの方が愛し合うより簡単な世の中だから、一生懸命あなたに手を伸ばしたい。
あなたの温度が分かるように。
あなたが私と同じ人間だと感じられるように。
そしてハグをしよう。
未来を作るのは、今日の私たちだから。

いつか本当に自由になる時代が来たら、彼に会って話したいことがある。
私が贈った本はまだ持ってる?
ツルゲーネフの「はつ恋」を贈ったのは、私の初恋は君だったから、と。

(プライバシー保護のため、一部改変しています)

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