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36度の体温

ノルウェーから、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。知らない言葉が溢れる雑踏から「こちら気温は2度、手が冷たいよ」とささやくボイスメッセージ。旅をしている友人から届いた、遠い国から伝わるその声に、36度の熱を感じてあたたかくなる。街の空気がまるごと真空パックに詰められたような音は、わたしのこころにちゃんと届いてるよ、と伝えたくなった。



こちらは夜、深夜0時を過ぎたところ。スーパーで月見団子を見かけて、今夜の月みたいだ、となんだか嬉しくて、スキップして帰ってきた。

10月27日は、ずっと会いたかったひとに初めて会えた記念日。ことばを単なる"言葉"として扱わず、"ことば"として大切にするひとだ。きっと、わたしの読者さんなら分かると思う、この気持ち。ことばはまるでナイフみたいで、美しく光り、人を傷つける。でも、その傷はまるで自傷行為みたいに、ひとを救うこともある。活かすための傷、それが愛だったりする。彼女のことばは、あたたかく血が通っている。

彼女の詩集を買えて、彼女に会えて、ほんとうに嬉しかった。

そのために向かったのが、「ムサビ」と呼ばれる美大の学園祭。

門をくぐったときに、澄んだ空気の香りがして、ああこれは"自由"の匂いだ、と思った。活気あふれる鮮やかなキャンパスで、みんな好きなように着飾り、それぞれが好きなものを売っていた。まるでそこは動物園、いや、美術館かな。それぞれが誇りを持って、自分の"好き"を表現する姿は眩しくて、なんだか泣きそうになった。このキャンパスに「青春」という言葉は似合わない。だって、そんな言葉も飛び越えてしまうほど、みんなが夢中だったから。

わたしの大学は、中堅の私大で、やっぱりくだらないカースト制度にまみれてた。大学に入るまでは勉強ができなきゃいけないのに、入った途端真面目なやつが馬鹿にされるのってなんでなんだろうね?わたしは大学時代、いつも怒っていた気がする。好きに一生懸命になればなるほど「くだらねー笑」と勝手につけられる語尾の笑い。中指立ててもおさまらない、磁場の悪い学校でわたしは一人だった。

でも、このキャンパスは違う。スカートを纏う彼、ゴスメイクの彼女、革ジャンにスタッズの男女グループ、アイドル服で踊る女の子たち。すれ違うひと全員が違う服装、違う髪型。当たり前のことなのに、普段の日常で忘れてしまう煌びやかさに、わたしの目の前はチカチカひかる。

だれもが真剣な眼差しで、真剣に遊ぶ姿を見て、美しい、と素直に思った。自由には代償がいる。期間限定の翼は、社会に出れば折られてしまうこともあるかもしれない。それでも、夢を見て、まさに夢中でキャンパスを駆け抜ける姿にときめかずにはいられない。才能の原石たちが転がる洞窟は、探検すればするほど面白い。

二度と帰らない"青い春"と呼ばれる季節を、この目に焼き付けては、彼らの思い出を勝手にわたしの思い出にする。記憶に封じ込めたフィルムは、きっと永遠だ。



芸術の秋は、ムサビだけではない。

わたしが最近出会ったのは、俳優の女の子。彼女は背が高く、すらっとした美しい出立ちでわたしを下北沢で待っていてくれた。

ひょんなことから知り合った彼女と、出会った街で、待ち合わせ。ほぼ初対面の彼女と会う約束を取り付けた自分の勇気に、一人勝手にお冷で乾杯。彼女おすすめのスープカレーを食べながら、ありきたりな質問ばかり繰り返すわたし。彼女は吸い込まれそうな眼差しで、きっと何度も聞かれたであろうことを、真剣に答えてくれる。

「演技をはじめたきっかけは、なんですか?」

彼女は少し間を置いて話しだす。背の高い彼女は、小さな頃、お姫様の役はもらえなかったという。お遊戯会やクラス演劇は誰もが通る道。そこで選ばれてしまうのは、いつも悪役。彼女のご両親は、悲しむ彼女に「本当の"ツウ"はな、悪役なんだぞ」「力がないと悪役はできないのよ」と言ったらしい。わたし騙されやすいんです、と笑う彼女の後ろには、きっと大きな愛がある。それから悪役を演じることが楽しくなって、と話す彼女は、ほんとうに楽しそうに見える。

「お芝居をやる理由は、なんですか?」

小さな頃から本が大好きで、と話しはじめた彼女にわたしは思わず、わたしもです!!!と興奮する。はてしない物語、ゲド戦記、ナルニア国物語…。二人で挙げる児童文学は、わかるわかる!の繰り返しで、自然と笑顔になってゆく。「わたしは本に救われたんです」とハードカバーの本を持ち歩くほど、本好きな彼女が言う。物語に救われて、ファンタジーに救われて。違う世界があることを知れた喜び、知れたことで救われる気持ち。

「救ってくれた物語たちに、何かに、そこに関わっていたくて。恩返し、は大きすぎるけど。誰か私みたいに救われないかな、なんて」

笑う彼女を見て、心から素敵なひとだな、と思った。

それから、小さくて可愛い本屋さんに連れて行ってくれた彼女。おすすめの本を教えてもらい、わたしは買って帰った。まだ読めていないから、読んだら感想を書こうと思う。



物語たちは"語らない"。そこには受け取り手がどう感じるかがあるだけで、物語たちはなにも押し付けてはこない。わたしたちが自分で考え、自分で思い、自分で受け取る。その循環は愛おしく、美しい。

わたしは「あなたが今見ている世界は、そこだけじゃないんだよ」と伝えたくて書いている。視野が狭くなりがちなわたしたち。ドラゴンも天使も、魔女も妖精もいないこの世界に絶望することばかりだ。だけど、わたしたちには"想像力"がある。想像の翼は自由に羽ばたいて、どこへも飛んでゆける。

辛く苦しい毎日でも。今、ノルウェーでは赤ん坊が泣き、遠くの空では星々が瞬き、南半球は夏になろうとしている。そんな風に、少し羽ばたくだけで、世界は全く違って見える。

わたしたちが踏み出す一歩は、小さくとも、実は世界へ踏み出す大きな一歩だ。

今、書いているこのエッセイも、わたしが書いた"物語"だ。語り部であり、わたしの瞳を通した世界を、読んでくれるひとがいること。それにわたしは救われている。

「"あなた"がいてはじめて、わたしが"わたし"で在れる」

これは、詩集の感想を送った時に、詩人の彼女がくれた言葉だ。

わたしのこの物語は、あなたがいて初めて"物語"になる。あなたの存在が、わたしの存在を教えてくれる。この世界はひとりでは成り立たない。誰もいなければわたしはいないのと同じで、あなたがいるからわたしは生きていけるのだと、そう改めて気づかせてもらった。

生きててくれてありがとう、と何度でも言うけれど、あなたが生きて出会ってくれているから、わたしはやっぱり生きていける。

わたしは、今あなたを取り巻く環境を知らない。どんな痛みで、どんな苦しみで、どんな悲しみで。なにもわからないけれど、わたしは明日を見せるよ、未来を見せるよ。そして、新しい景色を一緒に見にゆこう。わたしたちはこの足で、どこまでも自分の足で、歩いて行けるんだよ。

だから手を取ろう、立ちあがろう。そして、一歩を踏み出そう。

その勇気が、今日を変えるから。

いつだって時代の最前線、わたしたちには翼がある。どこへだって、飛んでゆけるよ。

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【ノルウェーを今旅している友人のやすくん】

たくさんの可能性を秘めた、深い出会いと考えのnoteを書いているのでみなさんぜひ。ほんとうに素敵な男の子です。 



【詩人の一閃藍さん】

noteにいくつか詩が載っているので、ぜひ。一つ一つの言葉が"生きている"と感じます。


【俳優の吉岡さん】

こちらはTwitterとinstagramのアカウントです。吉岡さんが演じた劇の感想を書いたものも私のnoteに載せていたりします!(なぜか反映されていませんが、タップすれば吉岡さんのアカウントに飛べますので)



素敵なひとに囲まれてるわたしも、きっと、素敵。そう思わせてくれる人たち、みなさんにもぜひ知ってほしいです。またね。

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