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火が点いた今夜と気が付いた今夜

いまや、夜になって書き始めることが習慣付いてしまっているのかもしれない。

細々と毎日投稿を続けている身ではあるが、ここ最近の平日はおろか休みの日でも夜が更けてきた頃合いになって書き始めることが多くなってきた。

その行動に移すまでの間は、SuchmosのFUNNY GOLDという「ワンショット・フィルム」と題したミュージックビデオをYouTubeで繰り返し視聴している。

こうしていれば、少しぐらいは何か降りてくるかもしれないと何度も試みているものの、まったく浮かんでこない現状だ。

それどころか今までのミュージックビデオではあまり見られなかったワンシーンかつノーカットのみという、シンプルに構成された約5分半の動画に私の視覚と聴覚が支配されてしまっている。

まるでこの時だけは一斉に休んでくださいと、脳が脊髄せきずいへとそれぞれ伝達しているかのように、此処noteで書く欲をあっさりと無力化しているのである。

しまいには画面手前で寝そべっている女性と同じ体制になったり、途中から右側に映り込んでくるボーカルのYONCEヨンスみたいに、地べたに座ってはドリンクを飲んだりと一つ一つの行動を真似している。

ただ私は人生で一度もタバコを吸ったことがないため、それを再現することはできないが…。

そうしているうちに手が進まないまま時間だけが過ぎ去ってしまう。結局、別の動画またはBGMを流しながら言葉を綴り始めるところである。

ともあれ、今置かれている状況下でこの習慣がこの先もずっと続くかもしれないし、もしかしたら突然環境が変わって従来通りにいかなくなってしまうかもしれない。

机の前に座り、何かしらの要素が閃いて書くことが根付いている時間帯が、今のように夜じゃなくてお日様が昇っている時になったりする可能性だって十分ある。

もしくは、学生時代におこなっていたテスト勉強を彷彿とさせるようにブラックコーヒーを片手に、あるいはワインなどのしゃれたアルコールを一杯注いだりしながら書き続けていくことも考えられる。

そんなふうにして今後身の回りや生活が一変した後に、これまで習慣付いていたことが実は幸せであったと感じる日が、自分の予期しない時期にやってくると思うと、少々複雑にもなってしまう。

仰仰ぎょうぎょうしい話、わらを掴むどころか蜘蛛くもの糸を掴む思いにまで達してしまうこともあり得るほどに。

もしやあとギリギリな箇所で大事だったコトが思い浮かばない前に、的外れな言葉出てきてしまったり何をやっても出てこないことも…。ただ今はそう不確かな未来について悲観している場合ではない。

とりあえず今夜も、こうして自らを動かすための書く欲という火が点いている状態で、言葉を綴っている次第である。



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