【散文】無題 一般的な家庭の話 (1313文字)

 一応、重たげにゆっくりと、瞼を開いていく。薄く、周りからどう見えているのかはわからないけれど…。全身をくるむ温もりに慣れたせいか、揺られながら夜風に撫でられる感覚が止まった気がした。はっとして急に頭が回り始める。


 でも、またふわふわとした感覚が戻ってきた。まだ家にはついていなかったらしい。慌てて目をしっかりと閉じる。少し体に力が入ってしまった気がするけど、こういうときは押し通すしかないのだ。ばれたら恥ずかしいし、外は暗くてお父さんも疲れているから、気づかないと信じる。
 玄関の前にたつと、お父さんは比較的小さな声で「鍵、ここにあるから」と言いかけた。同時に少しだけ私も右に揺れ、それっぽく足が重くなる。鍵、そんなところに入れてたんだ。私を抱える腰のすぐ傍のポケットに。
 お母さんが近づく気配って、私は、どうしてかわかる。うんとも言わずに鍵を取ったようで、その間お母さんは、何となくだけど私を見ていた気がした。緊張する。


 ああ―――うちの玄関が開く音がすると、つい深呼吸をし、へにゃっとした顔を作ってしまいそうになった。まだ。今日はまだ。もう少し我慢。
 お母さんが先にさっさと入り、電気を点けていく。その音が少し優しく感じて、またすぐに起きだしたくなった。


「着いたぞ」
 ゆっくりと、降ろされているともわからないくらい丁寧に、ソファに体重を預けさせられる。私はようやくそこで、少しだけ口元を緩ませて、目一杯ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「ん…」
 今すぐ、ただいまー!とハムスターの元に駆けていきたかったけど、そして怒られることもちょっと分かっているんだけど…、すっかり熟睡していた私は、今の状況をまだ分かっていない、ってこと。
「明日も学校なんだから、早くお風呂入っちゃって」
 お母さんったら、さっきまですごく私に気を遣っちゃってたのに、もうガサガサと買い物袋を雑に扱い始めている。そんなところをどう考えたらいいのかは、本当に分からないけど。
 お父さんもすぐ私から離れてしまった。お母さんが置きっぱなしにしているレジ袋を広げ、黙って冷蔵庫に押し込んでいく。それ、お母さんいつも怒るのに。


 じゃあもういっか。私は元気に動き出した。おハムにも元気に「ただいま~!」と挨拶し、やっぱりお母さんに「夜にそんな大きい声出さないの!」と怒られた。どちらかというと、私はいつもお母さんの声でびっくりするし、おハムもびっくりしてるんだけどな。
 でも言ったらダメだから、ちょっとだけ心の中で気持ちがごちゃついた。もちろん今日だけの出来事じゃなくて、どんどんたまっていく。これってどうしたらいいんだろう。
 さっきまで私、すっごく幸せだったんだけどな。


 いい子にした。「はぁい」と大丈夫そうな声で返事をして、お風呂の用意をもって、いつの間にか沸いているお風呂のドアを…少し、期待して、ゆっくりしめた。
 普通に最後まで閉まり、当たり前だよね、という感想が、最近は自分に刺さるようになってきた。
 お母さん、今の私はお母さんのこと好きだけど、もしそうじゃなくなってもどうでもいいの?
 深くその気持ちに向き合うと泣けてきてしまうから、頑張ってシャワーを浴びた。

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