【散文】無題 曖昧なもの(759字)

 いつからか制服のことで悩まなくなっていることに気づき、私は小さく息をついた。幸い覚られなかったが、それでも彼女の矛先はこちらを向いて牙をむく。
「西は制服かわいいよねー、羨ましいわ、ほんと」
 私は落ち、彼女は合格した、県内随一の公立進学校。とはいえそれはあとから知ったに過ぎない。
黒に近い濃紺のセーラー服は、夕焼けの消え始めた紫色の空に刻々と溶けていくよう。細いストライプのリボンとスカートの裾を通る同色の白い線が、少女たちの存在を教えてくれる。
別に悪くないと思うが、今日の彼女はそのありふれたデザインが気に入らないらしい。鎖骨より長くなった暗いべっこう色の髪が、ゆっくりと進む自転車の風に合わせ、悩ましげに揺れている。
「私立だから凝ってるだけよ」
 黒地に鮮やかな赤のアクセントが多くて、私はちらと人目に見られるのすら少し恥ずかしかった。
 でも、これで大丈夫なはず。中学生のころから大体のことは私より勝っていたはずで、そもそも争ったりしたことなんてないと思うのだけど、おそらく習性的に彼女はよく私にこうして比較するよう持ち掛ける。

「そりゃ、そうなんだけどさ?」

うんうん、と意味も分からないままうなずいてあげる。二台の銀の自転車は颯爽と裏道を駆け抜ける。さびれた住宅街ではお互い口をつぐむが、すぐに過ぎると、少し人通りの多い道に出る。何事もなかったかのように彼女の声が明るく響く。

「まあ自分で選んだことだから仕方ないか」
 彼女はやはりいつものように、自分の中で結論を導いてしまった。わずかに振り返る目元が細くなっていて、危ない、と声をかけたくなるのだけど、それは私の錯覚かと思うくらい一瞬の出来事なのだ。

「じゃあね。また」
「うん、ばいばい」
 彼女は駅前の予備校に通っている。そこで自然と行き先を分かち、私は一人になった。

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