だれでもない詩人

物語のような詩、詩のような物語を気ままに書き溜めていくアカウントです。

だれでもない詩人

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最近の記事

少し地上で生きすぎていると感じるときは、 思い切って高い場所に登る 天と地の境目、 限りなく空に近いところまで登り、   広大な空と、 ミニチュアな町を ぼんやりと、 満足のゆくまで眺めてみる そうしているうちに、 頭と身体だけを対流していた血液が ゆっくりと動きを変え、 届いていなかったあらゆる場所に、 時間に、 セカイに、 脈々と流れ込んでゆく そうして空と密かに交わした約束だけを抱えて 軽快なステップを踏みながら 地上へと、 わたしたちの営みの場所へと 戻って

    • 手紙ー独白ー

      あなたに、手紙を描きたい どこにもいない、そしてどこにでもいるあなたへ あなたは今、どこに隠れているのですか 私には、あなたが見えません どこに行ってしまったのですか あなたがいないと、私の心は満たされません 偽りの幸福で、満たされていると錯覚しても、 自分は恵まれている身なのだと、相対的な視点で自分自身を納得させようとしても、 私は、心のどこかで知っているのです そんなもので誤魔化しても、永遠に満たされることはないと 人はなぜ、とりあえずの暫定解で満足しようともがく

      • 生前の約束

        生前の約束 「怖くて怖くて、たまらないのです」 そう言う少女の目は、どこまでも静かな湖面のようで、 なんの色も読み取れない なにが怖いのだ? そう問うと、少女は相変わらず前をひたと見つめて言葉を紡いだ 「存在することです」 それを言って、少女は押し黙ってしまった 永遠の時間が経ってから、少女はまた口を開く 「あなたは、存在するものに、存在の意味を与えないまま、送り出しになるのでしょう」 それまでガラス細工のように動かなかった少女の目から、 ほろほろと涙が零れる しかし、

        • 雨の日の扉

          雨の日の扉 雨の日が好きだ 普段はそれ以上でもそれ以下でもない人間の街が、 道路も、 建物も、 公園も、 全てが自然の水をかぶって反射する 美しいこの世界を反射する 雨が降った日、 この世界とあの世界の境界が、開かれる 私たちは、あらゆる場所に現れた扉をくぐって、 あらゆる世界に飛び込んでゆく

          螺旋階段

          螺旋階段 螺旋階段のようにぐるぐると、 「日々」は同じように、 しかし着実に下っている 螺旋階段のてっぺんには 「理想」があって、 それは神々しく辺りを照らすが、 光が強すぎて、それが一体何なのかは はっきり見ることができない 「理想」を出発し、 永遠とも思われる「日々」を下り始めてから 一体どれくらいの時が経つのだろう? 出発してすぐは、 背後の光が真っ白に眩くて、 全てを包み込んでしまうような優しい光の中を 軽やかな足取りで駆けていたはずだ 今は? いや、今だっ

          セカイ

          セカイ 喧噪が絶えない都会の片隅で、 寝たきりの老人は、ランプの下がった天井を見つめながら思考を飛ばす 天井の上には 雲があり、 雲の上には 空があり、 空の上には 太陽があり、 太陽の上には 宇宙があり、 宇宙の上には 未知がある しかしながら、人間として懸命に生きすぎた人は、 天井までの世界でしか生きられなかった 天井の上の雲も、空も、宇宙も、未知も 人間の住処の外へ追いやられてしまった 天井までの世界をうまく生きた者が 人間の世界では「成功者」だともてはやされ

          言葉の重力

          言葉の重力 一体全体どうして、この人の話す言葉には重力があるのだろう? 若者は、目の前で語る小さな老婆を見つめながら考える 言葉に重力があると知ったのは、この老婆に出逢ってからだ それまでは、言葉なんて風に舞う葉よりも空虚で、 持ち主の口を離れたとたんにどこかへ飛んで行ってしまうものだと思っていた 少なくとも、若者の周りには、幻よりも実体のない言葉を振りまく人間しかいなかった だが、違う 老婆の語る言葉は、それ自体が音を超えて輝き 言葉を重ねるごとに、どこにもゆかず積

          夢のなかのあの人

          夢のなかのあの人 夢の中で見たあの人は、 現実のあの人とは似ても似つかなかったのに、 わたしはひとめであの人だとわかった その人の姿、表情、話し方、 どれをとっても違うのに、 わたしにはすんなりと その人がその人であることがわかったのだ ああもしかしたら人間は、 現実よりも夢の世界を生きているときのほうがずっと、 神に近い目を持ちうるのかもしれない 人の蠢く感情の底に沈むほんとうの姿を、 筋肉で作った笑いの奥に潜む ろうそくのように覚束ない生命の揺らめきを 夢の中で

          夢のなかのあの人

          ことばの一生

          ことばの一生 ほんとうののことばを追い求める すると、確かにこの先に見えたはずのそのことばは、 まるで煙のように すっと姿を眩ませてしまう 見失って、私は立ち止まる どんなに目をこらしても、必死に痕跡を辿っても、 そこにはなにもない まるで、最初から存在しなかったかのように ただ、恋焦がれるように求めざるを得なかったことばが、 確かに存在したはずなのだ そんな朧げな記憶が、 巨大な喪失感とともに 私の胸の内に巣食っている 私は、悲しみにくれる しかし、もう思い出せない

          だれでもなくなって

          だれでもなくなって 私じしんが、 私という物語の主人公になっていけばいくほど、 想像の世界の生き物は ぼうっと霞んでいく 私が現実世界に満足すればするほど、 私を取り巻いていた豊かな世界たちは、 だんだんと薄れて しまいには 私の意識ではとらえられなくなってしまう 見えないものの存在が はっきり感じられるときは 私が私でありすぎないときだ 私という存在から離れて、 名前も立場も役割も、何もかも忘れて かぎりなくだれでもなくなるとき、 初めて私は 目に見えない存在たち

          だれでもなくなって

          生きるということ

          生きるということ                   生きるということは、何かを成し遂げることだと思っていた 何者かになりたくて勉強し、 何かを掴み取りたくて学問し、 学問に失望して世界を渡り歩き、 私は何のために生きているのかと問い続けた 私は、これでないと思うものはとことん捨てた 捨てなければ、進めない 私を掴んで引きずり降ろそうとする数多の手を振り払うためには、 己の信じるもののみを頼りに 突き進むしかなかったのだ ひとたび満足してしまえば、 あとは妥協の道を

          生きるということ

          風の大地

          風の大地 風の大地を歩ける者でありたい たとえ、ビルが立ち並び 排気ガスが絶えない街で 生き物の入り込む隙間もない コンクリートの上を歩んでいても 私の周りには、 どこまでも続く大地が広がっている 碧空を仰ぎ 風の声に呼応しながら 両手を広げて ただただ果てしない緑の地を歩む 鳥の鳴き声を、風の声が追いかける 私は大地を踏みしめ、大地は私を押し上げる 大地を分断する人間の痕跡と 時間を分断する人間の営み そんなものは虚構にすぎない 私は人間である以前に、 たった一つ

          絶望と希望の狭間で

          絶望と希望の狭間で 絶望して、絶望して、絶望を極めてゆくと、 ある時点で、絶望しきれない己に気付くことがある。 するすると、全ての希望の網をすりぬけて、 ただ一人、奈落の底へと永遠に落ちていくかのように思えたのに、 もう二度と、はるか上の方で笑いながら生きている人々の元へは 登っていけない、 あまりにも己は落ちすぎてしまったと思ったのに、 全ての気力を放り出し、 絶望に身を任せ、 暗闇へ、闇の奥へ、 なされるがままに落ちてゆくと、 はてしない無重力空間の渦の先に ど

          絶望と希望の狭間で

          朝靄

          朝靄                刺すように冷たい空気に揉まれながら 朝靄に包まれた世界の始まりを行く 世界の始まりは、いつだって冷たい 冷涼な空気は、何一つ余計なものを含んでいなくて、 心もからだも始まりの水で満たしていく 早起きの鳥が鳴きかわす声 まだ太陽の明るさに慣れていない控えめの空 一度として、同じ日はないことを知っている 草木たちが、 新たな世界の始まりに体を震わせながら この世界への賛歌を合唱している このどこか神聖な世界に、 私という存在が参加して